第2式
「シエル様は何故旅をされているのですか?」
「えー、うーん。同じ場所に居続けても退屈だからかなー」
「そうなのですか?では私と婚姻を結んだ際には色々な場所に旅行に行きましょう。旅をされて来たシエル様の方が詳しい場所もあるかもしれませんが、退屈はさせません。
シエル様、お好みの紅茶はございますか?よろしければそれに合わせたケーキも用意させますから」
「昨日も断ったけど、婚姻どころか婚約もする気ないからね。……えっと、クセが無いのが一番好きかな」
「諦めないと言ったはずです。そうですか。私もです。飲みやすい物が1番ですから。僭越ながらカップは私が選ばせていただきました。気に入ってくだされば良いのですが……」
……現在地、おじいちゃんの家のロビー。寮に入ると色々面倒な事になるだろうとのことで、おじいちゃんの家に間借りして登校することになりました。やりづらいなぁ……。
でも、私がどっかに一人で住むとなると、色々引っかかるし、例の新しい護衛の人が本当に一日中引っ付いている事になるから……。おじいちゃんの家から学校にいる間と家に着くまでがこの人の護衛時間らしいから……まだましかな、と。
「……えっと、ハディルディエさ「レイヴィスとおよびください。もしよろしければレイでも構いません」……えっと、……じゃ、レイヴィスさんは、公爵家の嫡男なんだよね?正直な話、私の護衛とかしてる場合じゃ無いと思うの」
「私の心配をしてくださるのは嬉しいですが……。家訓で、伴侶を見つけない限り、家の事は何もさせてもらえないんです。
私はこれ幸いとばかりに魔術の研究に没頭して居ました。女性は寄ってたかって、研究の邪魔をするだけの、魔法のような崇高さも静かさもない……何といいましょうか……平たくいうと、醜い毒花にしか見えていませんでしたから。
私がこうして女性の近くに好んでいる事が驚くべき事で、両親にとっては嬉しい出来事ですから、家全体が協力してくれているんです。それに、弟や妹がいますから、私一人結婚しなくても何も問題ありませんしね」
「……それ、丸投げ……いや、なんでもない」
「私が家を出ても問題ないという事です。
さて、そろそろ学校に向かいましょうか。折角ですから馬車でゆっくり会話しながらが良かったのですが……。
保護者の方の目もありますし、仕方ありません」
「そもそも登校する時間があるなら、私は読書とかしてたいし……。魔力は有り余ってるから、転移で行く方が正直安全だよね」
「普通、転移魔法なんて膨大な魔力を使う魔法を登校手段にできませんからね?そもそもそれを使える人間すら限られていますから」
「有り余ってるものは有効に使ってこそでしょ?はい、掴まって」
ではお手を拝借なんて言葉と共に嬉々として私の手を握っているこの人は、先ほどから向けられているおじいちゃんからの殺気にも近い威圧など毛ほども気にしていないらしい。
おじいちゃんにまたね、と空いてる手を振って転移する。帰る頃に機嫌直ってればいいけど。
クラウスに指定された、校舎の一角に無事転移。レイヴィスさんは初めて転移魔法で移動したらしく、少々感動を覚えているようだ。慣れるとなんてことないただの移動手段なんだけどね。
「シエル、……無事に着いたようで何よりだ」
「気分的にはもう帰って大人しくしてたい感じなんだけど」
「今からもっと疲れるんだ。それぐらいで面倒くさいと言うな」
「シエル様!先程の転移の魔法、式や陣などはあるのでしょうか?」
「……えー?……作ろうと思えば、作れるけど……」
「という事は、シエル様は魔法陣や式が無くとも魔法を使えるという事ですか?」
「どうだろう。深く考えた事は無かったから」
「それは大変興味深い……!よろしければ転移の式か陣を作って見せていただけますか?」
だいぶ食い付いてるレイヴィスさんだったけど、始業まで時間が無いので、クラウスが早く行くぞと物理的に私たちの間に入って教室へと進み始めた。
レイヴィスさんの反応は魔術師としては普通である。魔術師は基本的に、魔術関連のことが優先、その他は眼中にない。特に自分が一度面白いと思って仕舞えば、それに時間をいくらかけてもいいと思ってるし、場合によっては命までかけても惜しくはない……。という、傍から見たら超変人。それが魔術師である。……あ、私は除くよ?だって、手段や道具のために命までかけてられないもん。
それにしても、やっぱりこの2人連れてると注目集めるなぁ。結局好奇の視線はみんな向けてくるんだけど、私を見てるお嬢様方の視線は殺意にも近いね!
