第十四話 詠唱のお話
体を強く揺すられ、ゆっくりと目を覚ます。視界に映ったのは、見慣れない天井。だんだんと思い出してきた。
そうだ、ここはリトさんの家だ。
「んんぅ、リトさん、おはようございます」
「おはよ、よく眠れた?」
頷きながら目を擦って起き上がる。見ると、リトさんは既に起きていた様で、寝間着から着替えており、手には何とも可愛らしいゴスロリドレスがある。
……どこかで見たことがあるような。あっ、あれだ。ラディが着てたやつだ! それに似てる!
「はい、着替え置いておくから着替えたらご飯にするわよ?」
「……はぁい」
リトさんが部屋から出て行ったあと、まだ眠いながらも渋々起き上がり、机に残していったドレスを手に取る。広げてみると、尚更ラディの服と似ているような感じがする。
寝間着を脱ぎ、嫌々着させられたパンツとブラだけの状態になり、ドレスを着ようとする。
これ、どうやって着ればいいの?
未だ寝ぼけたままの頭をフル回転させて試行錯誤する。
「ん。……んん? ん~、わわっと!?」
ドレスを履いてみようと足を通すも、裾を踏んでしまい、盛大にこける。加えて、こけた後に足が椅子に当たってしまい、その椅子が僕のお腹の上に倒れてくる。
ぐえっ、とカエルがつぶれたような声を出し、完全にノックアウトする。
「うきゅぅ……」
「ナギサ~、今すごい音したけど……ってナギサ!?」
音を聞いて駆けつけてきたリトさんに椅子を退けてもらい、埃を払いながら立ち上がる。
事故によって漸くはっきりした意識で状況を確認し、自分が下着姿なことに築いて、大慌てで体をシーツで隠し、ベッドの陰に隠れる。
「え、えと……?」
「ふ、服の着方が分かりません」
「あぁ、なるほどね。じゃあ、こっちおいで。私が着させてあげるわ」
数秒悩んだのち、渋々リトさんのもとへ近づいてシーツを床に落とす。露わになった僕の体を見て、リトさんが感嘆の声を上げたため、思わず体を隠しそうになるも、それを抑えて目の前で立ち止まり服を早く着せるよう催促する。
「ありがとうございます、リトさん」
「い、いえ、これくらい問題ないわ」
軽く鼻血を出しながらそう答えると、ご飯を食べよう、と手を引かれリビングへと向かう。
辿り着いたリビングには既にご飯が並んでおり、リトさんは真っ先に椅子に座った。
ご飯の用意は隣り合うようにして並んでいたため、僕もリトさんの隣の席に腰を下ろした。
「「いただきます」」
声を合わせて言い、目の前のジャムが塗ってあるパンにかぶりつく。日本のパンほどではないが、中々柔らかくておいしい。合間合間にスープを啜っていると、リトさんが話しかけてきた。
「ねぇ、ナギサ。昨日、コカトリスに闇の上位魔法使ったじゃない?」
「んーと……。あぁ、はい。使いました。暗黒の手です」
口をモグモグさせながら答える。暗黒の手とは、昨日使ったように地面から闇で創られた手を生やし、それを自在に操る魔法だ。目とかに突っ込んだのは、なんかそれの方が悪っぽかったからなだけです、はい。
「それなんだけどね……。普通、魔法は詠唱が必要なの。それによって、魔法に対する魔力の供給が安定して魔法が安全且つ正確に放つことができるのよ。そして、その詠唱は長ければ長いほど供給が安定するし、魔法自体も強力になればなるほど魔力の供給が不安定になりやすい」
「ふむふむ」
「もし、供給が不完全だと、魔法が不発するかまたは暴発。運が悪いと魔法が術者に跳ね返って死亡するケースもあるわ。まぁつまりは、詠唱がほとんどない場合、魔法を操作することはほぼ不可能なのよ……って聞いてる?」
「ふぁい。……んく。聞いてますよ?」
パンをスープで流し込み、口内が空になったところで、質問に答える。
要するにあれでしょ。昨日、僕が使った魔法は強力な部類なはずなのに、何であんな詠唱で発動し、そして目に突っ込めるほどの細かい操作ができたのかってことだよね。
まぁ。それは多分……。
「寵愛者に加えて、夜だったからじゃないんですか?」
「……うん、確かに吸血鬼の力は、日中、つまり、ギルドで測った段位能力値の数倍、夜は強くなるのよ。だから正直ナギサは異常なんだけど。それでもやっぱりあの出鱈目な詠唱はおかしすぎるわ」
……あ、あれは日中の状態での段位能力値だったんだ。あれの数倍って……え、僕そこまで人外の域に達してたの? やばっ、流石にそれは自分でも引くわ。ホントに、ラディは何やってくれてるの?
