第3陣
先程商人を拾った森に再び入った。既に夕刻にさしかかっているものの、流石フェンリルに乗っているために襲ってこようとする魔物もいない。
直に乗るのは嫌だとタダをこねたケットシーは私の背中にへばりついて、頭に顔を載せている。軽いからいいけど。
暇潰しに最近の2匹の近況報告を聞いていたのだが、彼らはどうやら私に聞きたいことがあるらしい。遠慮せずに聞けというと、ケットシーの方が思い切ったように言った。
「にゃあご主人。今回の旅の経緯を教えてほしいにゃ」
「それについては俺らも同感。どうやらリヒトも居ねえみてえだし。あの過保護、ちょっとやそっとのことでお前の側を離れるはずがねえからな」
「…みんなそんな風に、思ってたの?まあ確かに私はリヒトを家庭教師だからという名目で振り回した覚えと、彼にストレスをかけていた自覚はあるけど」
問題児という意味では、たしかに目が離せなかったに違いない。何せあの四大公爵家の傑物一族の次期当主ともあれば、一挙一動が醜聞に繋がる可能性も考慮しなきゃいけないから、必然的に世話係のリヒトは私の側を離れないけど(護衛も兼ねてるしね)。
彼らは私が誘拐されてから今日に至るまで一度も呼ばなかったから、経緯を知らないのは当然。説明を求められたら私だって説明しないと。
「…私にリヒトがつけられた理由は覚えてるよね?」
「「ご主人の退屈凌ぎ だ/にゃ」」
「違う。護衛。お前たち私のことなんだと思ってるの」
確かに、リヒトが来てから退屈しなかったけど。
仕方ないので、お祖父様の事件から話をする事にした。あの日々は危険で、一分一秒が惜しくて、力を付けるために余所見をする時間もなかったけど、家を離れ王都を出て、ただの旅人のシエルとしてこうして進んでいる今なら、すこし休憩だと思って、長い話を語る事にしよう。
リヒトを過保護や心配性と言いながらも、同じくらい私に過保護で心配性な彼らに。
一晩かけてゆっくり森を抜けた。次の街が見えるまでは草原が続いている。
フェンリルは目立つのでここまでにするといっておいた為、渋々であったがヴァウンティーズは還っていった。
再びケットシーとの二人旅である。
「ぐすっ…ぐしゅ…ごじゅじぃぃん"ッ!」
「結局泣きやまないのね、お前は」
「だっでっ!びどずぎだに"ぁ"ぁ"あ"ん‼」
私が誘拐された話とお母様が殺された話のあたりから、ケットシーとヴァウンティーズのメスや小さい子達が泣き出して止まらなかったのである。お陰でこの森の近くを通りかかった人がいたら狼の遠吠え(しかも複数)にさぞおびえたことだろう。可哀想に。
「…お祖父様も起きたし、私の数年の記憶も渡せたのだから、悪い人たちは皆処罰されているはず。
大丈夫だよ」
「ご、ごしゅ、じんっが!
泣け、ないっのも!怒れにゃあのも!っ…ミー、たち、はっ!……っ…許せません!にゃ‼」
ご存知の通り魔力が高過ぎるせいか、私の体の状態は常にベストな状態に回復され続けている。それ故に病気怪我などはない。だからこそどんなにストレスだとしても身体に異常が出ることはない。
それでも、こうして色んな感情を抑え込んでいる私の為に、彼らのような者たちが泣いて怒ってくれるから、悪くはないと思う。性格悪いかな。でもそれを言ったら怒られそうだから口には出さない。
「に"ゃぁああ"!」
「ありがとう」
優しく頭を撫でる。出来るだけ早めに泣き止んでもらいたい。そう思いながら彼を抱えて歩いていると、人の気配。と言ってもまだ人影は見えな…あ。居たわ。2キロ先の丘の上だ。2人組で多分兵士だろう。
「おーい!」
1キロを切ったのでこちらに気づいたのだ。声を出して手を振ってこちらに来ているので、わたしも振り返す。ケットシーはまだ泣いてて話し相手がいないので、そのまま彼らを話し相手にでもしようと思う。
間近に来た二人の衛兵さんはガタイがいい。しっかり鍛えてる。お祖父様のところに送り出したらいまの五倍は強くなれるけど。
「こんにちは。えいへいさん?」
「おう。お嬢ちゃん、今森から出て来たか?大丈夫か?というか、それは…?」
「ミーはそれじゃにゃぁー!」
「お、おう。ごめんな、えっと」
「無視で大丈夫です。今ちょっと感傷に浸ってるだけなので」
「あー…。すまん。で、お嬢ちゃんは」
「今そこの森から出て来たところですよ」
「あのな、あの森、昨日一晩中狼の声が響いてたから、俺たちが様子見に来たんだよ。怪我とか無いか?」
「ないですよ。この子もいますし、こう見えて、それなりに強いので」
「そうか…。そうだよな。魔物の森を夜に抜けてくるような子だもんな…」
悪い人たちでは無いようだ。騙されやすそうで少し不憫さんな香りがする。
ん?…おや?
