第七話 リトリエール・フォンエッテ
「はぁ、つい深追いして深くまで来てしまったわ。……日が沈むまでに抜けられるかしら」
私、リトリエール・フォンエッテはディザイリア王国の冒険者支部を拠点として活動する、栄誉あるSランク冒険者だ。世界に十数名しかいないほどのSランクに入れたのも確実に、雷を司る、轟かす神〈アストラフ〉様から受けている寵愛のお陰だろう。
現在、私はディザイリア王国に最も近いにも関わらずB~Sランクまでの魔物が出現するほどの高難易度フィールドである、《ディズリオの森》の奥深くにいる。
その理由というのも、何かに追われるかのように現れたSランク魔物を発見し、街に到達する前に討伐しようとここにやってきたのだが、この前、私がこの森で暴れたことをあの魔物も覚えていたようで、再び森の奥へと戻っていってしまったのだ。
念のため、討伐をしようと追ったのだが、思いの外足が速く気が付けば奥まで入ってしまったというわけ。何とか討伐し、魔収納バッグにしまったはいいものの、この問題に至ってしまったのだ。
「さて、どうしたものかな~。流石に魔法使って走ったら魔物をおびき寄せちゃいそうだし、歩いて戻るのが無難だよね……。あぁ、めんどくさいなぁ」
木につけながら走ってきた目印を頼りに森を進んでいく。当然、奥には木しか見えず、先が思いやれる。本当に、あの時何も考えずに魔物を追ってしまった自分を殴りたい。
周りの音や匂いに気を遣いながら、ひたすらにディザイリア王国を目指す。
「……ん? 今、どこかから音がしたような……」
ふと、ガサガサと草が擦れるような音が鳴ったような気がして、一度立ち止まり意識を集中させる。
――ガサ
「こっちねっ!」
聞こえてきた左奥に向かって一目散に駆け出す。
音的にそこまで大きい生き物じゃないはず。サイズ的にSランク級ではなさそうだし……迷い込んだ低ランクの魔物か、それとも人? もしそうならすぐに助けなきゃ。ここは一般の人には即死級の魔物がうろちょろしてる。危険過ぎる!!
目的地に近づくと、万が一を考え、なるべく音を立てないようにして歩み寄る。
どこ、どこにいるの?
きょろきょろと辺りを確認すると、ふと、視界の端にまるで外を知らないかのような白い肌をした足が映る。どうやら音の正体はこれのようだ。
素早く駆け寄り、その足の持ち主である人物を見る。
そこにいたのは、美しい銀髪を持った裸の少女。十二歳前後だろうか、幼さの割には大人びた体をしており、そのスタイルは正直私も嫉妬してしまうほどだ。薄く開いた瞼の隙間からは、紅い綺麗な瞳がのぞいており、非常に魅力的だ。
……かわいい。
女に私でさえ、思わず見惚れてしまった。これはまさしく神様からの贈り物だと、そう錯覚しても誰も咎めることはないだろう。
「って、落ち着け、私! この子は女の子、倒れている女の子なのよ!」
震える手で少女の体を抱き寄せ、そっと抱きしめる。
「もう大丈夫よ、安心して」
体を離すと、頭を丁寧に撫で、一体何があったのかを問うてみる。
裸でこんなところで倒れていたんだ。それに先ほどから呼吸が荒く、意識も朦朧としている。かなり酷いことがあったんだ。ここで、いかに彼女を安心させるかによって、彼女からの好感……コホン。信頼度が変わるはず。優しく、優しくだ。
「うぅ……た、助けて……」
「落ち着くのよ。ゆっくりでいいから、事情を話してみて」
コクリと頷くと、小声でありがとうと返してくる。彼女の表情には先ほどの不安げな感じは消え、安心した表情に変わっていた。
……はぁはぁ、落ち着くのよ、私。この子は苦しがってるの。決して食べたいとか考えてはいけないのよ。そう、この子はかわい……じゃなくてっ! 深呼吸をしよう。すぅ~……あぁ、いい香りが鼻の中に……わぁっ!! 違う、違うのよぉ!!
「え、……っと、あの……」
「……話せそう?」
「あ、う、うん」
ふぅ、何とか平常心を保つことができた。恐らくバレていないだろう。とにかく今は、人助け。邪な考えは一切捨て去って……
「うぅ、はぁ、はぁ、あの、ね……」
「うん」
「お…………が……」
「え? ごめんね、もう一回お願いできる?」
少女の言葉がいまいち聞き取れずもう一度言うようお願いする。
息を荒くしながら懸命に伝えようとする姿……ぞ、ゾクゾクするわね。
「お……か、が……」
少しの沈黙が流れ、やがて少女が何かを決心したかのように、ギュッと下唇を噛みしめたかと思うと、すぅ、と浅く息を吸う。
「お腹が、お腹が空き、まし……た……」
それだけ言い残すと、ぱたりと倒れびくとも動かなくなる。
やがて、すぅすぅ、とかわいらしい寝息を立て始め、むにゃむにゃと口をもごもご動かす。
……もしかして、ただの行き倒れ?
さっと立ち上がり、右手をこめかみに当てて軽く息を吐く。
そして、大きく息を吸うと……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
森の中に叫び声が木霊した。
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ゆっくりと、意識が覚醒していく。
目を開き、辺りを見渡してみると、そこにはヨーロッパ風の部屋の風景が広がっていた。どうやら、僕はベッドの上で寝ていた様だ。
体を起こして目を擦る。
……はっ、しまった。折角の『知らない天井だ』を言い逃してしまった。
「……知らない天井だ」
「……扉見ながら何言ってるのよ」
「うひゃぁっ!?」
突如横からかけられた声に思わず、驚きの声を上げる。真っ先に声のした方向に視線を向けると、綺麗な金髪の女性がいた。……むぅ、いたのに気が付かないとは一生の不覚。
あれ、この女性どこかで見たような……? そもそも何でこんなところのいるんだっけか
確か、異常な疲れと空腹に倒れて、這いずりながら何とか進んでいたんだけど……あぁ、そこで誰かがきて……。
「あっ! 鼻息の荒かった人!!」
「んなっ!? ば、バレてたのね……うぅ、死にたい……」
やっぱりあっていた様だ。そうだった、お腹が空いたことをこの人に伝えたところで力尽きたんだ。うっ、意識したらお腹が空いてきたかも……。
それにしてもこの人、見れば見る程綺麗だなぁ。ついつい、目が奪われて……あ、何か顔が真っ赤に染まってく。
「な、なな、は、恥ずかしいじゃない! そ、それとも私に惚れたのかしら……? って、あぁ! 何言ってるのよ、私はっ!」
「え、あ、うん。きれいだなって」
「――っ!!」
あ、もっと赤くなった。ヤバい、この人面白いかも。しばらくは飽きなさそうだなぁ。もしあっちが良ければお世話になることってできるのかな?
「う、うぅ……と、とにかく! き、君の名前は何?」
「僕の名前? あぁ、えっと……ナギサ・ヴァンノワールです!」
神様からもらった名前を胸を張りながら答える。
将来、世界最強になって、神をも倒す偉大な者の名だ、精々覚えとくがいい! そして、初めてこの名前を名乗った相手だ、光栄に思うがいい!
ふっ、とドヤ顔をし、彼女を見つめる。すると何故か、軽い笑みを零しながら、僕に向かってこう告げた。
「私の名前は、リトリエール・フォンエッテ。気軽にリトって呼んでね?」
今はまだ誰も知らないが、これから先、長い間共に過ごし、歴史に残る事件を巻き起こす、ナギサ達の冒険は、こうして幕が上がったのだ。