気がついてはならぬ。見てはならぬ。
その昔、隕石は星石、天降石と呼ばれていた様。
遥か昔、恐竜はそれらの衝突による地殻変動により、絶滅したそう。
宇宙空間には音が無いと聞く。星のカケラ、地球を滅亡に導く小惑星、水の惑星を取り巻く大気圏に突入をし、引力の方式に従い落下。天空に姿を現すと、爆発音が響くと何かで読んだ事がある。
唐突に現れ、空を瞬時に横切る火球。割れる様に鋭く、明るく輝く。
それを目の当たりにすると、きっと生涯忘れ得ぬ経験となるのだろう。
そんなものは要らないけれど。
冒険心も恋心も希望も絶滅したと思われる。
平坦な世界が好きだ。冒険者の様なわくわくも、不意打ちな恋愛に大当たりをし、甘いドキドキも要らない。ベランダガーデンに精を出していた母の様に、花の育ち具合に、一喜一憂もしたくない。
朝起きる。仕事に行く、ノルマをこなして家に帰る。パソコンやスマホ弄って、寝る。その合間に食事をしたり、風呂に入ったり、洗濯をしたり……。休日に掃除、たまに買い物。
太陽が東から昇って西に沈む様に。道端のたんぽぽが、晴れた日には花を開き顔を見せ、雨の日には閉じて知らん顔している様に、空が落ちた水滴がアスファルトに落ちて跳ね、その後集まり排水溝に自然に流れる様に。
決められた自然の流れでたゆたゆと、己の世界が穏やかに静かに進めばそれでいい。
冒険者には、なりたくない。
雨上がりの朝、遠足の日に晴れた日、どこもかしこも、乾燥続けばマクロな埃が漂っている様な世界を、綺麗サッパリ洗った様な朝。
吸い込めばスゥとした、ハッカ水が流れ込む様に感じた、ワクワクした朝。お日様がキラキラしてて。リュックサックにはお弁当とおやつの袋。バナナはおやつじゃない。水筒を斜めにかけていた頃。
冒険者を気取り、止せばいいのに、大きな水たまりを見つけてジャンプをしてみた結果、僅かばかりに失敗した朝。
パシャン!最後の最後、キワキワだったのか水たまりの水に抵抗された。染み込んでくる靴の中。濡れる靴下。心なしか飛沫がかかったのか、お尻も冷たい……。
そしてお弁当。靴も靴下も幾らか乾いた事で、気分が復活したのに、昼に蓋を開けたら、グチャラマになっていたのは、言うまでもない。
一気に天から地に落ちる。朝、不意に現れた水たまりさえなければ!自分の行動を棚に上げ、水たまりを罵った。
丹精込める花の育ち具合に、一喜一憂したくない。
芽が出ない。朝顔の観察日記は夏休みの宿題。種を撒くのは学校の授業。芽が出ない。毎日毎日、水やりをして、クラスの仲間のと比べて。
芽が出ない、芽が出ない、芽が出ない。
遅れた事に涙して、土を少しほじったら芽吹いたばかりのソレの先を傷つけて、慌てて元に戻したり。数日後、やっと出てきたのに手を叩いて喜べば。
少し欠けて歪んでいた双葉だったことにがっかりし、観察日記を書きながら、芽が出て来るのが遅いんだよ!と自分の行動を棚に上げ種を罵った。
不意打ちな恋愛に大当たりをし、ドキドキしたくない。
突然頭にソレは落ちてきた。恋は唐突にと言うが、確かにそうだった。生涯忘れ得ぬ経験は、落ちてきて燃えさかり、心の中に地殻変動を引き起こし、頭の中に有毒ガスを振りまいた。
授業に集中出来ない、何も手が付かない。宇宙から落ちてきた石など拾ったら、日がな一日、握りしめているだろうソレと同じ様に、日がな一日眺めていたかった相手。
ドキドキと甘酸っぱく酔い、幸せ気分で眺めてたら……、違う奴が側にへばりついている事に気がついた。
星石。それが権威ある人から、ただの石ころだと言われたら、つまんなくなる、アレと同じ法則。クレーターだけ残しあえなく終わった。
それからは期待も希望も恋心も求めず、平坦な世界になる様に暮らした。
やがて歯車のひとつになり、時折、キィキィ軋みつつも社の方針に従えば良い日々を、社会的ルールに従い過ごすことになった。穏やかで文句無く暮らしていた。
時々に小さな変異があり、それをスルーするか乗り越えるかしていたのだが、取り巻く世界が不意打ちを食らった。
お昼は何時も社食か、近くの食堂に行っていたのだか、どこもかしこも、テイクアウトになってしまった昨今。
決して喋ってはならぬ。戯曲の様なルールが空気を染める。
距離を保ち、食堂でモクモクと食べるのは、歯車に機械油を差すだけの感じに思えるので、歩いて数分の公園に出向く事が増えた。眼の前にはコンビニもある。時々、そこで買うことも増えた。
ポリ板越しの恋。等は決して無い。必須アイテムのマスク。レジの精算は自販機の様なシステム。