「……不躾に私のシエル様を見るなど…。抉ってしまいましょうか」
「何を言ってるんだ⁉︎あまり問題を起こすようなら私から解雇を言い渡せることを忘れるなよ⁉︎」
「待って待って。そもそも私は私のものだから。それから流血沙汰は私嫌だからやめて」
「失礼いたしました。シエル様の目につかないように致しますので、ご了承ください」
「血が残ったらそこから色々バレちゃうでしょ?現場も証拠も残さないのが鉄則だよ」
「待て、シエル。それは処分自体を否定していないだろう」
「バカは一回痛い目に遭わないと、学習しないんだよ?クラウス知らないの?学習しなかったの?」
「それは遠回しに俺をバカと言っているのか?」
「さぁ?」
急に静かになったレイヴィスさんを見れば、どうやら私とクラウスを見ている。というか、観察?監視?している。
「……どうしたの?」
「いえ……。皇子殿下はシエル様に随分懐いておいでですね」
「「は?」」
思わず声が出た。クラウス、被らないでくれ。仲がいいみたいじゃないか。
「レイヴィス、発言には気を付けろ。誰に聞かれているかわからない場所だ」
「……シエル様に配慮した言葉ですので」
つまり、先程の言葉を言い換えるなら、皇子は私と仲がいいんだね。ってことなんだよね。そりゃストレートに言ったら周りの聞き耳を立ててるお嬢様方がこの後何をするのかが怖いね。
それにしても本当に私にしか配慮してないな。どんな理由や状態であれ、クラウスにとって私がそれなりに価値ある人間だと認識される言い方だ。私の預かり知らぬところで勝手に駒として使われそう。やだ。
「懐くとかそういうのじゃないよ。
友達だもの」
そう言うと、レイヴィスさんがショックを受けたように少しふらついた。ど、どうしたの?
「お友達……。私とはなってくださらなかったのに……」
「それは別件込みだから。それ関係なしに対等で普通の友達ならいいよって私はちゃんといった」
「ああ。シエルは確かにそう言っていたな。お前は断られたショックで聞いていなかったようだが」
「お友だち……。……シエル様と、お友だち?」
うん。と、私たちが頷いて見せれば、表情は一転。晴れやかこの上ない笑顔である。遠目に見ていたはずの女子生徒が何人かノックアウトされたようだ。人垣の一部が崩れた。イケメン、すごい、破壊力。
「さて、無駄だとは思うが一応言っておく。
問題を起こすな。処分されるのは大抵相手方だとは思うが、公爵位を持つ本人が出てきた場合、お前の階級的に不利だ」
「はーい。……まあ、私に害をなすなら誰であろうが潰すけどね!」
「シエル様に何かするようなら、私が受けて立ちます」
なのでご安心を。と、レイヴィスさんは上機嫌に言う。友だちというワードが効きすぎているらしい。その笑顔と言う名の凶器しまって。
クラウスは何も言わずに目をそらした。クラウスの中で多分潰されて行く貴族たちが見えてるんだろうなぁ。……そもそも私に関わらなければそんな事にはならないよ!
どう見てもおかしな格好の歳下の女子が皇子と公爵子息引き連れて歩いてて、プライド高い貴族の女子が何も言わずにいられるならね。
そしてとうとう、教室のドアが開く。
ほとんどがこっちを見てる。まあ当然だろうけど。
クラウスが通ると次々頭を下げて挨拶をする。やっぱり小さな社交界。まずは私が何かわかるまでは様子見をするのかな。
「シエル様」「わかってる」
クラウスが通って直ぐ。まるで踏んでくださいと言わんばかりに出された足を魔力の塊をぶつけて物理的に戻させた。びっくりして見上げた女子生徒と、私の視線が仮面越しにぶつかった。驚愕と、焦りと、苛立ちが順番にその目に浮かぶ。制服をちゃんと来ているから、多分平民の特待生か、お嬢様方の中でも真面目系かまたは変わり者。手の肌の状態から平民と判断。
「はじめまして。私はシエル。今日からこちらのクラスでお世話になります。
ところでここ、過ごしづらくない?」
「え?」
「教科書とかをとったり隠したりする陰湿な輩がいるクラスじゃ、安心して勉強なんて出来ないよね」
「シエル、それはどういう事だ」
「言葉そのままの意味〜。ここはたしかに、貴族にとっては小さな社交界だけど、庶民にとっては学校なんだよ。才あるものが所属するクラスに、幼児みたいな奴がいるとは思わなかったよ。
帝国の貴族界の縮図なの?」
つまり、帝国の貴族はみんなこんな風に、みみっちい嫌がらせをする陰湿で矮小なお馬鹿さんなの?と私は聞いたのである。もちろんクラウスは怒らない。けど、何も言わずにこっそり視線を周りに向けた。
そこにやって来ました。
「おい貴様!急にやって来て一体何様のつもりだ!?」
苛立ちも露わに私の所まで来て見下ろしたのは、校長やクラウスと同じ紅色のローブを着ている男子生徒だ。冒険者か騎士課程の生徒と判断。怒るって事は貴族令息か。あの顔は確かリストの姿絵の伯爵令息3人のうちひとりだったかな?とあたりをつけたところで、レイヴィスさんから伯爵子息です。とこっそり耳打ちがあった。クラウスもああそういえば……と思っている。……クラウス、私にクラスメイトのリスト覚えさせる前に、自分が覚えるべきだったんじゃ……?
