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破れ鍋に閉じ蓋

 女流作家は成功を手にいていた。


 イケメンシェフも成功を手にしていた。


 二人は世間からは勝ち組、そしてその持って生まれた才知を人々にこれでもか!と称賛される。


 彼女は文才を、彼はクリエイティブな才能を。


 二人は賛美を浴びすぎた挙句、満たされぬ想いに囚われてしまう。それは褒めて褒めて褒められても……、価値がわからなくなってしまったのだ。


 二人はタワーマンションに住む夫婦であった。


 ☆☆☆☆☆


「今日は蒸し暑い、冷製パスタにしたよ」


 店が休みの日には、夫は妻に手料理を振る舞う。普段は生活リズムが違う二人、夫は店の賄いで済まし、妻は気晴らしに作る以外は、デリバリーか、夫の試作と称した作り置きを独り食べて過ごしている。


 たっぷりの海鮮に夏野菜、オリーブオイルがキラキラと パスタに絡んでいる。ブラックペッパーが散らされていて、飾りのライムのスライスが、硝子の器とマッチ見た目にも涼しい。


 ……、独りで食べたかったわ。お皿も私の好きな海の色。キンキンに冷やしてくれて、なに!飲み物は昼の日中から……、貴方チョイスの白ワイン!う、う、う……独りで、独りで……


 ぼやきつつ妻はピカピカに磨かれた、銀のフォークを手に取る。パスタは例えると、お肌ぷりぷり18歳のうちに食べるのがセオリー、海鮮は後でワインのツマミとしてゆっくり食べればいい。


 磨かれた透明な光に満ちるグラスに、冷えたワインを注ぎながら笑顔を向けてくる夫。その顔は期待で満ちている……。その前でフォークにからめて、一口食べる妻。


 ……ん!なんて美味しいの!さっぱりしていて、黒胡椒のスパイシーな感じがいいわ。パスタにもしっかり味が絡んで、ライムの酸味が効いてて美味しい!ああ!ダーリン!あの笑顔は待っているのね、ジャーキーをくれ、というチワワの様なお目々よ!


 カチャリ、夫もパスタを食べ始める。

 カチャリ、妻はパスタを食べ進める。


 無言で細めの麺を食べる二人……。夫は待っていた。妻からの言葉を。妻はタイミングを図っていた、麺を食べ終わってからにしようと心に決めている。


 ……美味しい、だと悲しい顔をするのよね……、絶対におかしいわ。そりゃ周りから、あんなに褒められちゃそうもなるのはわかるけど……、困ったわ。どうして、こういう場面だけ『耽美作家 桃色矢 蜜子』にならないといけないのよ。夜は普通なのに……。


 妻はエログロ耽美、少しばかり大人な世界の小説を書いている。そのペンネームが『桃色矢 蜜子』、本名『田中 華子』女史。


「味は?お好みにあった?」


 ムール貝の身を出しながら、わくわくとした声で聞いてくる夫。妻は……仕方ない、美味しいパスタのお礼だ、と腹を括ると、蛸をブッ!とフォークで突き刺した。


「フッ!何これ、豚の餌ね!この家畜番!バカなの?」


 上から目線で女王様キャラになりきる妻。その態度にゾクゾクとした歓びを感じる夫。 


 ……、ふぉぉ!キタキタキター!今回は少しばかり材料にこだわったんだ!のっけからコレ、美味しかったんだぁ、愛してるよハニー!


 そう、周囲で賛美を浴び続けた彼は、少しばかり変わった性癖の持ち主に成り果てた。愛する妻に自分の料理を食べてもらい、罵って貰うことに何よりの快感を感じるという、一種の変態なのである。


「全く……、ろくでもない物を作るなんて!私を雌豚と何かと間違っているようね!」


 蛸を口に運ぶとクチャクチャとかむ、カチカチとフォークで皿の縁を軽く叩いて音を出す。彼女は今執筆中の作品、『夕暮れ妻はトンカツを揚げて豚を待つ』の主人公、新妻『白井 魔夜子』のキャラを借りている。


