第十二話 再び結ぶ契約
ギルマスに退出を命じられた受付の人がそそくさと部屋から出て行ったところで話を続ける。
「それでは僕から条件を出させていただきます。僕に関する情報の守秘と裏切らないこと。これ以上は望みません。ギルマスはどうしますか?」
「……それがお前の異能という認識でいいのか?」
「条件の提示をお願いします」
眉を顰めて尋ねてくるギルマスを無視し、再度質問を繰り返す。僕の返し方に思うところがあったのか、にやりと笑い身を乗り出してくる。
「いいぜ、そういうの俺は好きだ。……そうだなぁ、一つは同じく裏切らないことでいいだろう。もう一つは……。一つだけこちらが提示するギルドの依頼を受けてほしい。どうだ?」
依頼ねぇ。いくら何でもそれは怪しすぎるでしょ。そんな簡単に騙されるほど、子供じゃないんだ。いや、そもそもこれは子供でも騙されないでしょ。
同じく身を乗り出してギルマスの顔に近づき、質問する。
「内容を教えてください。流石に曖昧すぎですよ?」
「だよなぁ。依頼内容は簡単だ。明後日行われる奴隷オークションに参加し、会場内の偵察を行ってほしい。報酬金は前払いといこう。……どうやらそれに大きな組織が絡んでるらしくてな。怪しい動きがあれば、こちらの用意する通話魔道具で知らせてくれるだけでいい」
「こちらが攻撃される可能性は?」
「……流石に大規模な催しで事件を起こすとは思わないが、万が一はあり得るな」
報酬は先払いで、内容は奴隷オークションを見張るだけ。戦闘になる可能性はほとんどない、かぁ。そして、一つ目の条件から僕がギルドに裏切られることはない。裏はないと踏んでよさそうかな。
それに、奴隷オークションってのは少し気になるかも。不思議と嫌悪感はそこまで湧かないけど、やはり奴隷というのはラノベ好きの僕からしたら興味がある。加えて、奴隷相手なら支配契約を試せるチャンスなのではないだろうか。
「……いいでしょう。契約内容は、お互いに裏切らないこと。そして僕の情報の守秘と、そちらの依頼、奴隷オークションの偵察の受諾。問題ありませんか?」
「大丈夫だ」
「それでは失礼しますね」
そっとギルマスの手の上に自分の手を重ね、意識を集中させる。
リトさんの時と同じように、ギルマスは体を少しびくつかせ、顔を赤く染めるが、やはり無視して詠唱を唱え始める。
「【規約を破ることを禁じ、如何なることがあろうと最優先することを此処に誓う。絶対契約】」
終えた途端に重なり合っている手がほんのり光り、そしてすぐに消えた。
契約は問題なく終了したようだ。
それでは、と言葉を続け、リトさんに話した内容を一から話し始めた。
「なるほど。これは放っておけない人材だな。……何よりも気になるのは契約だ。紫電に強迫が効かなかったのもこれのせいだろうし、最上位規約魔法というのは間違いなさそうだな。もしこれをうまく活用できれば、国家間の問題がある程度解決できるだろうし、何よりデータを抜き取って魔道具に改良すれば村同士のいざこざや、冒険者のルールもより強固なものにできる。他にも……ぶつぶつ」
「リトさん、疲れました。寝たいです。帰ってもいいんですかね?」
気づけば日が沈みかけ、カーテンの僅かな間から零れる光はオレンジ色に染まっていた。今日一日で日本にいたときでもなかなかないほど喋った僕の口はひくひくと痙攣しており、僕自身の体力も死にかけていた。
そうね、と立ち上がったリトさんは僕の手を引き、支部長室の扉へと歩いていく。
「それでは失礼するわね」
「失礼します。……あ、ギルマス。当然契約のことも他言無用ですから、利用することは不可能と考えといてくださいね?」
最後にそう告げると、ギルマスは思い出したかのように考えを停止させるがもう遅い。僕は疲れてしまったんだ。どうにもならないぞ。
リトさんが開けた扉からさっと出ていきぱたんと扉を閉める。
遅れて叫び声が聞こえてきたが、気にしない気にしない。しかし、これでまた安全な人が増えたなぁ。このまま順調にいけば面倒な生活になることは防げそうだ。
……うぐぅ、そういえばここからは日差しゾーンなんだった。どうしよ、リトさんに頼んで日が完全に沈むまで待ってもらおうかな。折角、ギルド内は酒場があることだし。
「リトさん、ここで何か食べていきません? ……日が沈むまで」
「ふふ、そうね。そうしよっか。じゃあ……そこ空いてるわね。あそこに座ろっか」
手を引っ張られ、人ごみの中数少ない空きの席まで歩いていく。誰にもとられることなく席までたどり着いた僕とリトさんが席に着こうとした瞬間、ふと誰かに強く押され、盛大に尻もちをついてしまう。
「おっとぉ、すまないなぁ。しかし、ここは俺たちが座ろうとしていた席だからどいてくれなきゃこまるんだよ。あ、それとも俺たちの膝の上に座って仲良く腰でもふ……る……」
「私のナギサに何か用でしょうか、図体だけと態度だけがでかい
冒険者さん方?」
「ひ、ひぃぃっ!? 紫電じゃねぇかぁっ!!!」
リトさんの顔を見た瞬間、幽霊を見たかのように男たちはギルドを去っていった。
……今、リトさんの立ち位置がはっきり分かった気がする。え、笑顔をこっちに向けないでぇ!! 余計怖いんですけどっ!?
