第十六話 イケメンと買い取りと
しまった。完全にしくじった。終わりだ。きっとこのまま干からびて死んでいくか誰かにさらわれて奴隷として売られてしまうんだ。もうどうしようもない。なら、もう理性に従って寝てしまおう。きっと楽になれる。
現在、僕は絶賛ギルドの床でノックダウン中だ。理由はめちゃくちゃ簡単。リトさんにバッグを渡され部屋から出ていく。依頼のことについて考え事をしながら受付へと歩いていく。日に当たったら怠くなることを完全に忘れたまま超オープン状態でほぼ日差しが遮られていない酒場兼受付の所に立ち入ってしまう。気づかなければよかったものの、ど真ん中でそのことに気が付き、怠さに倒れる。助けてくれるリトさんがいないため動けない。たったこれだけだ。
いや、まぁ、実際は理性に負けずに立ち上がって歩けよって話なんだけど、僕には絶対無理だ。今までだらだら過ごし、寝たいときには授業中でも寝ていた僕にはできっこない。あきらめよう。日陰を探そうと、うつ伏せの状態で首を反対側に回しただけでも頑張ったと思うよ、僕は。
「よっ、おチビちゃん。こんなところで寝てどうしたんだ?」
「……んぅ?」
突如話しかけられ、閉じかけていた瞼をほんの数ミリだけ開く。ぼんやりと見える景色には、ヤンキー座りしている男性が映っていた。
これを逃すほど、僕の理性は死んではいない!!
「……ひ……か、げ……にぃ……」
「……日陰? あぁ、そういうことか。んじゃあちょっと失礼するぞ?」
そう言うと、僕の腰を抱えてゆっくりと歩きだした。あっという間に酒場のカウンター席に座らせられ、男は隣に腰を下ろす。
店員が僕の正面に一杯の水を置いてくれたため、一気に飲み干し、意識を覚醒させる。
「んく、んく、ぷはーっ! ふぅ。ありがとうございます、見知らぬお兄さん!」
飲み干した後に、隣を見ると、僕の行動をまじまじと見つめる金髪の若いイケメンがいた。一瞬イケメンの顔にイラっときたが、それは抑え礼を伝える。
すると、イケメンはにこりと笑い、いいってことよ、と手をひらひらさせた。
「しかし、何であんなところで倒れてたんだよ。まさか暑くて倒れたとか言わねぇだろ?」
「あ、えと、僕はちょっと日に弱くて。ご覧の通りのひょろひょろですから……」
咄嗟にそう言い、肘を曲げて筋肉をつくるポーズをとる。真っ白い肌と細い腕を見たイケメンはぷっ、と噴き出し、慰めるようにして頭を優しくはたいてくる。
何かイラつくぞ、こいつ。おちょくってんのか、あぁ? 喧嘩なら受けて立つぞ、この夜限定で最強の僕がねぇっ!!
「……僕はナギサです。あなたは?」
「ん? あぁ俺はエ……うぅむ。いや、いいか。俺はレオン。ご覧の通りの犬の獣人だ」
僕の真似をするようにそう言うと、頭を下げて茶色い耳を見せつけてくる。
今、自分の名前で悩んだようだったけど……。レオンという名前は偽名か? それともその逆で、偽名を言おうとしたが、何かによって考えが変わり、本名を告げたか。言い方的には後者のほうが近い気がするが、だとすればその何かが分からない。
いいや、問題はそっちじゃない。もっと大きな問題が目の前にあるじゃないかっ!!
「け、け、ケモ……ケモ耳だぁ!! さ、触っていいですか、レオンさん?」
「ありゃ……? 俺の勘違いだったか? しかし雰囲気は……」
僕の反応に驚き、無視して考え事を始めてしまう。
ちっ、これだからイケメンは。変なところで難聴使ってくるんじゃない! 使うのはお前に恋する乙女のつぶやきだけでいいんだよっ!!
