第7陣
えーっと。おじいちゃんは今、なんていったかな。お使い、そう。お使いだね。
迷宮で遭難しかけている人たちを連れて帰ってこい、と。……うん、そっかー。
「……人命救助?」
「そう」
「……私が、迷宮に?」
「そう」
「おじいちゃん」
「なんだい?」
「私、冒険者じゃないから、中に入れないよね?」
「………」
「………」
迷宮とは危険な場所。よって、基本的には冒険者や国の騎士など、登録された戦士以外入ることが出来ない。
偶に商人が中に入って素材を集めたり、私がリヒトに同行して入ることが出来たのは、同行者の中にBランク以上の冒険者がいたからである。私の家庭教師兼同行者兼護衛のリヒトは当時Aランクだったので問題なし。私自身も貴族用の登録に関しては、Bランクに上がっていたので問題なかったのだが、ここではそうはいかない。
私は旅人であることに拘る。迷宮である程度まで稼ぎはしたいけど、冒険者登録をするつもりはなかった。それにCランク以上になってしまうと、動向を確認される事も増える。周りの目が私を無意識に監視するようになる。その結果私は自由に旅が出来なくなる。そんなことは避けたいのだ。
だからもし身分証を作るとしたら、神殿とかに行って簡易のステータス表を作るしか無い。
迷宮にはよらないで、ただ旅人で通すなら、そんな手続きもしなくていいのだ。
話が飛んだ。黙り込んでしまったおじいちゃんだったけど、すぐに回復。
「冒険者登録がしたくないなら、そこのアウストを連れておゆき。研鑽を積んだ騎士だから足手纏いにはならないはずさぁ」
「…アウストさんって、おじいちゃんの護衛じゃ無いの?」
「……どうしてそう思ったんだい?」
「私がおじいちゃんの近くに行くと警戒力が上がる。私がこの部屋に来るまでは私の言動を気にすらしなかったけど、おじいちゃんと話し始めたら、いつでも私を取り押さえられるように、私の背後の死角にいるから」
おじいちゃんは楽しそうなので、まあいいとして。護衛されるような人の護衛引っぺがして連れて行くのはちょっと。といえば、この街に在住している間の護衛なので、連れていっていいと言われる。
「護衛ではなく、通行手形として必要なだけだからねぇ。アウストを午後から非番にし、連れて行けば何も問題はないだろう?
理由はそうだなぁ。私の贔屓にしてる薬師の子供が迷宮に入ってみたいというので、護衛を1人、案内役に付けた」
これでどうだろうと楽しそうなのはおじいちゃんだけ。ラウルさんは非番にするのは構わないというし、ヴォルトさんも良いというが、どうやら私が行く事に反対の様なのだ。
「いくら飛竜を一撃で仕留めたからといって迷宮にこんな子供を救助に向かわせるなど…!」
おじいちゃん以外のこの場の人間は、そこに関しては意見が一致しているらしく頷き合っている。執事も。
「シエル嬢はいいんだろう?」
「素材集めついでで良いなら」
「ははは。良い、良い。一応十分な食料に手練れの護衛も1人ついてるからそう簡単に死にはしないだろうし。では昼を食べてその後出るとしようか」
「「「グラーティアス卿‼」」」
「なにかなぁ」
「…この、シエル殿の実力を私は見ておりません」
と、アウストさんが言った。執事も分かりやすく頷いている。
「私は迷宮の魔物が、素材集めや人命救助の片手間に対応できるものではない事を身を以て知っております」
「…何が望みか」
「シエル殿と力比べを。隊長方と貴方を証人に、私と何処まで戦えるのかを見ます」
宜しいですね?と、向けられた目に、ラウルさん達も頷いた。どうやら私はこのアウストさんと戦わなければならないらしい。…ということは。
「お昼…お預け、にゃ…⁇」
ケットシーが気づいたらしい。先程まで上機嫌だった尻尾が元気なく下がっている。とりあえず空間から昨日屋台で買った串焼きの残りを渡して腹の足しにでもして待っててもらおう。
