王様と道化 〜少年の主張
サンガム月の最初の日、王様の食卓には、スクイームのスープが出る。
王様 「…………神に感謝を、民に感謝を、いただきます(いらないと言いたい)」
トロリとした深い緑色のスープ、味は辛味があり、そしてほろ苦い味わい、それは大人の風味。先王が若くして亡くなり、少年の年の皇太子が即位して、初めてのスープ。
スクイームという草の新芽のみを丁重に集め、王の健康と長寿を願い、城に献上される。王のみが食すメニューのひとつ、料理人が太古から伝わる、レシピ通りに作る由緒正しきスープ。
優雅に銀の匙で一口、こくんと飲むと、口元には微笑を浮かべる少年。
王様 「(うお!不味!マズ!父上うらむ)、おいしいです、ありがとう」
緊張感を漂わせている、料理長に一言感謝を述べた。礼儀正しい彼は、まだ両手の指の合計数に、いくつか足の指を足した年齢。
幼き時より、どんな時も微笑む様に、出されたメニューは、大切に食す様に躾けられている王。大人の風味に辟易しながら、緑のスープに立ち向う。
王様 「(ぐえ、死にそう、これで終わり、デザート食べたい………)、ん?コレは何?何時もより一皿多い、父上もそうだったけど、私も食事はいつもの様に」
パンとスープ、豆や肉の料理、サラダにフルーツ、子供の彼にはお酒はまだ付かない。スープの完食という役目を終え、パンに手を伸ばした彼の前に、蓋をされた皿が置かれると、スッと蓋を外された。
王様 「(いらん、嫌な予感がする)、何?コレは」
料理長「陛下に長生きをしていただく為、今年は民が気合いを入れて、スクイームを集めて献上したのです。なのでレシピの一つ、スクイームのパイでございます」
はうう、涙が目に浮かびそうになったのを、ナプキンをさり気に扱う事で、何とか誤魔化した彼、恐る恐るナイフを入れると、トロリとした深緑色をした、濃厚なソースが溢れ出てきた………。
朝の礼拝から始まる王の一日、執務を手助けする重鎮達と共に、王城に上げられた文書を読み、あれこれ飛びかう意見をきき、摂政と相談をし最善に導く様に触れの制定をし、空いた時間は賢者につき勉強をし、武芸百般を鍛錬する彼。
王様 「僕、ぜったいに早死すると思う」
道化師「王様になったばっかりですよ」
スープの出た日、少しだけ空いた時間にお城に仕えている、顔馴染みの道化師を呼び出し、真面目な顔でコソコソ話を始めた王様。
王様 「忙しいのは知ってたからいい、でもご飯が激マズなのは知らなかった、なに?あの草!」
道化師「うーん、スクイームは長命草と呼ばれてるのですけどね、薬効もありますし、大変珍しく貴重な物なのですよ。一度食べたことがありますが、ほろ苦くて、そしてその中に、ちょっと辛味があって、美味しいんですけどね、まさに長寿の味わい、ほう………ま、大人の味わいですな」
王様 「うぇぇぇ!大人って変だよ!あんなの食べて長生きって!変!信じられない、口の中がまだビリビリしてるし、うえぇ!」
普段家臣達に見せる顔とは違う、年相応の姿にくすりと笑う道化師、ポケットからカラフルな紙に包まれたキャンディを取り出だすと、おどけた様に芝居がかって、礼を取る彼、陛下にはご機嫌麗しゅうございます、と口上を述べるのを遮る声。
王様 「いいからそれ、あー、肉入りパイにも入って、楽しみだった、デザートのソースにまで混ぜてたし、泣きたくなったよ、もう!」
受け取ったキャンディを口に入れる少年。幼い時から彼の側近く仕えている道化師の男は、少し切ない瞳で見やる。
道化師「そうですね。陛下はまだ子供、長寿草等いらぬお年、いらないと言えませんかね?無理だとはおもいますが」
王様 「それは出来ない、民が納めてくれる物を、粗末にしてはならない、民があっての私なのだから、言葉に出してはいけない」
道化師の言葉を聴くと、少年から王へと切り替える彼。
道化師「困りましたね、我慢は仕方ないですが、溜め込むと良くないですよ。イヤだ、と言っても良いお年なのですから、大人になればそればかりですからね、はてさて………」
