しっぺ返し
森の中、崩れかけた屋敷で男が独り。旅の途中で拾った農民を従者に仕立て上げ、己の世話を任せた。
献金の金貨、晴れ着、銀の十字架、聖書に紋章の指輪が持ち物の全て。それらには手を付けるなと従者に命じている男。
農民に手渡されたのは銅貨の革袋。これで食いつなぎ主の死に際を看取り、教会に金貨を手渡し、晴れ着を着せて葬式を出すのが役目。
男は病に冒されていた。襤褸のベッドで寝ている。薬を医者をと煩い主。金が無いのにと農民は草を摘み、煎じて欠けたカップに注ぐ。
疎い男は満足して偽物の薬を飲み干す。そして横になる。
それの繰り返し。
農民は町の屋台で食料を仕入れる。黒いパンに干し肉。酸っぱい葡萄酒。主は干し肉のスープ位しか喉を通らない。隠れて彼は腹一杯食べている。
男はポツポツと話をする。
彼は貧乏男爵の三男坊として産まれた。成り上がりを幼い時より考える。チャンスが来たのは、国に病が席捲した折。卑賤貴賤関係なく倒れて逝った。
縁あり兄を亡くし、伯爵家の跡取りとなった娘と婚約を果たした。
男は考えた。
このままだと女伯爵の夫となる。
彼には恋人がいた。
男は策を練る。
義父母に取り入る男。いい息子を演じた。出来る男を魅せる。折よく義父が亡くなる。傀儡となった義母等、問題無い。
蔑ろにしていた賢く美しい婚約者が、男に出ていく様煩く言立て始めた。
「貴方は信用出来ません、解消を申し立てます」
男はそれを逆手に取る。
哀しみに暮れる義母。優しく慰める男。
そして、未亡人は男と養子縁組を果たす。彼は嫡子となり、解消される令嬢との関係。
「目出度く解消出来ました、貴方は今日から私の義妹」
男の恋人を婚約者としてお披露目した。青ざめていた令嬢を見るのは痛快だった。良いのはここ迄。
義母は男に家督を譲ると修道院へと向かい、義妹は痘痕の鳥と揶揄される摂政家の主と縁を結ぶ。
「相応しい婚礼準備を、お義兄様」
取り寄せる美しい品々、高価なそれ、持参金として切り分ける領地、手切れ金だと思い切り用意した男。内助は苦しくなる。
「義弟よ、陛下がそなたの森にて狩りを執り行いたいと仰る」
結婚後、義兄から度々役目を負わされる。裏で糸引く義妹。
名誉を手に入れる代わりに、金が消え果てる。従者は見切りをつける。妻は出て行き、やがて何もかも失った男。
辿り着いた森の中。
男が逝った。死人に口無し。
残された金目の物を自分の物にすると農民は、楡の木の下に主を埋めて。
自由に生きた。