街の子供と魔法使い
慈善を名乗っているお屋敷で、火事が度々起きるという事が、ここしばらく続いている街があった。あちらこちらでそれが起こる。それも決まって裕福な家。くちさがない街スズメ達は、あれこれ推察をしてさざめく。
最初の家も、慈善事業とかっての?してたっけ、
そうそう、優しそうなご主人だったわよね。教会で見たことあるけど。
でもあそこの女中が、なんか言ってたぜ。
あー、私も聞いたことあるある、ホントなの?
そうらしいぜ、表ではいい顔してっけど、拾ってきた子供の綺麗なのは、売ってたっつーの、そういやそんな家ばっかりか?
そういやそうねぇ、外から火をつけられたんじゃ無いって新聞に載ってたけど、そういや女中が一人行方不明者って聞いたけど。
そうらしいな、それが犯人か?って話らしいけど、てか!お前新聞読むんかよ。
お客が読んで話してくれたのよ、そんな事ばっかよ。ここ最近ね、ククク、そのお客ったら、次はワシの友人かもしれんとか言ってた、そしたら、その高貴なるお友達様が、なんと!昨日燃えちゃったってよ。
く、ヒヒヒ……、そのジイ様のお友達、確か教会のお偉いさんの一人だよなー。屋敷の女中はみんな、若い女か、チッせー女の子ばっかで、それが妾っつー噂の………あれこれ聞くけど、よーやるわ。
「やっぱ天罰か?チッセー女の子に何してんだか、俺はお前みたいなのがいーけどなぁ」
男が女の耳元で、くすぐる様な声で話している。
「商売するなら金持ちジイ様、恋をするなら若いほうがいい」
女がクスクスと笑いながら、シーツをぐいっと引き寄せた。
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炎の魔法使いがあらわれた。こそりこそりと街のあちこちで、話をしている大人達。ある者は靴磨きの少年の前で、ある者はくすんだ煉瓦の壁に持たれて、手に新聞を広げて話をしている。
「おじさん、桜草いりませんか?それとも三色すみれは?恋の花はいかがですか?白い弔い花も、香草もありますよ」
きな臭い風が、行き交う人達に大きな不安を贈りながら駆け抜けている中、ネッカチーフを頭に被った少女が、大きめな手籠に、とりどりな草と花とリボンを入れ売り歩く。
「お嬢さん、派手にならないように、種類は構わない、そうだな、これで束ねてくれないか?」
ゆゆしげに曇った顔をした初老の男が、彼女を呼び止め銀貨一枚を差し出す。お弔いですね、と売り子は手早く花を見繕うと、黒のリボンを取り出し束ねた。
「神様のご平安がありますように」
言葉と共に出来上がった花束を差し出す少女。魔法使いが現れた翌日は、弔い花を求める人が多い、中にはこのお客の様に、大きな花束を求める大人もいる。
「ああ、綺麗だ、ありがとう、お嬢さん」
受け取った香りの良いそれに鼻を近づけ、胸に涼やかな、そして甘い緑の匂いを吸い込む男。花売り娘に銀貨を手渡し、再びゆゆしげに顔をしかめると、背を向け彼の道を歩いていった。
「終わりました。お客さん」
フウ、と顔を上げる靴磨きの少年。銅貨を数枚手渡される。ピカピカに磨き上げられた革靴がそこから離れていくのを見届けてから、花売り娘が彼に近づき声を掛けた。
「どう?調子いい?お兄ちゃんが何時もの店でご飯にしようって」
「あ?やったし!終わったら一緒に行こうぜ!うーんいそがしいかな?調子いいほうかもかなぁ、でも泥と煤で汚れてるお客が多いし、手間かかるちゃ、仕方ねーよ、火事場見に行くんだなぁ、大人って、大変だよ。そっちは?」
ポケットから革袋を取り出し、硬貨を入れている少年、その横にしゃがみ込む少女。
「そうねぇ、今日はいいかも。くすくす、魔法使いサマが出てくれたから………」