つんつんと体をつついても反応がなかったため、思い切って犬耳を握る。
レオンさんはビクンと体を震わせ固まるが、僕がモフモフを数秒味わったところで、慌てて立ち上がり耳を手で隠す。
……ぜんぜん物足りない。
「こ、コホン。俺はこの後用事があるから先に行くぞ?」
「あ、僕も買い取りしてもらわなきゃ。本当にありがとうございました!」
立ち上がって、ぺこりとお辞儀をして、日陰を探して走り出す。
そして、レオンさんの隣をすれ違った瞬間、声をかけられた。
「多分、また遠くないうちに会いに行くから。よろしくな」
「え……?」
言葉に思わず立ち止まり、すぐ後ろにいるレオンさんのほうへと振り返る。
が、そこにはレオンさんの姿はなく、ただ店員さんが僕とレオンさんがいた場所を交互にみてあわあわしているだけだった。
「今のは一体……。っと、買い取り買い取りぃっ!!」
リトさんが戻ってくる前に買い取りを済ませるため、気を取り直して受付へと向かった。
「すみませ~ん、買い取りをお願いします!」
日陰だけを進み、端っこだったために日陰になっている受付に声をかける。すぐに女性の返事が返ってきて、美人系の受付の人が顔をだした。
受付の人は、僕の姿を見るなり、微笑ましそうに笑い、ついてきてと言う。
みんなから子供扱いされてイラつくなぁ。これもラディのせいだし、あの怠さもラディのせいだ。グーパンチ二発決定だな。
受付の人の後をついていった結果、机も椅子も何も置いていない寂しい部屋にたどり着いた。
「じゃあ、ここに魔物の死体を置いていってね?」
「あ、はい。分かりました!」
確かに死体を置く場所が必要か。受付のカウンターに死体を積み重ねていったら気持ち悪いったらありゃしない。
受け付きの人に催促され、早速バッグの中に手を入れる。
最初に、ブル―スライムを七体バッグから取り出し、部屋の中央にピラミッド型で積む。
受付の人から微笑ましい笑顔で見つめられる。
次に、ホーンラビットを十二体バッグから取り出し、ブル―スライムの隣にピラミッド型で積む。
受付の人は少し驚いたが、すぐに微笑ましい笑顔に戻り拍手をする。
最後に、コカトリスを六体バッグから取り出し、ブル―スライムの反対側の隣にピラミッド型で積む。
受付の人はおぉ~、と声を上げ大きな拍手をする。
何か、コカトリスの方は雪崩が起きそうで怖いな。もうちょっと一体一体の間隔を広げるか……。
「って、おぉ~じゃないわよっ!?」
「うひゃいっ!?」
突如、受付の人が大声をあげ、変な声をだしてしまう。
まさか、お笑い芸人もびっくりの王道なノリツッコミをリアルにやる人がいたとは。異世界、恐るべし。
そんなことを考えていると、受付の人が僕の肩を掴み、くるりと反転させられ、見つめ合う形となる。
「ね、ねぇ、これ。誰が倒したのかな? しかも外傷が一切ないようだけど?」
「え、あぁ、僕ですよ? こう、魔法で創った手で脳を軽くぶちゅって握りしめて殺しました」
僕の言葉に耳を傾けず、誰なの誰なのとひたすらに聞き続けてくる。肩をぶんぶんと揺さぶられ、頭に響いて気持ち悪い。
ふと、閉じていた扉が開けられ、そこからリトさんが現れる。
「あ、ナギサ。まだここにいたのね」
「リトさ――」
「リト様ぁ! そうですよね、これはやっぱりリト様が倒したものですよね!? いやぁ、焦りましたよ。まだ成人していないこの子が出したものでしたからてっきりこの子が倒したのかと思っていまい。本当に、心臓が悪いですよぉ……。はぁ……」
「え? これナギサが倒したものよ?」
受付の人は、言葉の意味を脳内で変換できなかったのか、数秒笑顔を浮かべ続けたが、漸く理解したようで、声にならない悲鳴をあげ、パタリとその場に倒れてしまった。
「あ……。まぁいいわよね。で、ナギサ。変装道具はもらってきたから、明日は二十時に出発するわよ。それまでは家でぐぅたら過ごしてて大丈夫だから」
「おぉ、ナイスです、リトさん!」
結局、買い取りは専門の人が査定して後程お金が渡される仕組みになっているらしく、この死体達と受付の人は放置して家に帰るということになった。ということで、リトさんに手を連れられ、部屋を後にする。
数十分後、ギルド全体に響くほどの女性の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。
次話から2、3話ほど勇者サイドに入ります。