不憫な香りは見えてないけど、別の、銀色っぽいキラキラした粉がこの辺一帯の草花に付着している。
「……衛兵さん、昨日…かな、この辺の野原で何かあった?」
「ん?何か?…あったか?」
1人がもう一人に話しかけるが、もう一人の方も首を傾げている。
たとえば、そう。
「狼避けの野草とか使った?」
「ああ。それなら俺たちを派遣した領主がついでにって、昨日の夜に」
「そっか。じゃあ今すぐここを離れた方がいいかも」
「「え?」」
「昨日の晩に蒔いたなら、多分そろそろくるころだから」
竜ならざる魔物でありながら、名前に竜を含むそれら。
「飛竜の群れが到着だよ」
遠目に見える、黒い巨体。それは単騎ではない。複数だ。……12体ってところだろうか。
「わ、ワイバーン⁉」
「なんでこんな所に⁉」
「ワイバーンは鼻が利く。好物はオオカミの血肉。狼よけの薬草なんてここに狼いますって言ってるようなものだよ」
「っ、すぐに援軍要請だ!」
「ああ!」
焦る彼らを横目に、わたしはケットシーを還す。彼はエンターテイナーであって戦闘に特化してるわけじゃないから。
「一度おやすみ。皆んなには私の事情の説明と名前を伝えて」
「はいですにゃ……」
「いい子。おやすみ」
ケットシーを還したところで魔法道具を使った通信をしようとしている兵士の横をすり抜けて私はワイバーンの群れのほうへと向かう。助走をつけるように、次第に早く、駆ける。兵士が気づいて声をあげた。
「お嬢ちゃん‼」
先発の一頭が私めがけて急降下してくる。トップスピードのまま、風魔法を利用して地上から飛びあがる。
牙をむき出しにしたワイバーンと正面衝突、をする気は無い。
ギリギリで風を操作して、牙を剥くワイバーンの頭上に飛び上がってそいつが振り返る前に、私は風魔法の風刃を発動して、後ろ首にそれを落とす。
断末魔の叫びを上げる間も無く、ワイバーンの頭と胴体が離れ離れになり、落ちて行く。
更に迫っていたワイバーン達が、こちらに向かってくるのをやめてその場で翼をはためかせて留まる。
ワイバーンは基本的に自分たちより強いものには喧嘩を売らない。私は一頭を一撃で落としてみせたから、自分達の総力とどちらが上か測りかねているのだろう。少し前までなら私の魔力量を感知して喧嘩も売らなかったんだけど、今私は仮面をしているから、魔力量をうまく測れないのだろう。……仕方ないね。仮面に手をかけてはがす。ワイバーンの群れを睨み付けると、奴らは焦ったように悲鳴という咆哮を上げて、来た方の空へと飛び立って行った。私はそれを見送ってから、仮面を付け直して首を落としたワイバーンの上に降りた。
「お嬢ちゃーーーん‼」
衛兵さん達が走って来て、ワイバーンの死骸を見て驚き…というか、ドン引きしてる。
「災害クラスを一撃……?」
「この斬り口、すげえ……」
「そうでもないですよ。私の師なら遠距離からでも落とせますから」
そう。リヒトの風刃は鋭い上に重い。だから打ち上げたとしても勢いを失わない。それに比べて私の風刃は、リヒトよりも鋭いけど、軽くて脆い。ワイバーンの鱗はそれなりに硬いから、当たる前に弾かれたら終わり。だからこそ首の後ろから落としたのだから。
