第10夜
監禁生活、2日目。ベッドから起き上がるけど別に寝ていた訳ではない。というか、誘拐されて呑気に寝られるかボケ。一応私は繊細なんだぞ‼
身体が鈍ってしまうので、伸びをして、手足を回したりもする。
そんな私の一挙一動を見ている人形リヒトにおはようと笑いかけておく。分かりやすく身体を強張らせたきがする。多分支配が緩くなっているんだと思う。いままでの朝のように挨拶をして礼をしようとしたリヒトの意識と、直立不動でただ私を見張るという役目を果たす支配意識がぶつかり合ったのだ。いい傾向だ。
私は私の中の魔力に意識を向ける。普段の万全の状態を十として、常に3割が抜かれて行っている。だが私は常に全体の五割の魔力を回復し続けているようなので、結果魔力が減っていないという不思議な状況。いや今大いにたすかっているけどね。
満月が一昨日の夜。新月が来るまであと2週間といったところ。決着はそれまでにつけなくちゃ。
新月に暴れて殺されるのは嫌だもんねえ。
「"リヒト"」
今日もリヒトに魔力を流す。と言っても、昨日の僅か10分の1の魔力だが。私の夜は寝ないために長いので、よく考えたのだ。
リヒトに魔力を流し過ぎて私が彼を洗脳してしまいそうで怖いし、
リヒトが私の魔力を自分の魔力として処理して精神支配に打ち勝ったとして、今までより極端に大きくなっている力のせいで体調を崩す、最悪死ぬ可能性はあるしその確率がそれなりに高いのも怖い。
じゃあどうするか。
私が魔力をリヒトに流して、その魔力でリヒト自身の魔力に働きかけて、その後私にもどす。
図で説明するなら、乾電池と電球である。乾電池(私)から導線(今回は声)を経由して電流(魔力)が電球を通って導線を伝って乾電池に戻る。という事だ。
それならばリヒトの体内に私の魔力が殆ど残留しない。もちろんエントロピーの法則的に私の魔力は削られていくのだが。だからこそ少なく済むならそれに越したことはない。
あまり流し込み過ぎても、リヒトに魔法をかけた魔術師に伝わってしまうだろうし。魔力を流し込むという技術がただの魔法使い程度に出来るはずはないけど、普通に流通したら色々問題アリな技術なのだ。今回は緊急事態だから仕方ないんだけどね。それに、あくまでリヒトが自分の意思で、うち勝たないといろんな言い訳も出来ないし、ねぇ…。
「リヒト、こちらにおいで」
ベッドに腰掛けた私と、そのそばに寄せた椅子に座るリヒトの距離はそれなりに近い。彼の右手を両手で包み込むように握る。
そして魔力を集中。何するのか?
いや、ついでだからリヒトの体の調子見ようと思って。
一昨日の夜遅くに誘拐されて、昨日一日中私を見張って、で現在まで。リヒトは終始この部屋の壁際に立って、静かに私を見ているから、多分食事も睡眠もとってない。そう命じられているのかもしれないけど、多分それだけじゃない。
あのブタ、リヒトを使い潰して、私が死んだ後責任を取って死んだとかやって罪の軽減を狙ってるんだと思う。
どこまでも腐ったブタめ。あの皮と肉はいでやろうか。
私が精神支配からリヒトを解いたところで、それまでの記憶を見たらリヒトがショックを受けて…最悪罪人として裁かれようとしてしまうだろうから、なるべく早くここから出たいのは事実なんだけど、あまり急ぐわけにもいかない。わたし、リヒトを壊したい訳じゃないからね。無事に連れて帰る気しかないから。
リヒトが襲ったメイドと執事には一緒に頭を下げに行こう。
「君は寝なくていいの?ハインリヒ」
「ここにいたときは、そうでしたから」
淡々と答える。魔力反応を見ると、昨日は精神支配魔法にすっぽり覆われていた魔力が、精神魔法の綻び目から流れ出している。昨日は私の質問に答えなかったけど、先程魔法を重ねがけしたばかりだから、人形リヒトではあるけど、答えてくれている。
「ごはんは?」
「お腹が空きましたか?何か持ってきます」
「違うよ。君は食べたの?」
「必要ありません」
