第六話 銀髪ロリっ娘吸血鬼
「……それで、本当は?」
ラディの発した言葉に思わず返す言葉が見つからず、一瞬沈黙が流れるが気を取り直してラディに問う。
全く、今はふざける時間じゃないんだ。さっさと、僕が吸血鬼になった理由を聞かせてよ。
「なっ!? 妾は一言も冗談を言ってないぞ! ただただ日本の文化が好きな、嘘などつかない立派な神に失礼極まりない。しかも、お主の主でもあるのだぞっ!!」
「は? え、いや、本当なの?」
「うむ。和室やお茶、煎餅はとても素晴らしい。そして見よ、この美しいゴスロリをっ!」
ガタっと立ち上がると、腰に手を当て、胸を張るようにして服を見せつけてくる。
カワイイ少女が申し訳程度の胸を見せつけてくるのも、何かそそられるかも。実にいい光景だ……じゃ、じゃなくてっ! 確かに日本の文化は世界に誇れるほどの素晴らしいものが沢山あるし、自慢ものだけど、それとこれとは違うわけで……
「そして何より、銀髪ロリっ娘吸血鬼は最高に素晴らしいと思わないか!?」
「ぎ、銀髪ぅっ!?」
ラディの言葉に反応し、慌てて伸びた髪を前に手繰り寄せて色を確認する。
……大丈夫、黒だ。ヤバい色に変わって何かいなかった。ったく、驚かせやがって。現代日本人にとって、銀髪ロリっ娘を愛でるのは大歓迎だけど、自分がなるのは許せない。
「ふっ、安心しろ。それは、妾の空間から離れた瞬間に適用される」
「ラディぃぃぃぃぃっっっ!!!」
「うわわわわっ! お、お座りだ!」
「ふぐぅっ!!」
契約の影響なのかラディのお座り宣言に応じるように、体が勝手に犬のするお座りの姿勢をとってしまう。どうやら、この支配契約にはあの隷属の首輪と違い体がその命令通りに動いてしまうらしい。
くそ、エルピダの次はお前だぞ、ラディっ!!!
「怖い怖い、乱暴な女子は嫌われるぞ、ナギサ? ほれ、お手だ」
「グルルルルルゥッッ!!!」
命令通りに、左手が近づいてきたラディの手に乗せられる。
何て屈辱なんだ。いくら助かりたかったからと言ってこんなやつの眷属だなんて……死にたい。
「ふぅ、さておふざけは終わりにして本題に入ろうか。……いつまでお座りしているのだ?」
「なっ、もうっ!」
急いで立ち上がり、座布団の上に座りなおす。ラディはなお、こちらを見てニヤニヤしており、益々イラつきがたまっていく。
むぐぅ、我慢、我慢だ。ここで暴れてしまったらさらに酷い目にあわせられてしまう。落ちつけぇ、おちつけぇ……
「やっぱりナギサはかわいいなぁ」
「ふっ――!!……はぁ。で、ホントにそれだけなの? 吸血鬼にした理由」
寸でのところで感情を制御し、何とか持ちこたえることに成功する。ラディは、ほぉ、と感心したような表情をするが、ここで切れる程子供じゃない。復讐を誓った吸血鬼、こんなにカッコいい肩書を持つ僕が負けるわけにはいかないのだ。
「一番はやはり銀髪ロリっ娘吸血鬼が可愛いからなのだが、お主の言う通りまだあってな。それは、もしナギサがこの世界で生まれていたら何の種族が適していたかを、データから読み取り推測した結果が吸血鬼だったからだな。妾を信仰してるのは基本的に龍人族か夜の魔族、人狼やら吸血鬼なのでな。それに関しても都合がよかったのだ」
「なるほど、これ以上にないほどに吸血鬼がピッタリだったからってことね。……あ、ねぇ、もしかしてめちゃくちゃ無双とかできるの?吸血鬼だしかなり強そうだけど。それに寵愛もらってるし」
「うむ、もちろんできるぞ? ただ、日が出ている間はかなり怠いから注意するようにな。寵愛によって灰になるとかそういうのはないが、血はある程度必要だ。……まぁつまり、血を飲んだ状態の夜は恐らくだが最強レベルと言っても過言ではないと思う」
「ほ、ホントに……!?」
最も聞きたかった言葉が神様直々にいわれるとは……。色々デメリットはあるっぽいけど正直日中怠いのはいつものことだし寝てれば何とかなるでしょ。血は……まぁ行き当たりばったりで?
