酷い継母のお話〜ドレスも靴もお下がりばかりの子供のお話
胸の膨らみを大きく開いて魅せている、流行りの青のドレスを着込んだ女が、テーブルにつく私の側の椅子に座り込んだ。
「ねぇ……お兄さんいい男だね、独りで食事なんてつまんないだろ?話し相手になってやるよ」
蓮っ葉に話す紅が光る唇。口元の黒子が妙に色っぽい。午後の一時の時間を、美女の話を聞きながらお茶を飲むのもいいと、私は銀貨一枚を彼女に手渡す。
「話し相手だけなら……これでいいよ。その後は……ね、そういう事」
入口脇にある階段をちらりと見る女。話を聞いてから考えよう、私は彼女にそう言った。そして……
彼女の話が始まった。
――、チクチクと繕いものをしている子がおりました。年の割に小柄なその子に、着るように手渡されたそれは、そのままでは少しばかり大きいのです。
「はぁぁ……新しいおかあさまお洋服も、靴も買ってくれない。おねえさまのお古で良いって……靴大きいから、カポカポするし、脱げちゃうし……しくしく」
優しいおかあさまが亡くなり、次に来たのはとっても意地悪なおかあさまとお姉さま二人。新しいおかあさまは、自分の娘より見目が可愛らしい継子を嫌い、虐める事に徹しました。
おとうさまに助けを求め様にも外国に仕事に出てしまい、滅多と会えません。三番目のその子は、召し使いの様な日々を送ることになりました。
「旦那様がいないのに、大勢の召し使いを抱えてるのは勿体ないわ、皆出ていきなさい」
館で仕える者を追い出した継母。彼等を置いておけば、先妻の子供を庇う上に、主が戻って来た時にあれこれ言い立てる事がわかっていたからです。
「上に二人も姉がいるのですよ。新しいお洋服?勿体ない!お姉さま達のを着なさい!靴もです!どうせ人前に出ないのだからそれで十分でしょう!大きい?自分でお直ししなさい!」
チクチク、チクチク、少しばかり大きなそれの裾を縫い上げていく子。悲しくてしくしく涙が出てきます。これを直したら、お豆の選り分けの続きを……と台所の机の上に置かれているそれを眺めます。
山になっている豆。奇麗な豆は丼ぶりに入っていました。半分程は出来上がっているそれ、今宵中にできるかなと思っていると、バターン!木の扉を思いっきり開けて入ってきたご令嬢達。
「何やってるの!灰かぶりっ子!おってつだいしってあげるぅ!」
ヒィィ!いいです。お姉さま。と子供は声を上げました。
「ドレスが汚れるのです。お洗濯増えるのは、やなのです」
「いいって!いいって!遠慮しなくって!あ!お豆より分けるのね!任せてちょん!」
姉がそういうと、妹もそれに続きました。言い出したら聞かない二人。なのでドキドキハラハラしながら見ている子……そして少しばかり不器用なお姉さま達は……
「ああ!やってしまった!お丼ぶりひっくり返しちゃったぁ!」
「お姉さま!元に戻ってしまったわ!早く選り分けなきゃ、でも全部はムリかも知んないわ」
ううう。それ朝ごはんのスープのお豆なのに……しくしくしくしく、今晩寝れない……あまりの事に涙が止まらない子なのでした。
☆☆☆☆☆
「おかあさま、なぜ置いていっちゃったの?」
ある日の事、仕事の手が空いたスキに、森の中にあるお墓に来ていた子。しくしくと涙に暮れておりました。
「そこの子……。どうして泣いている」
高い場所から声がかかかります。慌てて涙を拭い、立ち上がり振り返ると、そこには白馬に乗った王子様の姿。ひらりと馬からおりられました。カッコイイ!とドキドキしながら貴族の子らしく頭を下げます。
「おかあさまのお墓まいりなのです」
「ほほう、それは感心だな……顔を上げい……」
顔を上げた子。鼻筋通り目元涼しい子の顔。濡れる碧の瞳は艷やかで、王子様は王子様らしくひと目で恋に落ちました。
「可愛らしきそなたよ……。王子の愛を受け入れ、我が城に来ないか」
そう愛の告白をした王子様、子は吃驚仰天!手を取られそうになるのを振り払い、その場から逃げ出しました。
カポカポの靴が片方脱げてしまいましたが、置いたまま、可愛らしい野うさぎの様に走り去りました。
――それから数日後、王子様は病に附してしまいました。帰ってからしばらくはあれこれ子の事を調べていたのですが、ある日を堺に、スープも喉を通らず寝たきりで『理想の相手がいた。僕の小さなかわいいうさぎ』とうわ言ばかり。
胸にしっかりと、ガラスのビーズが散りばめられた靴を片方抱きしめているのです。
そこで!王様は国中の娘にその靴を履かせてみる事にしました。時折気がつく息子に話を聞くと、年頃はいい頃合い、そして、靴はぴったりでは無く少しばかりカポカポしていたと話したのです。
「少しばかりカポカポの娘を探せ」
王はお触れを出しました。ようやく一息つけるかと思いながら、何故なら王子は……今の今まで独り身を通していたからです。愛する人を見つけたら……それまでは誰も近づいてくれるな、そう願わくば令嬢達を突っぱねていたのです。
まずはきらびやかなドレスを着込んでいる貴族のご令嬢達が、家の為と涙をのみ運ばれて来たそれに試しましたが、ぴったりか小さいかどちらかで王子の言う『カポカポ』では御座いませんでした。
王子様のことを知っている彼女達は笑顔を弾かせてホッとしたのは、言うまでもありません。
次に鮮やかな色の服を着たお金持ちのお嬢様が、些かしかめっ面で試しましたが、こちらも『カポカポ』はいらっしゃいませんでした。
王子様の事を少しばかり知っているお嬢様達は、残念に思いつつホッとしたのは言うまでもありません。
最後にくすんだ色の服を着た平民の娘達。胸をときめかせて一攫千金を狙い試しましたが『カポカポ』には程遠い者ばかりでした。
王子様の事を全く知らない娘達は、がっくり肩を落として嘆いたのは言うまでもありません。
そして……行き着く先は下女達、屋敷に仕える者達にも試す事にした王様。そして……ついに持ち主に行き着きました!