「イルシュタール伯爵子息。先ほどの発言は私の友人の率直な感想ですから、気にする必要はないですよ」
「は……いえ、しかし……!」
「皇子本人がいいと言っているのに、それに異議を唱えられるなんて、貴方は随分な功績をお持ちなのでしょうね?」
皇子と公爵嫡男に庇われてるって状況、私に不利益だと思うの。言わないけどね?
流石に伯爵子息は黙った。そりゃこれ以上口を開いたら不敬罪に問われても文句言えないもんね。(……私のクラウスに対する姿勢、普通に不敬罪ギリギリだけどね)
「……とにかく、シエル。先程の話はどういう事だ?俺がこのクラスに所属する以上、問題があれば解決するのが務めというものだ。特待生や編入生を、身分を盾に従わせるなど言語道断。絶対に許される行為ではない」
「えー?じゃぁ……」
「失礼いたしますわ。直接のご挨拶失礼いたします、第三皇子殿下。ハディルディエ公爵子息様。私は、シェアース侯爵が長女、ミティと申しますわ。
編入生の方、そちらを避けてくださる?私たち、そこのリリーさんの教科書を見つけてまいりましたの。
リリーさん、何か困った事がございましたら、私たちに言ってくださいな」
柔和な笑みを浮かべて寄ってきたのは、何というか……うん。金髪縦巻きツインテで勝気な目に2人ほど取り巻きを連れたお嬢様。私が、あれれ〜?あの人たち、何で教科書を持って隠れてるのー?って言おうとしたのに。
私の微妙そうな目に対しては笑顔でスルーして自分の席に戻って行った。ふむ……あのタイプは現行犯逮捕しないと面倒な人間だ。今問い詰めたところで意味もなさそう。
「……クラウス、誰がやったかはともかくとして、人の教科書持っていっちゃううっかりさんがいるみたい。いっそ教科書は貸し出し式にすればいいのに」
「貸し出し式?」
「新しいものが欲しいやつは買えばいい。魔力持ちに優しい世界作ってんなら極甘にしちゃえよ。流石に学校の備品盗んだり無くしたりする輩はいないでしょ。確かここの学校のお金は国家持ち。予算を許すのは皇帝。つまり、皇族に嫌がらせするようなものだし」
「……確かに。魔力がある者は平民であろうが学校に入るのが決まりだ。憧れであると同時に財力のないものに対しては補助はあるが多少無理を強いる。議会でも一部の貴族たちからそういった案は出ていたからな……」
「わざわざ揃えるのが面倒なら、絶対に変わらない必須科目の教科書はもう使わない卒業生から寄付してもらえば?貴族だと多いでしょそういうの。もちろん無理にじゃなくて任意ね。だって私は自分が読んだ書は読んだ証拠に残しておく派だから」
「貴族の慈善行動の1つと考えれば賛同する者も多そうだな。その方法なら予算もそこまで膨らまない。提案としては有力だろう」
「卒業土産として議会に持って帰ってねー。
2年後に知り合いの平民も入ってくるんだからさぁ」
「来年度からなんとかなるようにするさ」
「急いでねー?無駄に歳とると頭だけ固くなって自分が美味しくない活動をしない大人って増えてくんだから」
「……それもそうだな。とりあえず席につこう。具体案を詰めるのはその後でいい」
リリーさんにじゃあねー?と手を振ってクラウスの後に続く。残念ながらその後絡んでくる輩はいなかった。勇気持っていこうよ!私は今、平民だよ!!
まあとりあえず。貴族の子息令嬢からの印象はそれなりに悪くなった自信はある。媚びる気ないから問題ないけど。はてさて。
「……どーなるかなー?」
雑音に紛れるほど小さな声でそう呟いた。