無防備に関わってはならぬ。暗黙の了解。
もう数えて何度目だろう。禍がしぶとく留まり、クルリクルリと色や姿形を微妙に変えているセカイ。できる限り在宅ワークをと求められた為、必要な私物を取りに、いつもの様に社へ出向いた。アレコレ段取りをし、ビルを出たのは正午前。
何時も通っていた食堂は閉じていた。社食もそうだ。仕方ない、コンビニへと向かう事にする。適当に見繕い会計を済ませ、エコバッグに詰め込み出ると。
公園へと足が勝手に進む。
習慣とは恐ろしいものだと思いつつ、何時ものベンチに座り食べて帰る事にする。
昼食を取る為に密ではないが人多い公園を歩く。サクサク、歩いて進む。榎の芽が吹く下で、至極ありふれた長方形が等間隔に並ぶ。
気がついてはならぬ。
フイ。何時ものベンチから目を逸らす。
見てはならぬ。
空いてる場所は、キョロキョロとするが、独り座っていたり、離れて二人居たり……。埋まっている長方形。藤の花が盛りのベンチは、立ち入り禁止とのテープが風2なびいてビビ、ビビビ!と震えて揺れている。
仕方ないと心を決め、何時ものベンチに座る。
ガサガサと何時もの『ヘーイ緑茶』と、『白身魚のタルタルのり弁』を取り出す。
関わってはならぬ。
モクモクと食べるお弁当。少しスピードを上げて食べる。白身魚のタルタル、竹輪の磯辺揚げ、ひとつの唐揚げが特に喉に詰まる気がするのは。
気のせい。気のせいなのだ。かっ込みながら、先ずは否定を構築していく。阻止する為に。どうしてこうなるのだ。
まるでかつて宇宙からやってきた、地面にめり込む様にして残り時を経た、天降石を見つけたかの様。
ソレを見つけてしまったら、拾いたくなるだろ?でもダメ。落ちてるものを、何でもかんでも拾ってはいけない。
だが、ウズウズと頭をもたげてきた『良心』がツッコミを入れる。
ひとり暮らしだ。
寂しいよね。
ボッチにしてしまう。
明日から在宅ワークじゃん。
そ!ソレは!そうなのだけど!
色々あるから駄目だ。
ええ?マンションの下、あるじゃん。
ああ!そうだった!
喉に詰まりそうになった、オカカ味のごはんをお茶で飲み下しながら『良心』が、いともたやすく否定を打ち負かすのを、どうする事も出来なく、ドキドキが襲う心の中。
『良心』が小悪魔の様に囁く。
明日は雨なんだって。ああ……、可哀想にね。
その一言はこれ迄過ごしてきた、お気楽色した平坦な世界を、少しばかり動かそうとする。
「くぅぅ!」
キュッとペットボトルを締めると、ガバッと人目も気にせず大股を開き下を覗き込む。どっかに逃げてておくれと、思いながら……。
ミィミィ……。
水晶玉からウルウルビームを喰らってしまった……。
そのつぶらな瞳から放出された高濃度の清らかさは、これ迄過ごしてきた、お気楽色した、平坦な世界を破壊するに充分な力を有していた。
宇宙から火の玉となり、生命を焼き尽くし水の惑星のどてっぱらに、生涯残るであろう、大穴を残すのと寸分違わぬ威力。
これから先が視える。
コイツにワクワクし、トキドキし、一喜一憂する毎日が訪れる事を。
広大な宇宙、引力の影響を受け、がむしゃらに進む隕石は数多くあるに違いない。恐竜を滅亡に導いた小惑星も、小さな星のカケラも、たまたま地球のソレに引っ掛かったに過ぎない。
そして空から地に閃光を引き落ちて来る。
そして大地で転がるソレを見つけたら。
幾らかでも拾って宝物になるのは、間違いない。
「ペット可なんだよなぁ、1階にさ、オーナーの動物病院と、トリミングサロン、ショップがあってさぁ……」
ミィミィ。
ボヤキに返事をされてしまった。
そろりと指先を差し出すと。
フンフン。ペロリ。
ああ!脳天に星石が、落ちてきたよ!
ああ!なんて君は小さくて可愛いのだ!
ああ!頭も心も即座に君の虜にされてしまったよ!
ミィミィ。
終。
家紋武範様の企画に参加しようと書いたのです。隕石阻止って面白くて、ここに出すとき、阻止というワードは消去しておきました。他にも一作仕込めたのですが、もう少し煮詰めて、恋愛ジャンルで出したいー!
お品書きに旧作多めとあり、ここはそっちにタグつけたのです。
ジャンルが何処ー!てのもありますし、純文学の他に、文芸ってジャンルがほしいのです。ファンタジーがハイファンとローファン、恋愛が異世界と現実世界にあるように、純文学と文芸。あったらいいなぁと思うのです。そもそも純文学って、日本だけのジャンルだそうです。←ちょっとお勉強して知りました(^O^)/