第12式
"東の果ての小さな大国""アップルパイ"
私は今、レイヴィスさん付きであの個性豊かな3人の後ろを歩いている。先ほどの糸目君の言った言葉を頭の中で反芻しながら。
この世界に日本語は存在しない。英語に似ているものもあるけど、英語も勿論ない。だからアップルパイという単語は存在しない。りんごのことはあえて日本語表記にするならアペルだ。
東の果ての小さな大国。少なくとも、未だ東の果て……海の向こうに行き着いた人間は居ないはずだ。帝国の東側の港から出る船は大抵漁をするだけで、旅船や渡航船などは聞いたこともないから。
ここから導き出される結論は、1つだろう。
あの糸目くんは、私と"同じ"である。ただし、選んだ単語が意図的すぎる。
「やっぱり最後に入るとなると獲物は少ないですね」
「本物の迷宮と変わらないんだな……」
「早く先に向かった方々に追いつかないと私が目立てません!急ぎましょう!」
「まあまあ落ち着いてくださいよ〜。慌てる乞食は貰いが少ないって東の国では言いますよ」
にひひ。と笑っている。……うん、ケットシーと激しく意気投合しそうな予感。なんか、懐かしいんだよなぁ。
……もう10年も前になるのか。私の後輩はよく諺を使う人間だった。
「乞食って……。リーデリット商会の子息が使う言葉か?」
「……そうだね、せめて急がば回れ、くらいにしておきなよ。最後に残っているものが、もしかしたら今までを帳消しにする程の儲けものかもしれないんだから」
つい出た言葉だった。シェリティアになる前に何度もしていたような、あまりにも正直に言葉を使い過ぎる後輩とのやりとり。何度もこんな風に返事していたから、懐かしい気持ちにつられてつい口が滑ってしまった。
そして丁度、先に入った生徒たちに追いついた。こんな風にゆったり歩いてられたのは、魔物が全然いなかったからなんだよねー。自然にできた迷宮と同じ。一層にいる冒険者の数が多ければ、それだけ倒される魔物も多いからね。……まあ、第一層に関しては、別の理由で元々魔物は少な目にしておいたんだけど。
さてお手並み拝見かな、と先行チームの様子見をしていた目を、私のいるチームに向けると、どうやら女の子とナルシストくんを先に送り出したらしい糸目くんが、真っ直ぐ私を見ていた。急に距離を詰めて、私にだけ聞こえるように口を開いた。
「……後で、お菓子でも一緒に食べましょうね。……先輩。
では行ってまいります!」
物凄く嬉しそうに柔らかな笑みを私に向けて、呟くように言葉を発したかと思えば、ケットシーみたいな笑顔を作って溌剌と先行した2人の元へ走って行った。
「……シエル様の護衛、忘れてませんか?あの3人」
「……レイヴィスさんがいるでしょ」
「勿論。あんなひよっ子たちが出る幕はありません」
なら別にいいじゃん。そもそも私に護衛とか要らないよね。だって迷宮主が完全コントロール権を持つ迷宮内にいるんだもの。と淡々と答えておく。
仮面、付けててよかった。多分私今、物凄く嬉しそうな顔してるもの。
今日のこの実技は、彼らの今の実力を試すもの。実技1時間分で、どこまで迷宮を進められるかというものだ。ここに来るまでで残り時間はおおよそ3/4だから、このままのペースだと2階に上がれるかどうか、くらいだろう。……遅くない?というか、これ1時間もつの?1階の中盤でギブとかやだよ?わざわざ来たのに。
これでちゃんと戦ってくれないと、この迷宮また暫く使われずに、私が改良を加える事になるんだけど。もっと言うと、かなり譲歩している迷宮の難易度を更に下げることになるんだけど。
「お前がどれだけ異常なスピードで迷宮攻略してるのかよくわかるだろ」
「クラウス。先行ってるかと思ってた」
「想定よりもトラップにかかって落ちる奴が多くてな。条件としてチームが2人になった時点で脱落になっているから、残りはお前のところと含めて2組だ」
「うわ、少なっ。今回来てるの3年でしょ?こんなんで卒業できるの?」
「……厳しいな。だが今年設けた騎士・剣士クラスの卒業条件は人工迷宮を1日で3階まで攻略する事。それを下げる気は無い。出来ないならば出来るようになるまで只やらせるだけだ」