砦の兵士たちの鍛錬場を一時貸切にして人払いまでして、その中央に私とアウストさんが立ち、被害を受けないよう結界の外の観覧席におじいちゃん達がいる。
アウストさんはじっとこちらを見ている。やはり表情自体は変わらないのだが、その瞳が面白いくらいに感情を出している。今は疑問と闘志である。
「シエル殿。悪いが手加減はしない。騎士としても、人としても万が一手加減の末私が負け、貴女を迷宮へ連れ出し、そして命を落とすなんてことにはしたくない」
「もちろん。手加減は最大の油断で驕りの象徴ですもの…。あー、でも1つお願いが」
「何だ」
「三回勝負にしてほしいかなぁ。多分最初は身体動かないから」
「…迷宮ではそんな準備運動などする暇はないぞ」
「でもここは迷宮じゃないよ?」
「…わかった。良いだろう」
ちらり、とアウストさんがラウルさんを見たので、こちらの準備はととのったと理解された筈だ。ラウルさんが片手を上げて、始め、の声とともに振り下ろした。
開始の声と共にアウストさんが選んだのは速攻。手合わせなので握っているのは、刃を潰した剣だけど、当たれば打撲は当然だし、骨が弱けりゃ折れる。手足の長さなどの関係ですぐ目の前に迫ったアウストさん。宣言通りの加減のない剣の振り抜き。鋭く素早く、私の横っ腹を横に凪ぐような一閃を見せた。
もちろん私もわかっているので後ろに跳び、回避。けれど追撃として今度は突くように追ってきた切っ先。その先は私の首元を狙っている。それを分かっていて、後ろに跳んだ足が地面に着いたと同時に身体を低くして前に…つまりアウストさんの方へと身体を蹴り出す。
剣の軌道を変えられてしまう前に氷魔法を放ってアウストさんの肘に纏わせて動きを止め、剣の間合いの先に入り込み手首を撃って剣を離させそのまま掴み、空いているもう一方の手の指先を首元に突きつけた。
動きを止め、悔しそうに眉間にシワを寄せたので、これはまず私の一勝だろう。ラウルさんも驚きつつも私の陣の方に手を挙げた。
すぐさま手を離して、距離を取る。
アウストさんは剣を拾って柄の部分で肘を覆った氷を砕いた。一瞬を稼ぐような物なので動きを止めるといっても薄氷。パリンと音を立ててすぐに地面に落ちていった。
構え直したアウストさんの目に、疑問の色や迷いの色はもう見えない。純粋にわたしを見極めようとしている騎士らしい真っ直ぐな目である。
再び、ラウルさんの開始の声に、今度は速攻を仕掛けて来るのはやめたらしい。逆に慎重に。しっかり剣を振れるだけの間合いを確保するようだ。
ふと思う。私を連れていってくれるというのならそれなりの実力者なのだろう。なら、その実力とは如何程か?私は試されてる。けれど同時に私も試す機会じゃないだろうか。私の実力を、同行者の実力を。
出し惜しみしていたわけでは無いけど、使えるのなら使ってみよう。
「白騎士」
召喚術によって今回呼び出したのは、全身が白い鎧に覆われた戦士。リヒトが離れざるを得ない時に必ず置いていっていたほど、私を護るものとしての信用は高い。スピードに比重を置いた戦いには優位な戦士だ。私の意思に関係無く、呼び出した主人(私)を守る。あ、勿論手合わせが名目だから、召喚するときにちゃんと手持ちの剣も手合わせ用に変えたよ!大丈夫‼
「どこまで強いのか、見せてね。アウストさん?」
白騎士が走り出す。アウストさんも同時に駆け出して、その剣がぶつかり合う。フェイントも混ぜた激しい打ち合いだ。
「おお…すごい」
素直にそう思った。白騎士はいくらスピード重視で軽いとはいえ、それは対になる黒騎士よりという意味。本来なら迷宮の中階層にいるロックゴーレム並みの重量もある。どうやらアウストさんはパワーも強いらしい。細マッチョか!素晴らしい。
「強化」
白騎士に魔法を重ね掛けして、強度を増す。これで力負けはしても砕かれる事はない。強化魔法が私からの叱咤激励に思えたのか、白騎士が動き出す。
