第十五話 依頼のお話
「怠い……。寝たいです、リトさん。どうかこのまま道端に捨ててってください」
「ほら、あと少しだから頑張る! そもそも依頼受けたのはナギサの判断でしょ!」
ほぼ引きずられるようにしてギルドへと向かっていく。周りからは微笑ましい視線が向けられている気がするが、きっと気のせいだろう。気のせいじゃないとしても、リトさんが駄々をこねているように見えているに違いない。そうに決まっている。
結局、肩に担がれた状態でギルドに入った僕は、冒険者たちから視線を集めることになってしまった。
仕方ないじゃん! 動きたくないんだもん! この怠さを舐めるなよ!? 並みの人間じゃ、外に出た瞬間に寝る自信があるね! 結論、僕は頑張ったんだよ。だから、肩担ぎだけでなく、もっとご褒美が欲しいくらいだよ!
「あ、リト様にナギサ様。お待ちしていました、支部長室でギルマスがお待ちです。こちらへ」
あ、えーと、何だっけ。ふ、ふ、ふ……。フラスコ? じゃなくて、ふ、フラ……。ダメだ、思い出せない。いっか、受付の人で。
その受付の人は、僕とリトさんの前まで来ると、一礼をしてから昨日も入った部屋の方向に歩いていく。リトさんは、僕を担いだまま後をついていき、すぐに支部長室にたどり着いた。
「フレネです。リト様とナギサ様がいらっしゃいました」
「……入れ」
受付の人改めフレネさんがノックをして要件を伝えた後、ギルマスの声を合図に扉を開ける。
中には、作業机に両肘を付け顔を絡めた手の上に置いているギルマスがいた。僕の現状況をみて、一瞬顔をしかめるが、すぐに、ソファに座るよう勧められ、リトさんが僕をソファの上に置くと、その隣に座った。
どうでもいいけど、今ギルマスがやっているポーズ。若い女の人がやった時とある程度年齢のいった男の人がやった時の雰囲気完全に真逆だよね。はい、それだけです。
「分かっていると思うが、今からするのは依頼の話だ。先に前払いの約束をした報酬金を渡そう。フレネ」
フレネさんはギルマスから受け取った小さめの袋を僕に手渡してくる。それを受け取った瞬間、きっと沢山入っていて重いんだろうなという考えが裏切られ、思わず驚きの声を上げてしまう。
人前で失礼だと分かっていても、つい気になってしまいこっそり覗いてみると、中に入っていたのは五枚の金色に光る硬貨だった。
「なっ、王金貨じゃないの、これ!? いくら何でも……」
「……恐らく今回の話、国家レベル、いや、国家間レベルになるかもしれん。妥当な金額だと俺は思っているが?」
チラッと僕の行為を覗き見していたリトさんが驚きの声をあげ、ギルマスはそれを予測していたかのように冷静に答える。
随分と大きな話だな。それにしてもこの五枚ぽっちのお金がそんなに価値のあるものなのだろうか。
リトさんの服を軽く引っ張り、尋ねてみる。
「王金貨って何ですか?」
「あぁ、そうね。王金貨はこの世界で二番目に位の高いお金で……」
リトさんがこの世界のお金について話し始める。
記憶喪失のことを理解していてくれたおかげか、ギルマスも話を止めることなく、また、フレネさんは当然遮ることはなかったため、スムーズに話は終わった。簡単にまとめると、
・この世界は、ほぼ全ての国、集落でお金が共通化されており、価値の低い順に、銅貨,大銅貨,銀貨,大銀貨,金貨,大金貨,王金貨,白金貨。
・銅貨から大金貨までは十枚ごとに上がっていき、大金貨から王金貨、王金貨から白金貨は百枚であがる。
・一般的なパンが一つ銅貨八枚とのことなので、日本で分かりやすく考えるとしたら、銅貨一枚十円くらい(適当)
以上のことから考え、王金貨は日本円にして、おおよそ一億円ということになり、それが五枚だから五億円を僕とリトさんはもらってしまったことになる。ちなみに現在のリトさんの貯金は王金貨七枚とのこと。普通にやばくない?
