閑話 勇者、御影鈴花 1
ここから2、3話ほど勇者サイドの話を挟みます。
視点はナギサの幼馴染、鈴花となります。
「召喚に応じてくれたこと、誠に感謝するぞ。異世界の勇者たちよ」
まるで嵐のように唐突に始まり、そして唐突に終わった出来事に困惑しながらも、周囲の確認はいついかなる時でも早々に行うべきだと考えた私は、すぐさま辺りを見回し、ここがどこか。そして私たちの状況はどうなっているかを確認する。
ここは、世界史の教科書で見るような、中世ヨーロッパのお城に似た内装だ。そして、壁際にはずらりと並ぶ鎧。数えてはいないがおおよそ五十体はあるのではないだろうか。
何よりも、私たちの目の前には三人の男女、二人の男女は立っていて、一人の渋い感じの男性は挟まれるようにして、金色に光る玉座としか思えないような椅子に座っていた。
「余は、リグリオート・E・リベルティア。世界ユグドルの地において、最も美しく、最も素晴らしい。栄誉ある国、リベルティア王国を統べる王。リグリオート・E・リベルティアである。そして、余の左にいるのは……」
「リベルティア王国王位継承権第三位、リベルティア家の長女。レイラス・E・リベルティアと申します。以後お見知りおきを」
国王から見て左側に立っていた、青いドレスを着た美少女がドレスの裾を掴み、貴族の挨拶をする。その姿と声、仕草に数名の男子たちが、感嘆の声をあげる。あと、女子からもちらほら。
ま、まぁ、確かにきれいだと思うけど、私は綺麗よりかわいい派だし? 第一、渚以外に浮気なんか絶対し……ってあれ? 渚はどこにいるの? あの時隣で蓮とこそこそ話し合ってた気がするけど。
慌てて辺りを見回し、漸くクラスの集団の一番後ろで渚の姿を発見する。……髪は伸び、胸が膨らんだ状態で倒れている、衝撃的な姿を。
「私はリベルティア王国で宰相を務めさせていただいている――」
「渚っ!?」
もう一人の立っていた人が話し始めたが、それを遮るようにして叫び、渚のもとへ駆け寄る。
一斉に私のほうへと視線が集まるが、それを気にして恥ずかしがっている余裕などあるわけがない。
赤いカーペットの上に倒れている渚の体を軽く揺さぶるも反応がない。確かに、今の姿は完全な女の子だけど、顔も、この綺麗な黒髪も、太陽を知らないような白い肌も、今までずっと一緒にいた渚そのものだ。
「渚、渚っ! 起きて! どうしたの!?」
「御影さん、それは……本当に柏木君なの?」
「それ以外ありえないよ! 前にこんな感じのウィッグ被せた時と全く同じ姿、顔つきなんか一切変わってないもん!」
事態に気が付いた学級委員長の朝比奈玲奈さんが後ろから話しかけてきたため、振り返らずにそう答える。状況に気が付いたクラスメイト達も次第に集まり始め、周りが騒々しくなっていく。
騒ぐしか能のない人たちは下がっててくれないかな。自分から行動できないくせに周りがやりだすと自分も賛同して、ただ自分を守るためだけに、自分が仲間外れにされないようにするために。そういう愚かで醜い行為が、どれだけ渚を傷つけてきたのかも知らずに。心配するような真似をして近づいてこないでよっ!?
ダメ、今は渚を助けることが優先だ。呼吸はあるようだけど、意識は戻りそうにない。心拍数も……うん、正常だ。ただの気絶とみていいだろう。……いや、女神曰く、ここは異世界だ。何か変な病気だったら取り返しのつかないことになる。
大きく息を吐き、立ち上がって国王の前に進む。
「リグリオート国王様、先ほどのご無礼、大変失礼致しました。しかし、現在私の友人であり、最も大切な者が危機に瀕しております。失礼を承知の上で申し上げます。どうか彼、いえ、彼女を助けていただけないでしょうか」
本来なら屈辱の行為だが、これは渚の命運がかかっている。躊躇するわけにはいかない。
この国での敬意の表し方が分からなかったため、私の中で知っている限り最も強くお願いする際の姿勢である土下座をして、敬意を表す。
……蓮は何をしているの!? 渚の親友なら真っ先に私に続いてやりなさいよ! 蓮はクラスでも中心的な立ち位置にいるから、蓮さえ動けばみんなが動き出すはず――
そんなことを考えていると、ふと後ろから足音が聞こえてくる。どうやら一人だけのようだ。
やっときたのね、蓮……。
「私からもお願いします。この通りです」
しかし、聞こえてきたのは女子の声だった。私の隣で正座をし、土下座をしようとしている者の顔を恐る恐る覗いてみる。
「朝比奈……さん……?」
「柏木君も仲間。当然のことじゃない」
朝比奈さんが、私と同じく、おでこを地面につけたところで後ろから大勢の足音が聞こえてくる。
朝比奈さんは委員長。当然ながらクラスの中でも信頼がある部類に入る。先だって行動する信頼のある人物が動いたことで、ほかの人たちも、合わせようと動き出したのだ。
蓮は、蓮は……。
顔を上げて確認するも、見つけたのはほぼ全員の男子が固まって歩いてくる集団の真ん中あたりにいた蓮の姿だった。
ぎりっと、歯を鳴らし強く拳を握る。
何回か噂は聞いたことがあった。五十嵐蓮は渚のことを親友として見ていない、だとか、五十嵐蓮は裏で渚の悪口を言っているとか。でもそのたびに、渚は泣きながら、そんなことないそんなことないってクラスの人たちに発言の撤回を求めていた。
でも、もしこの噂が本当だろうと嘘だろうと、蓮、いや、五十嵐蓮のことを渚の親友だとは、私は一生認めない。たとえ、五十嵐蓮本人が心の底から渚を親友だと思っていようが、親友のために体を張って守ることができないやつを親友とは認めない。絶対に、絶対にだ。認めない、こんなの認めない。認めない認めない認めない認めない認めない……
「ふはははは、よかろう。余はその絆に胸を打たれたぞ。そこの騎士二人。彼女を医務室へと連れていき、容態を確認させよ」
「「はっ!」」
国王は適当な鎧二つに指を指したかと思うと、その鎧が動き、渚のもとへ近づいていった。どうやら鎧だと思っていた五十体近くのそれは、すべてが国王を守る騎士だったようだ。
感謝の意を伝えて、すぐさま渚のもとへと近づき、連れ添おうとしたところで、渚を抱き上げようとしていた騎士に腕で遮られる。
「すまないが、勇者方には話があるのでな。一緒に行かせることはできない。なぁに、余の城で働く医者と治療術師は国内で最も優秀だ。心配せんでよい」
「し、しかし……っ」
「国王様に楯突くのなら容赦はせんぞ。殺されたいか? この少女もろとも」
国王の発言に、待ったをかけようとするも、目の前の騎士のうち一人から低い声で脅される。背筋が凍り、ふつふつと汗が溢れてくる。
これが……殺気なの……?
あまりの恐怖に腰を抜かし立てなくなってしまう。そのすきに、騎士二人は渚を抱えて、奥の大きな扉から出て行ってしまった。
「すまないなぁ。しかし、余にも色々とあるのだ。ここで離れられると面倒なことになってしまう。……さて、それでは本題に入らせてもらおう」
駆け寄ってきた朝比奈さんに支えられながらも、国王の酷く無機質で、どこか違和感のある声が、恐怖で染まった私の脳内に入ってきた。