受け止めた剣に押され気味だったのを、わざと力を緩めて身体を後ろにずらして、アウストさんの剣の間合いから僅かに外れて攻撃に転じる。
白騎士の本領発揮、目にも留まらぬ早撃ちをアウストさんはなんとか捌いているが、偶に軽く攻撃を受けてしまうようで苦戦が見える。だが目は死んでいないし、勝算はあるようだ。同時にアウストさんは白騎士よりも実力が上であると分かる。それでもいい収穫だろう。アウストさんが隙をついて白騎士の持つ剣に自分の剣をぶつける。速さを活かした乱れ打ちに時折弾くように入る重い一撃。
その意図を理解して、思わず拍手してしまったよ。観客席、訳がわからないみたいな顔すんな。おじいちゃん、解説してあげてください。
そしてついに、8度目にして最後のアウストさんの一撃が白騎士の剣を砕いた。アウストさん、一勝。
速い攻撃の合間を見て剣にダメージを加えて行く。そうすることで振られている剣はそのスピードやダメージ部分が存在する事でもろくなっていく。剣には強化魔法をかけなかったとはいえ、8度目で砕くことができるとは思っていなかった。いやあ、面白いこと。
「ゴシュジン、モウシワケ、アリマセン」
「いいよ。頑張ったね」
私の前に来て跪いて赦しをこう白騎士。真面目だなぁ。相変わらず。
「私の代わりに戦ってくれてありがとう」
「アリガタキシアワセ」
そう言って消えていった。悔しかったみたいだから、今度呼んだときはもっと強くなってそうだな。
1勝1敗、お次はどうしようか。
アウストさんは真っ直ぐに私を見ていて、既に準備が出来ている。ふむ。
3度目の開始の声。
私はただ待つ事にした。武器に手を掛けず、魔法を放つ準備をするでも無く、ただ、背筋を伸ばして、笑みを浮かべてこの場に立つだけ。
「アウスト⁉」
アウストさんが手合わせ用の剣を放り投げて取り出した小さな用紙に短く来い、と告げた。弾かれるようにその手元を離れた紙が地面に落ちて、溶けるように地面に消えてゆく。紙に閉じ込められていた魔力がふわりと広がって行き、その足元に魔法陣が出現する。
ゆっくりと姿を現したのは黒い剣。ただの剣では無い。とてつもない魔力の気配だ。お祖父様以外で初めて見る。魔剣だ。
魔剣は持ち主を選ぶ。その名の通り魔の剣。大変人を選ぶため、たとえ勇者の称号を持つ者であっても、その剣の真価を引き出すことは、持ち主以外困難と言われる剣。
只者じゃ無いとは思ったけど、なるほどね。魔剣の使い手なら、先程の白騎士との戦闘が可能だった理由に納得がいく。
その柄を握り、地面を蹴って、私に向かって一直線に駆け、迷うことなく刃を振り下ろす。
手合わせ用などではない。人を殺せる剣で、殺せる人間が、始末しても構わないだろうという意思の元振り下ろされたその切っ先は、しかし、私に届く前に阻まれた。
魔剣の放つ魔力と刃そのものと、私との間を阻む何かがぶつかり合い、激しく火花を散らして、先に大気の方が叫びをあげる。獣の咆哮とは違う、悲鳴にも似た甲高い異音。それでも私を護る盾は平静を保ち、存在する。
まあつまりは、私の結界魔法を砕けなかった。
アウストさんが舌打ちして一度下がった。一度下がってもう一度ぶつかってみるつもりだろう。
……別に私としては気がすむまで斬りかかってきてくれても良いのだが、なにやら先程からおじいちゃんが焦り始めているんだよ。もしかして、時間無いのかな?と思い、そういえばお使いの内容は人命救助だっけ?なら長時間護衛の騎士の相手をしている暇なんてないよね?……仕方ない。さっさと始末をつけてしまおう。
私は全力疾走して剣を振り下ろしたアウストさんに対して、結界を消す。まさか結界に阻まれないとは思わなかったのか、アウストさんが目を瞠った。
けれど止まることも迷うこともなく私目掛けて振り下ろされる刃。