私が聞いて、淡々と答える。もちろんこの場所が何処かとか、外の様子とか、あのブタの目的とかは全て存じ上げません。って言われて終わりだったけど。
そのうち段々と、先程まで僅かにでも流れていた魔力が流れ出なくなったのがわかった。
今度は問いかけても何も答えない。ただ人の形をした人形がいるだけ。
なのに何で泣いているように見えるのだろうか。
「大丈夫だよ。リヒト」
私が立って、リヒトが座ってもある身長差についでに背伸びをして頭を撫でる。そのうちにウトウトし始めたので心置きなくそのまま眠らせることにした。椅子に座ったまま寝るってけっこうキツイけど、まあ若いし大丈夫だろう。
「おやすみ」
なるべく優しく、柔らかく。微笑んで呟いて見せれば静かに目を閉じた。
2日目はリヒトがお昼寝だったので、やることといえば逃走経路の確認くらいだった。
え?どうやるのか?タネがわかれば簡単。だよ?わざと壁…というか、建物全体に私の魔力を流すのである。建物との反響を応用するエコーローケーションの魔力版ともいえる。私のこれは空間内把握どころか、最早索敵魔法だけどね。
どうやらここは王都にあるあのブタの別邸らしい。
屋敷の中には私、リヒトの他に使用人が数人と…それなりにある魔力の持ち主が1人。多分これが私の力を吸い取っている術やリヒトを操っている術を施した魔術師だろうけど。あ。増えた。でも魔力反応ない。あのブタかな。
その数分後、リヒトは目を覚ました。
先程までよりだいぶ疲労が回復したらしい。よかったよかった。
さて、3日目。
昨日と同じようにリヒトに魔力を流してみることにした。ただし、一度流すだけではなく、できる限り流し続ける。
リヒトは大人しく座っててくれるので安心安心。昨日よりリヒトの魔力が活発になっているお陰で、精神魔法の綻びが更に脆くなり始めている。
この調子ならあと1週間もあれば、リヒトに負担なく終わらせる事が出来そうだ。
1週間も平穏無事に過ごせればいいけど。そうでない場合はお仕置きということで、精神や脳に異常が出ない形で痛い目を見てもらおう。あ、もちろん体罰はしないよ?ただどうしても無理に身体にある異物の魔力を壊すから、疲れる上にへたしたら暫く動けないかもしれないだけなんだよ?
「ステラリュート嬢」
妙な気配が近づいて来てるなぁと思ったら、部屋に入ってきたのはブタだった。おや。とちょっと思う。
つい数日前まで、このブタはたしかに魔導適性のないただの無能だった。しかし今は奪った魔力を体の中にいれているらしい。だが、見るに耐えない。
まるですでに限界容量を超えた水風船だ。しかも私の魔力が相当暴れ者なのか、奴とウマが合わないのだろう。暴れまわっている。
「……成る程、私の魔力をまさかそういう風に使うとはね」
「ほう…流石に分かりますかな?」
「ああ。今朝からどうも気持ちの悪い、複数人の魔力が混じり合った魔力があるのに気づいてね。
…魔力の合成成分的には、大体が私のものみたいだけど、その他にもいるね。
随分な人数からこうして吸い取ったんだね。……ハインリヒからも」
「…ほう?随分うちの息子を気に入ってくださっているらしい。これだけ上等な魔力をくださいましたからねぇ。
貴女を葬り去る際には、一緒に送って差し上げますよ。…だが、その前に……」
力を得た。権力を得られるだけの自信が生まれた。
それだけで満足すればいいものを。
奴の目に見えたのは、色欲。ありえない…。
「(ロリコン変態ペド野郎…)」
「ステラリュート女公爵は、力こそ脅威だがあの美貌は中々だった…。是非とも一度お相手いただきたかったのだよ……」
だからってその娘(未成年)に手を出そうとするかこのブタ。本当にブタじゃん。
舌なめずりして近づいて来るので、もうそろそろ私怒っていいと思うのよ。そう、その肥えた身体を八つ裂きにして魔物に喰わせても。身の危険だ。もう我慢の限界だ。ハインリヒには悪いけどちょっと痛い目をみて……?