とにかく、これを二人で分けるとしても僕はいきなり二億五千万円をもらったことになる。これで僕は大金持ちだ。まぁそれ相応の依頼だという意味でもあるが。
「ここからは依頼内容の説明になるが、やることは単純で、紫電とナギサで共に変装して奴隷オークションに参加し、姉妹として降り舞いつつ、怪しいものがいないかを確かめてもらうだけだ」
「……それで、国家間レベルとはどういうことでしょうか」
「それは……。フレネ、仕事に戻れ」
「はい、失礼します」
ギルマスがフレネさんを部屋から出し、扉がしまって少しした後に、作業机から立ち上がって目の前のソファに腰を下ろした。やがて、ふぅ、と息を吐きゆっくりと話し出した。
「今から話すこと、これは恐らく紫電にとっちゃきついことになるが、大丈夫か?」
「……話してください」
「この一件は、まだ確実ではないのだが、ほぼ間違いなくリベルティア王国のある貴族が関わっている。情報はディザイリア王国屈指の暗殺者でこの支部の管理下にある者から仕入れたものだから九十九パーといったところだな。そして……その貴族というのは、リベルティア王国御三家のうちの一家、ヘトセンティール伯爵家のオルウェルティア・ヘトセンティールだ」
「――っ!?」
ギルマスがそう言い終えた途端、リトさんは突然無言で立ち上がり凄まじい殺気を振りまき始めた。だが、途中で僕の視線に気づいたようで、何でもないと一言呟くとソファに座り直した。
しかし、感情は隠しきれないようで、顔には苦悶の表情が浮かんでおり、額からは汗が噴き出していた。殺気も未だ僅かだが感じられる。
オルウェルティア・ヘトセンティールか。まぁ確実にそいつがリトさんに、もしくは身内や知り合いに何かしたんだろうね。……となると、リトさんは、いや、も、といった方がいいのかもしれないけど、少なからずリベルティア王国に恨みを持っているという認識でいいのかな。
「……オルウェルティアは、何が狙いなのかは分からないが、現在この国に忍び込んで奴隷オークションに関わっている。そこで、オルウェルティアと、その近辺にいる者に詳しい紫電と、底が知れないが裏切ることがないナギサになら頼めると考え依頼したわけだ。怪しい動きをする者もしくは紫電が知っている者。誰でもいいから、発見したらこの通信魔道具で直ちに連絡してほしい。そいつの尾行はこちらがやらせてもらう」
ギルマスは僕とリトさんにビー玉みたいなものを一つずつ渡し、じっとこちらを見つめる。
「……いいでしょう。私は問題ありません。ナギサは?」
「僕もオーケーです! 偵察さえすれば奴隷オークションを見て回ってもいいんですよね!?」
僕の質問に、ギルマスは少し戸惑うが何かをひらめいたように顔を上げ、そしてにやりと笑いながら僕に向かい言葉を発した。
「……あぁ、構わない。お前も年頃の女だし、めぼしい奴隷がいればそいつを買って、はっさ……」
「あぁっ!? ナギサ! 昨日狩った魔物を買いっとってもらったら? 受付で頼めばお金に換えてもらえるから。はい、このバッグを持って行ってくるのよ?」
「え、いや、あの……」
「私は少し、ルウァンと大事な大事なお話があるから。ほら、ゴー!」
バッグを無理やり押し付けられ、扉へと押されていく。
一瞬リトさんはギルマスに目配せをしていたから、恐らくギルマスの危険なワードに対するおふざけの話ではなく、別の……多分オルウェルティアの話だろう。ここは素直に部屋から出ていくのがベストかな。
「えと、それじゃあ失礼します」
一礼をして、部屋から出ていくと、来た道を戻って真っ先に受付へと向かった。