「そうだね。……無駄死にはさせたくないもんね」
2人以下になった2チームがクラウスの後ろの方で先生方と共に私達を見ているので、転移で入り口に飛ばす。怪我又はトラップにかかった若しくは攻撃が当たっていたら間違いなく死んでいた生徒は既に外で待機して中の様子を確認していた先生方からしっかりとレクチャーを受けていることだろう。しっかりと、……みっちりと(お気の毒に)。
「よう、嬢ちゃん」
「ディリヒさんこんにちは〜」
「様子はどうって……聞くまでもねえな。まだまだ鍛え方が足りねえかな」
どうやらもう残り1組になってしまったらしい。もちろん残ってる1組というのは糸目くんたちのグループである。まあ出遅れてるからこそ生き残っているだけの話。時間の問題かも。特にナルシストくん。周りが見えていないようだから。
「鍛え方が足りないっていうよりは、トラップを知らなさ過ぎる気がする。怪我での脱落は2人。残りは全部トラップ脱落だし、……ディリヒさんが見てたグループは、中ボス倒して安心した途端にトラップに纏めて引っかかったし」
「……ちゃんと見てんのか」
ぽかん、としてディリヒさんが言う。この人も結構失礼だと思うの。いくらふざけた仮面つけた複数迷宮攻略者の子供っていう異端児だからって、言われた仕事はちゃんとこなしてるよ!今までもそうだよ!
「当たり前だよ。私はここを作ったんだよ?そう簡単に攻略されたらつまらない、かといって攻略されなさ過ぎるのもつまらない。
……それなら、レベルに合わせて作り変えてやることもやぶさかでは無いよ」
「シエル。卒業条件が甘くなるからそれはやるな」
「分かってる。でも、門前払いくらいはしたくなると思わない?」
「次回はもうちょいマシになるだろ。長い目で見てやってくれや」
そうこうしてる間に、どうやらナルシストくんが脱落。私がチームに入っているため、彼らはあと1人脱落するまで続けられるのだが、ギブアップでいいそうだ。
全員連れて転移して、先にみっちり指導されている生徒たちに合流。ディリヒさんも講評をして、授業は終わり。そのまま解散の流れらしい。教師陣とクラウスは今後の騎士・剣士過程のカリキュラムの練り直しをしたいようなので関係ない私はさっさと帰らせてもらおう。そう思って私が視線を向けた先には、楽しそうな笑みを浮かべたまま私を見る糸目くんがいる。相変わらず空気を読むのは得意なようで、私の様子からもう声をかけていいと判断したらしい。
「お約束どおり、お茶でも」
「うん。場所はどうする?」
「実は僕が監修してるカフェテリアが学校のすぐ側にあるのです。ありがたい事に人気店なんですよ。そこでどうですか?」
「いいね。そっちの女の子も一緒にどう?」
「わ、私、か?」
「そうそう。是非ともおはなししてみたい」
「「ちょっと待て(待ってください)!!」」
意気投合した私と糸目くんそして巻き込まれた女子生徒が、速やかに放課後の学生らしい遊びに繰り出そうとしたところだったのに。水を差してくれたのはクラウスとレイヴィスさんである。
私はあからさまに不機嫌ですという口元を作ってそちらを向いたが、クラウスは一瞬怯んだ程度。レイヴィスさんも、顔色を悪くしつつも言いたいことがあるらしい。
「お前、初対面の人間なのになんでそんなに親しげなんだ!俺の時は関わりたくないと言わんばかりだっただろ!!」
「私のプロポーズもばっさりとお断りになったのに、そんなポッと出の人間にシエル様を譲るなんてありえませんっ!」
「明らかに敵意向けてくる人間に好意を持って接する人間なんていないと思うの。もちろん、見知らぬ人間に急にプロポーズされてもどちらかといえば気持ち悪い以外の何でもないと思うの。
そして私たちはいまから女子会するの。邪魔したら許さないから。じゃ」
クラウス達はよっぽど初対面時の自分の行動を反省しているのか、思い出して凹んでいるらしい。良きかな良きかな。
「せ、せめて護衛として、付いて行かせてくださいませんか……?」
「レイヴィスさん、護衛だからって理由でいつでも付いてこれると思わないで?