「へぐぅ……!」
いや、そこはブヒィだろう。…じゃなくて、え?人形のように突っ立っていたハインリヒが、まだ人形のままだけどブタの股間と鳩尾と顔にかなり強めに一発ずつ入れて後ろ手に拘束して縄で縛った。泡を吹いて気を失ったブタを扉の外に投げ捨て、何事もなかったように閉じて、手を払い、椅子に座った。
「…えっと、逆らって、よかったの?」
むしろ私が聞いてしまうよね。だって淡々としているもの。するとリヒトは迷いなく頷いた。その後、確かに自分がやったことに関して不思議そうに首を傾げていたが。
……じゃあいっか!本人いいって言ってるもんね‼
次の日、懲りずにやってきたブタが部屋に踏みいろうとした瞬間リヒトが絞め落とした。
おお。凄い。意識を取り戻さないように薬と気絶呪文を使ってから殴る蹴るの暴行。
ひと段落して壁際にもどる彼の足の下には、簀巻きになったブタが踏みつけられている。意識を取り戻したらさぞ面白いことになるだろう。なるだろうが、同時に興味深いなと思っている。
どうやら魔法…又は魔力って、かけられた本人は基本的に自分の欲求に素直になる傾向がある。程度に関しては個人差あるけど。
となると、リヒトは常にあのブタを足蹴にしたいという欲求があるという事だろうか。リヒト…前からやたら従順だと思ってたけど、裏では結構女王さま気質だったりするのかな?……いやいやいやいや!ダメだろう‼リヒト!まだ18なのに‼そんなアブノーマルな世界に踏み入れるのはお姉さん許しませんよ⁉開花はせめて成人になってからにしなさい‼……ってこの世界じゃ成人やん。
15歳で成人だよね。そうだった。
…ん?世界観が分からんだと?待って。私も今混乱してるから。
えっとね、整頓してみるとこんな感じ。
8歳、お茶会への出席解禁
14~15歳、社交界デビュー
15歳、魔力持ちは強制で入学
18歳、卒業と同時にどこかに就職か嫁ぐ
15歳っていうのが、成人で、大抵の貴族は成人と同時に夜会に顔を出し始める。お茶会参加はある程度教養と常識を学んでからだから公のものは8歳からと決まっているが、うちの家は10歳からにしている。…というか、多分、私も思ったけど、お茶会面倒なんだよね。
因みに出会った当時のリヒトは15歳で入学して半年だったから、ここ3年間、学園と私のそばを行き来する形で護衛を担ってくれていた。王族からの口利きと、本人の元々のポテンシャルが高すぎるせいで学ぶ事とかほとんど無かったから、籍だけ置いて試験だけ受ければ問題なかったらしい。おかげで離れているのも一日数時間だった。転移魔法が使えるって強みだよね。ついこの間卒業してからはべったりだったけどね。
まあ、それはそうと、
「リヒト、楽しい?」
「はい。愉快です」
そうか、それは大変よろしい。アブノーマルな感じで一応まだ童女である主人の目の前で見せていいプレイかどうかはともかくとして、素直でよろしい。まあ精神年齢、ハインリヒの倍近くあるから私自身は構わないけれど。
「私から質問してもよろしいでしょうか」
「なに?」
「お嬢様はなぜ、怒らないのですか」
「怒ってるよ?」
私の即答にハインリヒは戸惑ったようだ。そりゃそうか。親の仇を目の前にしておきながら、こんな態度だし。まあ怒り憎しみを表に出して魔力制御できなくなったら困るのもあるけど、私が何か反応見せる前にリヒトが片付けちゃうからね。どちらかといえば唖然のほうがおおきいんだよ。
「その、割には、手を出しておられませんが」
「だって、気絶してるじゃない?」
そう、そして最大の理由はそこなのだ。気絶している相手に暴力振るって何が楽しいのか。
「気絶してたら、どんな事されても、自分が心身共にどこまで落ちぶれたボロ雑巾になっているか、分からないじゃない?」
皆さま、お忘れでしょうか。私がかつて未来で私を害すであろう幼馴染たちの首をサクッと落として八つ裂きにしようとしていたことを。
三年間を過ごして、私も考えを改める事にしたんです。
命をとるのは、いけないことですから。私だって一度死を体験した身だもの。理由はどうあれ命を落とすという人間に対して、同情が芽生えたんだ…。
だから、
私のことを害する人間は、意識のあるままで順番に四肢を捥いで、痛みと共に恐怖を覚えさせ人格矯正コース行きにすることにしたんだ。
え?酷い?私は人を害する奴の方が酷いと思うけど。なに、自業自得で結果多少生活が不便になるだけの話だよ。身体的にも、社会的にも、ね。命は取っていないしね。ただ、殺されるかもとこいつに手出ししたらヤバいっていう2つの事を教訓として本能に刻み込んでやれば、多分もう二度とこないでしょ?私が言ってるのはそういう事。
もちろん性格矯正する部分は楽しむよ。
その点リヒトは優しいよね。多分治癒魔法使ってなかった事にはするけど、殴る蹴るで満足してあげるんだから。
それにしても楽しそう。
………あれ?
人形のように虚ろな目のままだけど、確かに今ハインリヒを縛っていた魔力にヒビが入ったような。
「……ねえ、リヒト。他に何か聞きたいことがあればこたえるよ?」
「……お嬢、様に、」
声が滑らかに出てこない。質問はあるのだろう。本能の、というか、常日頃聴きたかった素直な質問が。それを彼自身の意識がやめろと止めている気がする。
自分を縛る(素直に言葉を述べさせようとする)魔力と、自分の(理性に似た、彼自身の良心もしくは忠誠心のある)魔力が喧嘩をしているのだ。
その質問をしたら、私に害があると、リヒトは思っているのだろうか。…一体どんな質問が飛び出すやら。
「うん。いってごらん」
「お、嬢…さま、は。
なぜ、…な、ぜ……」
泣かないのですか。と、その言葉をリヒトが口にした瞬間。ハインリヒの魔力が極限まで高まって、支配魔法を粉々にした。
おお、すごい。意外と早く、しかも自分の力で打ち勝つとは。
打ち勝った故の反動か、ふらり、と身体がよろけたので、なんとか崩れ落ちる前に手を貸そうとしたのだが、ハインリヒは足場の顔を踏みつけて崩れるのを防止しつつ、しっかりと私を見て、跪いた。
「申し訳ありません。お嬢様。
数々の失態に、貴方様への不敬、犯罪行為の数々。この命を以ってお詫び致します…!」
どうやら精神支配を受けていた時の記憶は消えていなかったらしい。面倒だなぁ。忘れてくれてた方が色々都合が良かったんだけど。
だからって魔力流して私の支配下に置く気もないわけだけど。
「リヒト。顔をあげなさい」
「っ、貴女様に、向けられるような顔など、もう御座いません…!
