第八話 裏切らない関係
6/4 ナギサの口調が一部変だったため、修正。
現在僕は、助けてもらった彼女、リトさんに全裸の状態で体中をぺたぺたと触られている。ケガがないか、変なところがないかを確認しているようなのだが、先ほどからリトさんの荒い鼻息がかかって実にこそばゆい。
また、女性の体で優しく触られるのは慣れていないため、時折上げてしまうくぐもった声が、より一層リトさんの鼻息を荒くさせてしまう。
「あ、あの……、そろそろいいですか?」
「え? あ、えぇ、問題ないわ。服をきていいわよ?」
黙って、コクリと頷き、僕が眠っている間にリトさんが買ってきてくれたらしい、白いワンピースを着る。流石に着るのは抵抗があるが、むしろ、着ないでリトさんに裸を見られ続けるほうが恥ずかしい。現に今も、体全体を舐めまわすかのように見てきているのだ。
ささっとワンピースに着替えたところで、まるで待っていたかのように、僕のお腹から、くぎゅるるるとお腹の音が鳴り、室内に響き渡る。
恥ずかしさに思わず真っ赤になってしまった顔を、俯くことで隠す。
「うっ、破壊力抜群ね……あ、そういえば、お腹が空いて倒れていたのだものね。ご飯を持ってくるから少し待っててくれる?」
「あっ、はい! 何から何までありがとうございます」
「いいのよ、困ったときはお互い様でしょっ!!」
「……はい、そうですね」
リトさんが笑顔で部屋から出ていくと、一瞬で室内が静かになる。
さて、助かったものはいいもののこれからどうするかなぁ。まずは、日中のあの状態にある程度慣れとかなきゃ、後々キツいよね。あとは、吸血鬼の特有の技かな。この姿になってから、何となくだけどこれができるとかは感じてるんだよね。
それと、加えて魔法の練習をして実戦で使えるようにして、あれのために備えなきゃ……あれ? 何をしたかったんだっけ……あ、そうだ、あいつらに復讐をして……何で復讐をしたいの? いやいや、落ち着け、僕! エルピダに雑魚ステータスにされて、国王に監禁させられて、騎士やクラスメイトに慰めものにされて、信じていたはずの蓮に裏切られてっ!!
……何で、何でこんなにもどうでもよく思えちゃうの? ヒドイことをされたって分かってるはずなのに、何故か実感が湧かないというか。おかしい。僕は復讐をするために、この力を望んだはずなのに何で……。
「はぁ……はぁ……」
「ど、どうしたの!? どこか辛いの!?」
「――っ!! ……あ、いえ、大丈夫です。ただ……自分が自分じゃない気がして」
いつの間にかリトさんが戻ってきていたようで、過呼吸になりかけていたところを、背中をさすられることによって、何とか落ち着く。
……今のは一体何だったんだ。本当に、自分が自分じゃなくなっているのかもしれない。あんなに、裏切った蓮が憎くて、気持ち悪くて、うざくて、殺したかったのに。今じゃ、全くの他人の感じがする。
「そう、何かあったら言うのよ? はい、これ。スープとトースト。食べづらいかもしれないけど、この家にはこれしかなくて……。ごめんね?」
「い、いえ! 大丈夫です! むしろ感謝しかありませんよ!」
慌ててトーストを手に取り口に含む。どうやら表面にハチミツのようなものが塗ってあるらしく、口の中に甘い味が広がる。休む暇もなく、むしゃむしゃとトーストを食べ、最後に一気にスープを飲み干し、手を合わせる。
「おいしかったです。ありがとうございました」
「ふふ。……さて、落ち着いたところで、早速聞かせてもらうわね。どうして、あんな場所でしかも裸で倒れていたの? あ、もちろん言いたくなければ別にいいのよっ!」
やっぱりこの質問が来るよね。いくら何でも事実を伝えるのは不味いし、ここはテンプレ通りの設定でいいのかな。それが一番無難だろうし、こういう世界なら起きてもおかしくない話だろう。
「じ、実はその……気が付いたらあの森の中にいて。街がどこにあるかもわからなくて、ひたすらにあるいていたんですけど……恥ずかしながらお腹が空いてしまい……」
「……そう。どこからきたとかそういうのは?」
「……記憶がないんです。覚えているのは名前くらいで、他は何も。……変ですよね、こんなこと」
トーンを暗くして、俯きながら答える。こんなに良い人を騙すのは辛いけど、僕も生きるためだ。しょうがない。
……それに、この人だって僕を裏切る可能性は全然あるんだ。吸血鬼だとか、寵愛者、異世界人なんか知ったら、僕を捕まえて売り飛ばすことだってあり得る。
信じなければ、裏切られることはない。長年の経験から漸く学んだ僕の座右の銘なのだ! これは永遠に変わることはないだろう!