「おお!ソナタこそ王子様のお相手」
大臣である使者が子に話します。
「やです!」
子は使者に、顔を引きつらせて断ると、首を激しく振りました。
「これは国王陛下の御命令なのです!靴の持ち主を必ず城に連れ帰る様にと、逆らえば私の命もソナタの命も、そしてこの家も散って無くなることでしょう」
使者は重々しく子に話します。
「それでもやなのです、王妃にはなれません」
子供は懸命に使者に言いました。なぜにと聞く彼。
「それは……王妃様とは世継ぎを産むのがお仕事。だからです」
子は顔を赤らめてもじもじしながら答えました。ふーん?使者は疑問に思いつつ、この家の家族構成が書かれている羊皮紙を懐から出すと、どれどれと確認を始めましました。
そ、し、て……。
「ほほう、大丈夫で御座いますよ。はいはい、ここをちょいっとチョイチョイ……お?何だここの場所穴が空いているぞよ、後で新しい家系図を作りますゆえ……」
大臣である使者は、指でその場所を摘んでもみもみもみ……羊皮紙に穴が空きました。
「ふえ!そんな事をしても良いのですか?」
「良いのです。これで何事もうまく行くのですよ」
にこやかに話す使者に対して、うわぁぁんと泣き出した子。居合わせていた継母が、ちょっと失礼遊ばせ、と子の腕をむんずと掴むと、隣の部屋へズルズルと引こずって行きました。
バタン!ガチャ!ドアを閉めて鍵をかけた継母。子につけつけと話します。
「あなたはおバカなのですか!家の為、二人の姉のためにうんと、言いなさい!」
「ふえ!お、お相手って、お相手って……やです!」
「大丈夫です!神は全てをご存知なのです!うんと、言わないと……どうなるかわかっているでしょうね!」
じんわり嘲笑いつつ脅してくる継母。ヒィィ!子は心底震えました。その笑顔はまるで魔女そのもの。断ればお鍋に入れられグツグツ煮込まれそうなのです。
「それに……、子を成すのは妾の仕事、王妃とは別物……そう王子様は仰っておられるとか……これは城内に居る友人に聞いた話ですけどね、諦めなさい!」
うわぁぁん、酷いれす。声を上げて泣く子。見下ろす継母。泣き止むのを、イライラとしながら待ってましたが、何時までも泣く継子に叱り飛ばしました。
「ええい!『男』ならば泣くな!王子はそういうのがお好みだと聞いておる!家の為に嫁げ!」
「うわぁぁん!おかあさまのバカぁぁ!」
こうして子は泣く泣く家のためにお城へと行きました。
そうしてお元気になられた王子様は、愛する彼と幸せに暮らしましたとさ。
――、というお話さ。クスクス。酷い継母もいたもんだね、あたいのおっかぁも変わんないけど、と、よくよく見ればまだ幼い顔をしている女がそう話し、紅の口を閉じる。黒子も静かに動きを止める。
「そうだね、全くそのとおり」
私は彼女を見つめる。ちらりと料理を運ぶ店主を見る女。厳しい光が彼女を射抜いている。怯えている。仕方ない……私は金貨を取り出し彼女に差し出した……。
「ありがと」
ぱぁぁと花開く様に笑う彼女。白い肌、たわわな柔かき胸元、口元の黒子が艶かしく動く。紅がツヤツヤと光っていた。
これは私がジョアッシーの酒場で、名物のラズベリーパイとサングリアをやっている時に、その店のその娘から聞いた話を、屋敷に帰り徒然に書き留めた物である。その『子』はどうなったのか、ふと思ったが聞いてなかった事に気が付き、少しばかり後悔している。
終。