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虹色薬局『フォーアイ堂』 おばあちゃんが店主です。〜甘いの怖い

人生の選択に悩む青年がいましたとさ。

 俺は今、人生最大なる選択に迫られている。受け取ったそれを飲むか否か。


「ん?なに?」


 目の前には、コーヒーを差し出した先輩、仕事も出来て、イケメンで、人当たりもよく万人ウケ、社内の人気ナンバーワン、笑顔でいつもの様に、俺にコーヒーをついでだと、淹れて来てくれた。仕事上でのパートナーであり、良き指導者。


「粉が変わったのかな?モカ?甘い香りがするよね」


 先輩は、そう言うと手短な椅子に座ると、美味しそうに飲み始める。何時もの様に女子社員の刺すような視線が、俺に来るのは仕方ないが…………ああ………、



 朝の一件が脳裏に浮かぶ。



 …………ハークション!あ!いけね、マスクでくしゃみしてしまった、気持ち悪いんだよな、後で蒸れるから、鼻水が出てきた、ズルズル………ズズー、チン!あ、しまった、鼻水をとったら、耳が詰まってしまった………。そしてマスクの変えがない!


 ごくんと唾を飲み込むが、ぴきん、と音がするばかりで、ツーンとした妙な感覚がそこに残っている。軽いアレルギー体質の俺は、今は『セイタカアワダチソウ』ちなみに春には、杉とヒノキの恩恵を受けている。


「うー、困ったな、気持ち悪い」


 秋めいた街路樹が立ち並ぶ歩道を、職場に向かって歩きながら、耳の中に小指を入れたり、飴ないかなとポケットをまさぐったりしているが、お目当てのものは無いし、あれこれ試すが、いっこうに治らないし、鼻水は再び溢れそうになる。


 おまけになんとなく塩気を含んだ湿ったマスクは、俺に朝から不快を与えてくる。職場には幾枚かおいてあるのをおもいだし、無心をひたすら無心………ムリ!


 なので仕方ないと、コンビニがよかったのだが、あいにく無かったので辺りを伺うと、路地を入った先に、小さな薬局の看板が見えた。せかせかと開いている事を願ってそこに向かう。


 入口に小さなプランター、そこに赤と白のよく見る花が植えられている。水やりをしたのか、地面が黒く濡れている。もしかして開いてるかと思いながら、重いレトロな引き戸を指先に、少々力を込めて開けた。


 一歩中に入ると、独特な匂い、病院の消毒薬でもない、例えると漢方の様な香りが漂う店内、小さなその場には、日雑品も化粧品も棚にぎっしりと細々として、並べられているのが目に入った。


「おはようございます。いらっしゃい、どうされたのですか、朝からという事は、前夜彼女さんとあんなことやこんな事を、はりきりすぎての、栄養ドリンクかね?お兄ちゃん」


 茶色のワンピースに、白いエプロン、白髪に軽くパーマをあて小綺麗にまとめている、小柄な老婆がわけのわからぬ事を話しかけてきた。


「それとも、飲みすぎてのこれ一本?若いときには酒の間違いはあるからねぇ、昔も今も変わらないね」


「いえ、マスクとのど飴がほしいのですが」


 艶ツヤとした肌のおばあちゃんが、トンチンカンな接客をしてくるので、俺は時間もないことから欲しいものを、手短に伝えた。


「のど飴は目の前のカゴにあるよ、マスクはその棚にぶら下がってるやつと、棚には箱入りね。ふうん、面白くないねぇ、最近は朝から商売してるから、そこそこ儲けはあるけれど、真面目な客しか来やしない………えっと、ハイハイお釣り」


 ガラスケースで、仕切られた向こう側で、レジをすますおばあちゃん、レジ袋に商品を入れようとするのを、すぐ使いますので、と断る。そしてお釣りを受け取ると、俺は通勤鞄にそれらを入れた。


 漢方薬でも扱っているのか、仕切られた向こう側の壁は、小さな引き出しが一面にある。ガラスケースにも、見たことがないような名前の薬袋の数々。一般的な物は壁にきちんと配置されて売ってある。なんとも怪しそうだと思いつつ、俺は店を出ようと、扉に手をかけた時、不意に外から開く。


「あ。すみません。って先輩、おはようございます」


 鉢合わせになったお客は、職場の先輩、おお!あ、君か、と朗らかに笑ってくれる。


「ああ、いらっしゃい何時もの、ね、用意してますよ」


 とりあえず外で、鼻をかみスッキリしてから、新しいマスクを出し、とっとと装着をしたい俺は、会釈をしてすれ違い出る。そして入る先輩、声をかけるおばあちゃん店主。先輩が、後手で戸を閉める時に、気になる華やいだ声が耳に届いた。


「良いイモリが手に入ってね。今回の惚れ薬はバッチリだよ、香りが良くてねえ、仄かに甘い匂いがするのさ、いつもの様に使ってくれたらいい、クスクス」


 は?イモリ?『惚れ薬』とな?そんなもの先輩いるのかよ、社内でもイケメンで通ってるし、女子の人気半端ないし、誰にでも優しいし、てか、売ってるの?冗談だろ、と思いつつ、ありふれた飴を口に放り込み、ゴソゴソと店先でマスクを取り出し整えると、その時は、たいして気にもせずにその場を離れた。




 これが今朝の出来事である。その先輩が『仄かに甘い香りのコーヒー』を俺に運んで来てくれた現在…………。


「ん?どうしたの?飲まないのか?」


 ニコニコと無垢な笑顔で、俺に聞いてくる。朝の事を思いだし勘ぐってしまう俺、イケメン先輩が勧めてるのにぃと、冷たい視線が、ピシピシと礫となり投げつけられ刺さる。


「あ、いつも、ありがとうございます、すみません…………」



 え、豆が変わったって、本当なのか?朝イチで飲んだときには、何時ものブレンドだったのだが………、しかし今鼻に届く香りは『仄かに甘い』


 先輩のは俺と同じなのか、凄く気になる。そして給湯室には、モカなんて洒落た物は無いのですが。それにまさかとは思うが、朝のおばあちゃんの『何時もの』に、俺は物凄く引っ掛かりを感じている。


 俺は仄かに甘い香りが漂うコーヒーを手にして、飲むべきか、飲まざるべきか悩んでいる。ちなみに、俺は恋愛するなら、相手は女子としている男である。



 飲むべきか、飲まざまるべきか、それが問題だ。



 どこか期待している様な、先輩の甘い笑顔が怖い。



 終。




挿絵(By みてみん)


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