「そうそう、魔法使いサマさまだよな、ってか、カラスやってるジョンシィ、あれこれ聞かれたっつぅ話なのだけど、聞いた?」
ふぃーと、息をつき薄ぼんやりと曇っているガラス瓶、その口のコルクを抜くと、ゴクゴクと飲んでいく少年。同じ街中ぐらしで、捨てられている物の中から、目ぼしい物を見つけ拾う仕事をしている、仲間の話をする。
うん、つかまってあれこれ聞かれてるの見た。実入りはいいけど………あーなるのが嫌よねと、それを聞き、話す少女。
「火事場あとはすっごく汚れるし、変なのに目をつけられるし、でジョンシィは?大丈夫なの?」
「ん………、ふう、飲む?大丈夫だよ。あいつ口がうまいから。なんか見つけた物の中からひとつ、ヤードに渡して終わりって」
ありがとうとそれを受け取ると、こくこく飲み彼に瓶を返しすと、少女はポケットから、カサカサと油紙の袋を取り出す。ねじっていた口を開き、中のキャンディをひとつ取り出し口に入れると、彼にも勧める。
「………、へえ?なに渡したんだろ………で………ただ取りされたんだ」
「あんがと、何かは知んないけど、とうでもいいもんだってあいつは言ってたぜ、でもケチだよなぁ!カラスからもらうんだったら、金払えよな」
「ほーんと!クスクスクス、まほーつかいのほーがいい、出たらお花が売れるもの、あ、アン、こっちにおいで」
「うん、くすくすくすくす、そっちのがいい、みがく靴が増えるしな、お!売れたか?」
コソコソと顔を近づけナイショ話をする二人だったが、顔見知りの少女を見つけて、声をかけ手招きをする。
「あ、おねえちゃん、おにいちゃん!」
それに気がついた彼らより幼い女の子が、人混みの中から手を振り、声を上げると、ぴょこぴょこと二人に向かってかけてきた。
「キャンディ食べる?」
袋を差し出す花売り娘、うん、とぱぁと笑顔を浮かべた女の子は、売り物が入った手籠を地面に置くと、小さな手でひとつ菓子を取り出す。
「お!よく売れた?そんな残ってない、えらいえらい」
少年が籠を覗き、中の商品であるマッチが少ない事を目にすると、うれしそうな女の子の頭を撫でた。えへへ、うん、えへへ、いっぱい買ってくれる人がいたの、と話すマッチ売り。
「へえ、クスクス、お兄ちゃん?買ってくれたんだ」
「うん、いっぱい買ってくれた、わあ、見てみてあの子かわいい服きてる」
ざわ、と道行く人々が供を連れて歩く一人の子供に目を向け、指差し話す、上等な布地で誂えている外套を着込み、それに合わせた色の花を飾った帽子、薔薇色の頬、背に流れる髪はこの国では珍しい黒い色、利発そうな風貌。
ラジャーのお姫様かしら?お忍びで来られてるの?
素敵な服ねぇ、でも大丈夫かしら?
今物騒だものね、あちこちで、誰かに放火されてるんだったかしら?
良くないお噂を耳にするお方達が、神様のお怒りにより、焼かれているとの事ですわよね。
「怖いですわね、それはそうと、ご寄付ですけどどういたしまして?宅は………ああ、いらないわ、よろしくてよ」
別の物売りの子供が、手にしたそれを勧めている、それに対して手袋をはめたそれをにべなく振り、答えるやんごときご婦人達。
働き歩く街の子供達のことに、目をやる者はいない。
「クスクス、マッチ売れたのかぁ、そうか、またあるよね、あの兄ちゃん、くすくす、今度はどこの屋敷で働いてるんだろ」
「くすくす、どこかなぁ、白いお花多めに持ってこようかな、お兄ちゃん、かっこいい、くすくす」
「エヘヘ、おにいちゃん、マッチたくさん買ってくれるから、好き」
子供達がキャンディをなめながら話している。空には、べったりとした鼠色の雲、地上に日差しは注がれていない、ひゅるりと冷たい風が、きな臭さをのせて吹いている。
終 ━