クラウス、さっき手紙送ったら、夕食に間に合えばいいっておじいちゃんから返事がきたから、多分もう街とそこら中に目は撒いてある。護衛を手配しなくても大丈夫」
「……わかった。あまりはしゃぐなよ」
はーい、と、適当に返事して、そうして漸く、未だに戸惑っている女の子の手を引いて、私と糸目くんはお茶しにでたのである。
糸目くんが監修を任されているというお店は、学校の目と鼻の先にあった。建物は3階建てで、ぱっと見一階には平民や商人の客が多くみられる。シンプルな白の壁天井に、可愛らしい細工の木製の机椅子が何組も置いてあり、カジュアルなカフェテリア感満載である。テイクアウトはここで注文みたい。使用人ぽい人も見えるから、貴婦人達のおつかいかな。それを横目に二階に上がると、ホテルのロビーのような、落ち着いて高級感あるソファーなどの調度品が置かれている大きな吹き抜けのフロアーが広がっている。どうやら個室もあるようだ。貴婦人達で賑わっている。出されるお菓子や飲み物も、一階のものより多分数段品が上だろうか。
糸目くんはそのままフロアーの横の通路を進んでいく。キッチンがある部屋だろう。そこから可愛らしい制服の女性が姿を見せた。糸目くんを見つけるとすぐに近づいてきて、私たちにもお辞儀をした。
「坊ちゃん」
「やあサリー。友達とお茶をするんだけど、何か適当に持ってきてくれるかな?」
「まあ!お友達!?勿論ですとも!すぐに参りますので、席についてお待ちくださいな」
ありがとう、と言うと、そのままキッチンの扉の隣にある引き戸を開けて、私たちを連れて階段を上っていく。面白い構造。
最上階はよくあるような普通の貴族っぽい部屋。ただし、とてもファンシー。土足厳禁で床に直に座れるようになっている。ふわふわもこもこのラグやら可愛らしい形のクッションやら、羊の人形や猫の人形もある。可愛い。とても可愛い。
「ふわふわ!」
「あはは。可愛らしいなぁ。アステリア嬢もよろしければどうぞ。お気に召すものがございましたら、お帰りになる際に贈らせていただきますよ」
未だ入り口で戸惑いつつ私とふわふわの部屋と同級生に視線を迷わせながら突っ立っている女の子を他所に、私は通された部屋に抵抗なく素足で踏み込み、願望の赴くままに大きな黒い羊のクッションに埋まる。うーん。もふもふ。
女の子はアステリアさんって言うのか〜。確かクラウスがくれた資料によれば、元々祖先は平民だったけど、戦時国の矛としてかなりの力を振るった功績により、子爵位を賜った。その後優秀な騎士を輩出、初の女性騎士もその家から出たらしい。そして堅実に功績を残して今では伯爵位の上位にまでいるそうだ。兄が3人いて、皇家の第1、第2皇子の近衛騎士に上2人がそれぞれついており、もう1人は現在騎士団所属で、クラウスの補佐的な事をしている。
我が家は皇家に仕えている、誰か1人に肩入れするものではない。という意志を端的に分かりやすく見せつけるようなやり方だ。貴族としてというより、忠臣として存在するという意志表示。嫌いじゃない。
……で、そこの娘が彼女。女児は彼女だけかつ歳が離れているから、両親と兄達はものすごく大事にしてるようだ。もうあれね、分かるでしょ?つまり……シスコン。少しでも男を近づけたくないらしく、妹の身辺状況は常に調べられて、たまに人が消えるそうだ。
まあ、そんな話は置いといて。
何故か恐々としている彼女を糸目くんが私の隣に座らせる。慣れた手付きで部屋の中の茶器を使ってお茶を入れ、私たちの前に置く。
「今日のレモンバームは出来がよかったんですよ〜」
「……アレは?」
「相変わらずの子供舌ですか?可愛いですね。はい、お気に入りの蜂蜜です」
「ん。頭を使うと糖分って欲しくなるでしょ」
蜂蜜の瓶を開けて、スプーン一杯から味を調整していく。うん。香りは好きなんだけどね、甘さが欲しい。
「あ、あのっ……!リーデリット殿と召喚術准教授は知り合いなのですか⁉︎」
「「さっきの授業が初めましてだよ(ですよ)」」
「へ?」
アステリアさんの戸惑い、困惑を通り越して理解不能まで昇華せり。