恐る恐る席に着き、渡された紙を広げて改めて眺める。決してこれは現実逃避じゃないからな?
「……り、リトさん。これって、平均はどれくらいなんですか?」
「ん?」
「うひぃっ!?」
向けられたたった一つの言葉に、思わず恐怖を感じてしまい、変な声を上げてしまう。心臓もバクバクなり、背中には冷や汗が流れる。
ぎゃ、逆に考えるんだ。こんな人が僕の味方なんだ、怖いものなしじゃないか。よし、僕は勝ち組、僕は勝ち組ぃ!
「そ、そんな怖がれると流石に傷つくんだけど……。ま、まぁいいわ。基本的に言われているのが、こんな感じね」
いつの間にか持っていたペンで、リトさんがもらった方の紙に何やら書いていく。
F→論外 A→王国軍各軍隊長レベル
E→平均以下 S→天才
D→凡人レベル SS→災厄
C→一般冒険者レベル SSS→神
B→上級冒険者レベル
「どれかしらBがある人は国に数千人。Aは数十人、Sは十人未満、SSは片手以内。そしてSSSは大陸に一桁程度ね。といっても、これはほとんど寵愛者に限られちゃうけど。まぁ、一般の平均はDだけど、冒険者としての平均はCね。あ、ちなみに筋力と体力、魔力は鍛えられるけど、属性は完全に才能ね。才能がない人は大抵そっちを鍛えてって感じよ」
なるほどね。Fは……まぁ、置いておくとして、この考え方的に壁はBとAの間って感じだろう。Aなら世間的にもかなり認められる強さとみていいかな。
……そして、僕はなんだっけか。確か聖と精霊はFだけど、それ以外は全部Sで体力と氷がSS.そして、魔力と筋力と闇がSSS。うーん……。うん、確かにこれは呼び出されるわ。
「あ、そういえば何でギルマスは僕の正体分かったんですか?」
「ん、まぁ、それはすごい簡単で、まず吸血鬼は聖と精霊に対して相性が悪いのよ。それで闇は単純にSSSいってたからってだけね」
僕が小声で話しかけると、リトさんも小声で答えてくれる。
そうなんですか、と返そうとした瞬間、お腹に違和感を感じて、キュッと口を閉じる。
こ、これは……。不味い、不味い不味い不味い。力を抜いたら、非常に大変なことになるぞ! お腹を引っ込めて全力で耐えるしか――
くきゅうぅぅぅぅぅ
「……じゃ、じゃあ、食べ物を買ってこようか。ほ、ほら、行こ?」
顔を真っ赤にしたままコクリと頷き席を立つ。
うぅぅぅぅぅ、恥ずか死しそうだぁぁぁ。これじゃあ、ただ僕が食いしん坊みたいじゃないか……。
だ、だって、そもそもこっちに来てから毎日パンが朝と夜一つずつで、ラディからは煎餅を一枚とお茶一杯。そしてリトさんからはトースト一枚とスープしか食べてなかったわけですし。
加えて、ゲームラノベアニメ好きの僕からしてみれば、こんなに喋ったのも久しぶりのことだから、疲れるのは当たり前で、それにそれに、吸血鬼だから、日のせいで疲労も尚更増えたから、当然めちゃくちゃお腹が空くんだよぉ!!
僕の全力の否定は、誰にもとどかず空しく消えていった。