あ、いや、でもラノベだと軽く見てたけど自分が血を吸うとなるとなんか嫌だなぁ。さすがに気持ち悪いかも。なるべく飲まない方向で行ってみようかな。血は最後の切り札的な感じで?
「うむ、説明はこんなものだな。妾は少し力を使いすぎて眠くなってきたからそろそろ転移させるぞ? 場所は危険がないようにディザイリア王国っていう人間はもちろん、獣人やらエルフやら魔人やらが住む
、種族関係ない一番まともな国の近くの森に送る。……多分、しばらくお主に干渉できないだろうからな」
「ん、分かった。それじゃあお願い」
ラディに頼むと立ち上がってこっちに近づいてきた。そして、右手を前に突き出すと僕の胸に当てる。
そこを中心に暖かく、心地の良い何かが体に広がっていき、やがて消えた。
その数秒後、部屋がゆっくりと光り始め、目をつむる。やはり、これも同じような感じのようだ。
「それでは、気を付けるのだぞ」
「うん、もちろん」
どんどん、光が強くなり、これもまた、瞼の上からでも眩しいほどになる。
あ、そうそう。と、思い出したかのように目を閉じたままラディの顔があるであろう方向に顔を向ける。
「ラディ、助けてくれてありがとう。ホントは怖いけど、主である以上、しょうがないから信用するよ。これからもよろしくね」
「――っ!? やはりナギサは可愛いな。……あ、これが所謂ツンデレというやつなのだな」
「なっ! う、うるさ――」
言い終わる前に光が収まり、恐る恐る目を開ける。
そこに広がっていたのは、現代日本では中々見ることができない、奥まで木に囲まれた深い森の景色だった。恐らくここが、ラディの言っていたディザイリア王国の近くの森なのだろう。
とりあえず、王国まで歩こうと一歩踏み出そうとすると、がくんと体中の力が抜け、汗がだらだらと垂れてくる。
い、いくら何でも力抜けすぎでしょ。こんなにもきついの、日中って!?
近くの木に手を置き、体を支える。が、そこで驚きの事実に気が付く。
「な、は、裸……!?ふ、服ないの……?」
視界に映ったのは、初めてこの世界で見た自分の姿と同じく、ぷっくりとある程度膨らんだ双丘にピンク色の二つの突起物。
……これ、Bくらいはあるのだろうか。いや、男だったからBがどれくらいかも分からないけど。と、兎に角こんな場所で裸で呼吸を荒らげていたら完全に変態扱いされてしまう。どうにかして服を調達して、王国まで歩いて、復讐異世界ライフを始めなくては。
手頃な木の棒を拾い、杖代わりにして歩いていく。何となくといった理由で太陽から遠ざかる方向へ進むことにし、一歩、また一歩と着実に歩みを進める。
「うぅ、お腹がすいた。もっとお煎餅食べとけばよかったなぁ。……はぁ」
何度も何度もため息を吐く。
お腹が空いてため息一つ。あまりの疲労にため息一つ。服がないことの恥ずかしさにため息一つ。いつのまにか変わっていた、時々視界に入る鬱陶しい銀髪にため息一つ。まるで終わりの見えない森の奥を見てまたため息一つ。
「はぁ、はぁ、ホントに、キツすぎ……。うぅ、わぁっ!?」
だんだんと足がもつれ始め、やがて、地面に倒れこんでしまう。
うぐぅ、僕の異世界生活がぁ……、あいつらへの復讐物語がぁ……。
願いも空しく、そのまま意識を手放した。