「そっか。……辛かったよね。でも、安心して。ナギサはナギサ。それ以外の何者でもないわ」
あ、もしかして、自分が自分じゃないって言葉を、記憶がなくてって勘違いしてくれてるのかな? なら、これを利用させてもらおう。とりあえずリトさんの家に泊めてもらうようにどうにかして、ここから生活の基盤を作っていこう。
「……僕、お金、なくて。住む場所も、自分が何者なのかもわからなくて……。お願いします、何でもしますから! なんでもしますので、この家に住まわせてもらえないでしょうか!?」
「……今、何でもするって。……ん、んんっ! えぇ、もとよりそのつもりだったからいいわよ。少しずつでいいいから、私と一緒に思い出していきましょ?」
「――っ!! はいっ! ありがとうございます! ……そ、その、僕が言うのも何ですけど、お金とか、家族の方とか、大丈夫なんですか?」
「ん? あ、そっか。記憶がないんだものね。……実は私、こう見えても世界で十数人しかいないSランク冒険者にして、轟かす神の寵愛者なのよっ!!」
え、え、待って。寵愛者? 轟かすっていうくらいだから多分雷なんだろうけど……。え、この人、もしかしてめちゃくちゃ強いの!?
Sランク……。Sランク冒険者ってやっぱり超高レベルだよね? 十数人しかいないって言ってたし。なら、当然お金持ちという事か。そりゃ、確かに一人くらいなら面倒見れそうだし……。だいじょうぶそうなのかな?
「ここは、国から支給された私専用の屋敷でめっちゃくちゃ広いのよっ! 家族はちょっと訳ありでいないけど……。ずっとここで一人だったから、寧ろウェルカムね。どんどん甘えてくれて構わないわよ!」
ほへぇ、すごいんだね。寵愛者かSランクかどっちのおかげで屋敷がもらえたのかは分からないけど、国からなんて、どんだけだよ。……いや、やっぱりこの世界は戦争とか魔物の襲撃とかあるのかな? なら、よくある、力のある者を留めておきたい的なやつなのかも。
ふむ、ならリトさん以上に僕の世話をしてくれる人はいないかもなぁ。……契約、試しに使ってみようかな。
「ねぇ、リトさん。僕が今から言う事、僕が許可するまで言わないって約束できます? もちろん、そっちも条件をつけていいんですけど……」
「ん? 急にどうしたの? ……まぁ、大事な話そうだし。いいわ、約束する。私からは……そうね、私を信頼すること。これでどうかしら?」
「――っ!!……えと、ごめんなさい。僕には少し。裏切らないって約束なら多分……大丈夫です」
「ふふ、私がナギサを裏切るわけないじゃない。寧ろ、愛して……コホン、好きよ?」
今、一瞬、不穏な言葉が聞こえたが、きっと気のせいだろう。それよりも、兎に角言質はとった。後は、契約するだけだ。この世界、どうやら使いたい魔法や能力を思い浮かべると、たぶん使えるやつのみだけど使い方が頭に浮かんでくる仕組みになっているらしい。どうやってるのかはいまいち分からないけど。
お互いに話し合って定められた条件に強制力を働かせ、反することができなくなる魔法、【絶対契約】はどうやら、どこでもいいからお互いに肌を重ね合った状態で、術者である僕が詠唱を行えばいいらしい。
というわけで、リトさんの手を握り、意識を集中させる。一瞬体をびくつかせるが、なにやら勘違いしてくれたようで、こちらに微笑みを返してくる。
「じゃあ契約内容は、お互いに相手を裏切らないこと。これでいいですか?」
「……え? え、えぇ。いいわよ?」
「ふぅ……。【規約を破ることを禁じ、如何なることがあろうと最優先することを此処に誓う。絶対契約】!!」
そう高々に宣言した瞬間、触れていた部分、重ねた手と手が淡い光を放ち、やがて消えた。
「……今のは一体?」
「これで、お互いに協力し合える仲になりましたね。これからよろしくお願いします!」
先ほど、座右の銘とか言ったが、訂正しよう。どうやらこの世界では、常識が通用しないらしい。
……正しくは、
『絶対的な信用がない限り、信用は許されない』だ。