皐月の夜のおはなし
少しばかり夏めいて来た五月、公園の欅の葉も若葉が広がり、薫風吹けばサワサワ、ザワザワと音立て揺れている。
三千五百七丁目の角の公園、道路を挟んだ向こう側には、コンビニエンスストアもある。
中央には、サークル状の石畳の広場があり、欅が、その空間をぐるりと囲っている。木陰にはベンチ、少し離れた所には藤棚と遊具もある。日中は、近くのマンションの住民が、散歩をしたり、子供達が駆け回ったり、ブランコを揺らしている。
それは昼の光景、そして黄昏が来ると手を繋いで歩く、初々しい姿がちらほら……、ベンチに座り話し込む姿もぽつりぽつり……、そして夜の帳が下りると、少しばかり無人の時が多くなる。静かになる。
公園近所のマンションからの灯り、団欒の光、時折車が行き交う。猫がてちてちと広場を横切る。防犯の為に照明で照らされる公園。最近トイレがリフォームされた為に、深夜近くになると再び賑やかさを取り戻す。
近所迷惑甚だしいのだが、この公園は、夜更けになると、ギャルのたまり場となるのだ。
「きゃーはははっ!わっかっしょー!そうそう」
時間も何も彼女達には関係ない、声高に会話をし、甲高く笑い気ままに過ごす乙女達。当然、眠りを邪魔される住民から、警察に連絡が行くのだが……、気配を察知すると、要領の良い彼女達は、蜘蛛の子散らすように、去っていく。
そして時が経てばまた集まる。イタチごっこ、ゴミでも散らかし放題ならば、もっと強く言う者もいたたろうが、彼女達も心得たもの、ごみ拾いをしてから解散をしていた。
もう少し静かにならんのかね、何もこんなところに集まらんでも……ご近所さん達の悩みは深い。
――、うん、これならばイヤー!ってなって、ここに集まらなくなるだろう、クヒヒヒヒ……
ある夜、潜って遊んたり、滑って遊ぶ、渦巻き貝の様な形をした遊具の中で、若い男が潜んでいた。
異様な装いをしている。
それは言葉で表すと『変態』。
――、フヒヒヒ、久しぶりだな、踊るの、幼稚園の時以来か?練習したけど……上手く踊れるかな、あの時は俺、輝いていたよ、エレファントダンスをしたら、右に出るものはなくてさ。
先生には怒られたな、パンツ脱ぐなって!と過去に想いを馳せている。彼は何をしようとしているのか、そしてどうしてそんな事をしようと思いついたのか。それは、
男女別で執り行われた、新入社員歓迎会のイベント、ビンゴゲームの景品が引き金になった。
「うお!な、なんでこんな物が……」
袋を開けて驚いた!中に入っていたのは、イタリア製のレースのフリフリ、少し透けすけな、サイドは紐のおパンチぃ。
「ひゃっほうう!大当たり!」
幹事の先輩社員が、ガランガランと鐘を鳴らす。
「大当たりって!こんなのどうするんッスか?」
そろりと手に取ると、エロくなりそうなので、無造作に掴む彼。
「うぃー!それは……皆で被るのだ!被れば飲み物一杯、部長のおごり!というのが伝統なのら!」
いい加減酔っ払いばかりのその場、当然ながら彼に拒否権はなく、他の新入社員も同様……、そして先輩社員達は酔っ払いばかり。
会場に居合わせた者は、皆『赤いおパンチぃマン』に変身したのは、言うまでもなかった。彼の隠れた性癖が再び蘇ったのも……みなこのおパンチぃのせいだった。
そう、彼は『赤いおパンチぃマン』になり、お年頃の彼女達が大勢集まる前、一人二人と来た時に、笑い声と共にババーン!と、変態姿で『わいせつ物陳列罪』に属した、エレファントダンスをお披露目しようとしている。
――、キャーキャー!言われるんだよなぁ、いいよな、いいよな、げふふふ、いいよな。
何が良いのかわからないが、その夜行動を起こした彼。
キャーキャー言われて、満足した彼。
そして繰り返した。変態が出る!という噂はあっという間に彼女達の間に広がり……、やがてその公園を使う事は無くなった。
住民は、夜の平和を取り戻した。
彼は、夜の退屈を知ってしまった。
――、キャーキャー言われたいよなぁ、キャーキャー、いいよな、いいよな、ゲフフフ、どっか別の公園で、集まってんのかな?