王様 「いいよ、がんばるから、父上も母上もそうやってきてらしたもん、早く死んじゃったけど」
道化師「王族は我慢ばかりですからね、嫌だと言い己を通すと、暴君と言われ、誠にお気の毒な、我々なら食べ物くらいアレがイヤだとか、まずいとか大っぴらに言えるのですけどね、溜め込むとよくありませんよ、陛下には長生きしてもらいたいですし………!おお!もうすぐ祭りですし、これならどうですか?」
何かを思いついた道化師は、いたずらっぽく笑うと、失礼いたします、と彼に近づき何かを耳打ちをした。それを聞き、くすくす笑う若き王。
王様 「許す、よきにしろ」
パパパぁーん!花火が上がる。今日は祭りの日、大広場から大きな声が響く。それは集まる人々の歓声と混ざり、祭りの華やかさを盛り上げる。
『たまには!重い買い物の手伝いをぉ!やって欲しいわぁぁー!』
中年の女の大きな声、すかさず
道化師「お酒に野菜に、塩漬け肉迄買うと重いそうなぁ!手伝えだんなさぁん!だそうです」
と『大きな声で言いたい事を言おう大会』で、前もって出場者に、聞いていた事を話す道化師。彼は広場中央に作られた舞台の上で、催物の司会進行をしていた。
次は………と少しあたりを見渡すと、彼の目の前で帽子を目深に被り、粗末な街着を着込んでいる少年と、その隣に古ぼけたショールを頭からすっぽりかぶり、手には籠を下げている幾分幼い少女に目を留めた。笑顔を向けると、こくんとうなずく子供達。
道化師「え、と、そうだなぁ………二人一緒に上がりますか?」
と、ん、と舞台を降りて、少女を抱きかかえると上に上げる。少年はヒョイっと身軽にそこにのぼる。それぞれに言いたいことを、こしょこしょと道化師に話す。
道化師「え、では、女の子ちゃんから、え、と籠の中は、さくら草とスクイームだそうです、お城に持ってくのかな?」
こくん、とうなずく少女、え!スクイームと小声で呟く少年。じゃぁ、用意が出来たらどうぞ、と促した道化師。
少女 「え、とえと。あの、あのね、えと、おおさま、長生きしてください、えとえと、おばあちゃんも、あたしも、おとうさんも、おかあさんも、そいってまぁぁす」
かごに入れているさくら草の様に、ほんわりと頬を染めながら叫んだ幼い少女。
少女 「だから早起きして、あさつゆがおりたときにスクイームをつみました。おおさま、びょうきにならないでくださぁぁい!」
少女の澄んだ声が終わりました。ふう、と赤い顔をして、ペコリとお辞儀をしました。し………んとなった会場、外あちらこちらから、ぱちぱちぱち!拍手がわきおこりました。
きょとんとした少女、少年は何かを考えてます。はあ………と、大きくため息をつきました。拍手が終わると、少年の番です。道化師がひっそりと聞きました。
「どうされるのです?あ、でもスクイームは嫌いだー!は、最初から言えませんけれど、あれは陛下しか食べれません、バレてしまいますよ」
「うーん、まぁ、ここに上がったからには一言いうよ!スッキリしたいしね!」
二人はひそひそと話しました。にっこりと笑う少年。
「(そうですか、心配してませんけどね)じゃぁ!次は少年が何か言いたいそうですよー!さぁ、坊や言ってみよう!」
王様「えーとぉ!おいしいものが食べたいでーす」
ザワザワ!ザワザワ!まぁ!なんて可哀想な、どんなご飯食べているのかしら。と、あちこちから声が上がります。
道化師がハイイ!彼はちょっと好き嫌いが多い、坊っちゃんなのですよー!と絶妙な間の手を入れました。
道化師「少年!好き嫌いを言わずに食べなさい!というわけでこれにて終了!」
サンガム月の最初の日、王様の食卓には、スクイームのスープが出る。トロリとした深い緑色のスープ、味は辛味があり、そしてほろ苦い味わい、それは大人の風味。
王様 「…………神に感謝を、民に感謝を、いただきます(いらないと言いたい)」
彼は好き嫌いを言わずに、今年も目に涙をためてそれを飲み干しました。
王様「美味しかったです。(早く大人になりたい……、父上のバカ)」
終、わ、り。