「いやいやいや!それでもかなりすげえぞ嬢ちゃん!普通ワイバーンは中隊でやっと1匹落とせるバケモンだからな⁉」
「Aクラスの冒険者でも一撃で落とせるやつはあまり見た事ねえよ‼」
「?Aクラスの冒険者は、初級魔法だけで迷宮の10階層まで、釣り感覚で素材集めに行きますよね?なのにワイバーン1匹落とせないんですか?」
「待ってくれお嬢ちゃん。それはどこの化け物の話だ?」
「?火竜の鱗とか、雪ゴーレムの核とか、師匠と一緒に取りに行く時、師匠が10階までの魔物は大抵風刃で刈り取れるって言ってました」
「あははは。嘘だろー。お嬢ちゃん、流石にそれは無い。冗談に慣れて来たぞー」
「…バレましたか」
流石に10階は嘘だと思われたらしい。
…嘘なのだが。
「すみません、本当は中階層です」
実際リヒトも、ポーションのレア素材取りに行くときに、私に迷宮の40階中30階までは初級魔法だけで大丈夫って言ったし。寧ろそれ以外使わないでくれと言われた。曰く、初級魔法で階層主までたどり着けないなら、まだまだ修行がたりない、と。本当に大丈夫だった。自分で言ったくせに、40階の階層主を魔法なしで殴って倒して調教したら、リヒトは胃が痛いって言ってた。失礼な。褒めてよ。まったく。
「「……(どうしよう。まさかの上方修正だった。思った以上に変な方向に規格外っぽい)」」
「で、コレの処分なんですが」
「お、おう。お嬢ちゃんが換金したいならギルドまで俺らが案内するぜ‼」
「って、お嬢ちゃんの実力だし、ギルドの場所くらい把握してるかな。
じゃあ俺らにできるのは運ぶのを手伝うくらいか?…これ運ぶには…、小隊が必要だね。待ってな。今魔道具繋げて部下呼ぶからさ」
「お嬢ちゃん、一体どの国の冒険者だ?俺ら砦の番もやってっから、被害が出る前に倒してくれた礼に、通行手数料おまけするぜ」
換金したいならギルドまで案内してくれるというので、空間を開いて、ワイバーンをずるずるとそこに詰め込む。なんて事はないただの収納魔法であるが、どうやら彼らは言葉を失っているらしい。
そういえば、さっきから通行手数料オマケとか嬉しい事を言ってくれてるんだけど。いいのかな?私としては旅のお金は節約したいから嬉しい限りだけど。
「お、お嬢、ちゃん…?気のせいか?今目の前にあった3メートル級ワイバーンが収納されて行った気がするんだが」
「俺、目が悪くなったかもしれない。老眼かな…まだ一応30なんだけど」
わあ!私の3倍生きてるんだね!と無邪気に返して見せたら規格外と言って頭を抱えられた。あれだ。初期のリヒトもよくやってたのに似てる。けど、これについてリヒトは驚いてなかったような。リヒトは流石ですね。と誉めながら、自分の収納空間に私と同じだけの物詰め込んでたから、これは普通だと思っていたのだが。
「それと、わたし冒険者じゃありませんよ」
「「は?」」
確かに王国で登録したが、あれはあくまで保証書。貴族として登録したので、冒険者としての権利と名声は受けられるが、仮登録となり、国外では使えない。つまり私は今身分証無しなのだ。
「悠々自適に旅をする、ただの普通のどこにでもいる庶民ですよ」
そう言ったら、衛兵さんに、お前みたいなのが普通だったら、世界は超人で溢れてる。と理不尽に怒られた。超解せない。