彼はパソコンで情報収集に励んだ。そして……ある事を知る。それは、にいやど街、二万二百二十二丁目の角の公園に、深夜たむろしている者達の存在。
――、にいやど街か、原チャ飛ばせばすぐじゃん!アレをしたおかげで、夜が静かになったんだぜ!ゴキンシ爺ちゃん婆ちゃんたちも喜んでるっし!いわばこれは、良い行為なのだ。困っている人達を助けなければ……
正義のヒーローになった彼は、その夜、ポケットに覆面代わりのおパンチぃを丁重に押し込めると、ヘルメットを被り、原付きバイクの法定速度をきっちりと守り、その場に向かった。
似たような造りの公園、植えられている樹が違っている。大木の桜の木がぐるりと植えられている。彼は少しばかり早く到着をすると、辺りを見渡す。そこは住宅街ではなく、少しばかり大人のお店や、お宿が道の向こうにあるという場所。
しかし公園そば近くには、低層マンションもある。
――、いけないよな、マンション近くにあるし、こんなところで騒いじゃ、お仕置きしなきゃな、クヒヒヒヒ、キャーキャー、ゲヘヘ。
入り口の自転車を置いてもいいスペースに、原付を置くと、蛸の脚が滑り台になっている、遊具の中に潜む。ポケットから、赤いおパンチぃを取り出し準備を整えた。
普段着はゴムのスエットを履いているのだが、こういう時はウエストがホックか、ボタンのスボンにしている。これ専用に、ワンサイズ大きめを購入した。
季節が少しばかり先に進んでいる。皐月の終わり、直に梅雨の季節になる。雨が近いのか、どんよりと湿度を持った、重い風が吹いている。
「うっふん、だぁかぁらぁ……!キャッ!何あれ!」
「わーははは!これを見ろ!」
二人連れがやってきた。ここに集まる者なのかは、とんとわからない。様は『変態』が出た!と噂が立てばいいのだ。ホックを外す、当然ながら……ノーおパンチぃ、ストンとズボンが下りれば、下半身は産まれたままのお姿に。
キャーキャー!キャーキャー!キャーキャー♡
ダンスを始めると、何時もより違うキャーキャー、彼は驚いた。二人組が彼に抱きついて来たからだ!そして!イチモツが彼の身体に触れ、貞操の危機が来ているとを知ってしまった彼!
「ふおお!お、オネエさ、ん……」
「ンフフ、おまわりさん来たら困るから、スボンは上げしょうね、ふふふ、のーぱんとは君もせっかちネェ」
一人が彼のスボンを引き上げた。
一人は彼の覆面を取り外した。
「きゃーん、カッワイイ!好みよぉぉ」
呆然としていた彼だったが、このままでは危ないと、慌てて話を始める
「オネエ様!あの、は、はじめてなのです!」
「キャー!おニューナノぉ!新車よ新車!」
「大丈夫、わたしたちがしっかりと、操縦してあ、げるぅ~」
違うのです!この場所に来たのが初めてで……と懸命に訴えた彼だったが……、スイッチオン!のノリノリ状態になっている、二人組には通じず……、そのまま引こずられる様に……ネオン華やかな向こう側へと連れて行かれた彼。
その後、赤いおパンチぃマンの消息は……、
誰も知らなかった。
月があけ、しとしとと雨が続き、公園の木々が、ザワザワと緑濃くなる季節に……、
郵送で退職届が彼の上司へと届けられた。若いものは、と渋顔でそれを受理した。
「どこで何をしてるんだか……」
そういうと、パソコンを立ち上げた。居なくなった部下の事など気に留める事はしない。ふと思い出し、机の引き出しからあの時撮ったフォトを眺めた。
「うーん……やっぱりモラハラだったかな、パンツ被りって」
赤いおパンチぃマンの彼の消息、
今どこで何をしているのか。
ザワザワ、ザワザワと風が木の葉を揺らす、知っているのは……、
夜半に吹く風だけ。
終ー。