それでもその刃が私を切り裂く事は無い。カツン、と音を立てて剣が床を傷つけた。アウストさんの剣どころか、彼の目の前に私はいない。なぜなら転移魔法で回避したから。私がいるのはアウストさんの背中側。アウストさんが気付いて小細工したけど、多分無駄。その証拠にアウストさんの小細工…咄嗟に張った結界に、光魔法を纏わせた掌をぶつけるとガラスが割れるような音を立てて、結界が崩れ落ちた。そのまま振り向きざまのアウストさんが剣を振り上げる前にその首に突きつける。
「…いかが?」
私の問いかけに、アウストさんは剣を消すことで答えた。
「そこまでっ!!」
ラウルさんの声が終わりを告げたので、私も光魔法の発動を止めて、無邪気に私の勝利に喜ぶケットシーを迎える。ラウルさんが私の勝利と宣言したので飛び出してきちゃったんだよね。そんなに心配せんでも死にはしないのに。
パチパチパチとおじいちゃんが拍手しながら近付いてきた。ラウルさん達もそれに続いて、私達の手合わせに感心したようで、しげしげ、とわたしたちを見ている。
「さて、シエル嬢の力量も分かったところでお昼を食べながら概要を説明させてもらいたいなぁ」
やっぱり。時間がないのは間違いないらしくて、おじいちゃんが話を進めて行く。お店に入ってる時間が惜しいし、あまり聞かれても良くない内容の為、砦の食堂のひとテーブルを占領する形で昼食をとりつつ話を聞いた。……急いでるのにご飯食べてていいの?とは思ったけどね。
「…つまり、下層にいるらしい要救護者を回収して帰って来ればいいと?」
「まあそうだねぇ。人相とかはアウストが知っているから、会えれば問題ないんだけど。
どうやらかなり深い所に行っちゃったらしくてねぇ」
ぽつり、と情けない。と呟いたおじいちゃん。うん、聞かなかったことにするね。
「何階かとかはわからないの?」
「あー、とりあえず、上の階にも下の階にも確認するどころか、既に身動き取れないらしいんだよ」
「身動き取れないって事は、魔物が近くにいるわけだよね?種類とかは言ってた?」
「……スカイシャーク」
「世界最速の食肉動物‼」
大変言いづらそうなおじいちゃんの出した単語に反応したら、皆が絶句した。…私おかしい事言ったかな?
「…お嬢ちゃん、俺の聞き間違いだったらごめんな?今、飛行動物種の中でもワイバーンの次に凶暴で、厄介と言われてるスカイシャークと聞いて、喜んだか?」
「寧ろなんで喜ばないの?世界最速だよ?そのスピードに耐えるくらいの素肌ってことでしょ?」
是非とも研究したい。鮫肌なのかとか。
「あー、うん。お嬢ちゃん、スカイシャークは一応、透明でな?」
「うん?」
「…つまりな、シエル嬢。スカイシャークの素材は、値がつかないんだよ」
「………つまり、お金にならない、と?」
「見えんもの鑑定のしようがないからねぇ」
「………」
まあ、そりゃそうなんだけどさぁ。使いようによっては、かなり高値のアイテムとして売れると思うの。ポーションの材料の中にもあったもの。たしか一定時間身体を透明化するポーション。悪用されたら大変危険なものだけど。
「…ふうん。まあいいや。研究対象としては面白そうなのはかわらないし。それでそのスカイシャークに襲われてる方々、無事なの?」
「幸い魔術師が2人いるからねぇ……結界を常時張って牙から身を守ってるだろうねぇ。まあいくら優秀な魔術師とはいえ、一晩結界を交代で張り続けるというのは難しい。魔力的にも、体力的にも多分限界だから、緊急連絡魔法を使って救助を私に要求したんだろうねぇ。
救助を本当に頼んでいいんだね?」
「うん。どっちにしろスカイシャークは欲しいから行くよ。アウストさんを通行証がわりにね」
アウストさん。一応ちゃんと戦力だとはおもってるから、そんなに凹まないで。ちょっとめんどくさい。
そんなこんなで、私は街の滞在2日目にして迷宮に潜り込むことになったのだった。