「ええ?材料が勿体ないと思わないの!それでシェフを気取ってるなんて、愚の骨頂もいいところ!グラスが空よ!気が利かない!私を誰だとおもっているの?」


 妻の女王様っぷりに、背筋ゾクゾク、もっともっと罵って欲しいと思いつつ、差し出されたグラスにワインを注ぐ夫。


 その歓びっぷりを目にしながら、オマール海老をグサリと突き刺し、口に運ぶ妻。お口一杯に広がる母なる海のエキスに、思わず美味しい!と言いそうになり、慌ててワインを口にした。



 ☆☆☆☆☆



 ――、魔夜子の夫、サラリーマン『白井 万里生』は満員電車におしくらまんじゅうを食らった挙句、ヨレヨレになったスーツが気になっている。


 ……、なんで俺の周りに、何時もいつも体育会系のガチマッチョばかりが集まるんだよ。おかげでスーツヨレヨレじゃんか。魔夜子がせっかく綺麗にしてくれたのに……


 ブツブツと文句を言いつつ、家路を歩いている。


「これもそれも、魔夜子がお取り寄せした、あの『ぷりんぷりんぶっちんブリン』を食ったからかなぁ……」


 ボヤきつついつの間にか、車内で引っ張り出されたワイシャツの裾をズボンに入れ込む彼。



「ふう、疲れちゃったな」


 食事が終わり、部屋で執筆活動中の妻は、キーボードから指を離した。ドラマ化の話がある『新妻魔夜子』シリーズ。今最新作を書いている真っ最中。


「いやー!今回も素晴らしいよ!この調子で頼みます」


 深々とした椅子の背もたれにもたれかかり、天井を眺めていると、担当さんと編集長の声が耳に蘇る。ああ……、つまんないわぁ、そればっかだし。と作家『桃色矢 蜜子』が囁く。


「太郎さんにメールしよっと」


 洗い物を終えて、リビングでのんびりとしている夫に、書きかけの下書きを送信する妻。ピ……!待つこと数分。


 ピロリロリリーン


「きゃっ!きたきた、太郎さんに速ーい!どれどれ?」


 返信を読み始める妻。そこに書かれていたのは。


『何という下らない文章なのだ!なんとかならんのか!面白くもクソもない、続きも気にならない!はっ?この程度で商業作家で居られるなんて、どんな世界なんだ?』


「きやぁぁぁん!太郎さん♡続きが気になるって言ってくれてるぅ、ああ……、いい、痺れる。太郎さん素敵」


 返信画面を見ながら身体をくねらす作家妻。彼女もまた夫と同じで、書いた作品を彼から罵られると、ゾクゾクと萌えるのである。


「どこが?と、返信♡」


 うふふん、来てきてー、太郎さんと妻は画面を眺めてる。



「うお!返信のお代わりが来てしまった。この魔夜子シリーズ面白いんだよなー、夫の万里生がお取り寄せスイーツ食ってさ、それが変なアンチエイジングで尻がプリンプリンになるという代物っつー、あー、返事ね」


 カウチに寝転がり、雑誌を捲っていた夫は文才無いのにな、と言いつつ愛する妻が喜んでいることを知っているので、作品について罵詈雑言を打ち送信をする。



 ピロリロリリーン


「きゃー!来た!なになに?えっとぉ……いやん、言葉に出しで言えないじゃないー。もう、太郎さんたら、愛してるわぁ♡」


 うふふん、きやぁぁん、と書斎で奇声を発しつつ、妻は熱くなる身体を持て余し、執筆を中断してリビングに駆け込んだ。


「ダーリン!」


 寝転んでいた夫にダイブする妻。


「ふお、ハニー!」


 飛び込んできた妻をしかと抱きしめる夫。


 二人は……楽しい時を過ごしたのでした。


 めでたしめでたし♡

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― 新着の感想 ―
[良い点] きゃー( ≧∀≦)ノ♡ お互いに……♡  これは良いカップルー! ニマニマしてしまいます……!
[一言] 愛には多種多様な形があるので、ご両人がそれで良ければって、良くここまでの特殊性癖同士が出会えましたね。
[良い点] こ、これは……。 なんという変形おしどり夫婦! まさに割れ鍋に綴じ蓋! 面白かったです。
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