というか、本題はそっちじゃない。何故僕がそんな異常の力を以てしてもできないようなことができたかだ。思い当たるとすれば……異世界人とラディの仕業くらいか。
「こういう御伽噺があるんだけどね。……はるか昔、この世は悪しき魔王によって支配されていました。このままでは不味いと一つの国が四人の勇者を異世界から招き入れました。一人は、誰にも負けない剣の腕前を持ち、一人は超位魔法を連発でき、一人はどんな傷でも瞬く間に治し、一人は決して破ることのできない鉄壁の守りを持っていました。やがて、四人の勇者は魔王を倒し世界に平和をもたらしました、ってね」
「は、はぁ」
うわぁ、随分とありふれた御伽噺だな。今時、こんな物語が日本で話されたら完全にみんなからの笑い物だよ。でも、この話に一体どんな関係があるんだ?
「私ね、思うに、超位魔法を連発したとどんな傷でも瞬く間に治したってどっちも二通りの考え方ができると思うのよ。魔術の勇者のほうは、魔力が沢山あったから続けて魔法が打てたのか、詠唱がない、若しくは短かったから短時間で何発も打てたのか。つまり、連発の意味を時間を気にするか気にしないかで考えると、全然変わってきちゃうのよ」
なるほど。連発の意味を、どれくらいかかってもいいから途切れることなく沢山打ち続けることと考えるか、短時間で何発か打つことと考えるかで、その魔術師の力は、魔力が尋常じゃないのか詠唱をカットできるのかで全然違ってくるもんね。
確かに、連発できただけだと本当の力が何なのかがはっきりしてない。
「治癒の勇者のほうも同じよ。瞬く間にというのは、傷が塞がるまでの時間なのか、それとも魔法が発動するまでの時間かの捉え方で変わってくるわ。もしね、この二つを後者で考えたとすると、一つの考えが浮かんでくるのよ。それが、異世界から来た者は、魔力の操作が非常にうまく、詠唱が必要ないんじゃないかってこと。もしかしたら、剣の勇者も盾の勇者も戦闘中に強化魔法を連発していたから、人間離れした力をもっていたのかもしれないわ」
す、すごいな。リトさんはこんなことまで考えてたんだ。かなり辻褄もあってるし、可能性はかなり高そうだ。
……ん? 待てよ。要するにリトさんの考えは、異世界人は詠唱があまり必要ないんじゃないかって考えていることになるよね? そして、僕は詠唱をほとんどしなかった。つまり……。
「つまりね、ナギサはもしかしたら異世界人だったのかもしれないのよ。それに異世界人なら神から寵愛を受けても全くおかしくない。……現に聖の神はそうしてるしね」
「……そ、そそ、そうですね」
嘘をつかずに誤魔化すんだ! 急いで話を変えてこの話を終わらせるんだ! これがばれたら面倒臭いことになりそうだし、異世界生活が満喫できなくなる恐れがある!
「あ、り、リトさん! ご飯食べ終わったらギルドに行きません!? ほら、ギルマスから依頼のこと全然聞いてないですし、あとお金も欲しいですし!」
「ふふ、そうね。そうしよっか。でも大丈夫? まだ全然日が出てる時間帯だけど……」
「あ……。うぅ、頑張ります」
僕の言葉に、リトさんは嬉しそうに笑いを零す。
完全に墓穴掘ったぞ、これ。まぁ、頑張るしかないか。どうにかして怠さになれなきゃ、それこそ異世界生活が満喫できない。……はぁ、だる。