私は知らぬ間にあの男の傀儡になり、貴女に対して、取り返しのつかない非道の数々を行いました……!どうか、このまま私を」
「死んで逃げるの?」
おっと。思ったよりも冷たい声が出てしまったじゃないか。リヒトは息を飲んだ。それもそうか。こんな風に冷たい声なんて出したことなかったもんね。敵以外には。
「私は、…いいえ、この私が、顔を上げろと言ったのよ」
多少高慢に投げかけた方が、リヒトが大喜びするのを知っている。先ほどまで見事にS気質を見せつけていたけど、私の前では基本Mだもん。この子。お姉さんはきみの将来が心配だよ…。お嫁さんはせめてノーマルであって欲しい。
思った通りリヒトは顔を上げた。が、
「……泣いてるの?」
「で、ですからっ、お、お嬢様に見せられるような顔は、わたしには、もうっ」
「私が傷ついたと思った?」
リヒトが先ほどした質問は、たしか怒らないのかと、何で泣かないのかだったけど。それの答えは単純明快だ。
「私の魔力、強すぎるから、感情を感じたままにする訳にはいかないのはわかるよね」
「は、はい」
「良い感情はともかくとして、悪い感情はろくなことにならない。だから私自身、そういう感情はあまり持たないように、持っても出さないようにしてる」
もちろんそれもリヒトは分かっている。それでも聞きたい質問だったのは、彼自身、負の感情というのがどれだけ断ち切っても断ち切れないものなのだと今回精神支配を受けてわかったからなのだろう。
だから答えてやろう。
「私にも、割り切れない感情はいくつもあるし今回は特にね。正直な話、泣いていただろう。
リヒトがいなかったら」
疑問の色が濃い。本当に意味がわからないのだろう。そりゃそうだろう。私もさっき納得したばかりだ。お陰でリヒト自身に魔法を撃破させる事が出来たのだけど。
「君は、私の代わりに憤ってくれたし、怒ってくれたし、悲しんでくれる。
今はまだ泣くこともできない私の分も泣いてくれる。
それに、君は約束を破らなかった。おぼえてるかな。私が君に望んだことを」
けして、独りにしないこと。
私はそれを望んだ。その望みは元々、自分を守る為という意味合いだったけど、少しずつ変わっていった。今では彼が、私のストッパーの1つになっている。大事な身内だ。決して、失いたくないものの1つだ。私は、周りの人間にも死んでほしくない。もう誰も、奪わせてなるものか。
独りにしないことを望むのは、独りになりたくないから。ささやかな願いだとお兄様達はいったけど、多分酷く我儘な願いだろう。だって私は、その為なら、どんな手段も使うだろう。死にたいと望んでも、その願いは却下する。他人の人生さえ私の望む方向に変えてしまう。まさに、リヒトの嫌う貴族そのものだ。
「洗脳状態にあっても、君は私を独りにしなかった。しかも私を守って、代わりに泣いてくれた。
その上、自分で精神支配から抜け出した。
そんなにも頑張ってくれている君を私が犬死にさせるはずが無い。罰が欲しいならくれてやるわ。
だけどね、その罰ですら、私の役に立たないものなら要らないのよ」
「シェリティア様…」
「君は、私の感情。私の従者。
君自身が悪意を持って私を害したわけではないのは、魔力を通したときによく理解できた」
「!魔力を、通す……⁈」
「怒っていいよ。君の感情や記憶を一部見てしまったし。君は随分私に過去に触れられるのを嫌がっていたし、なにより、私がなんと言おうと……君は、自分がした事を忘れられずに生きるだろう?
私は君を罰する気は無いし、勿論罰を与えさせもしない。
死ぬことはもっと許さない。
君は悪意に晒される。忍びないなとは、思うけどね」
「お嬢様が、それでよくとも…。許さない方は、王子殿下たちがおります」
「大丈夫。
罰を受ける人間は、今回沢山出るからそれを虐めて鬱憤は晴らしてくれるだろうし。
それに、私は今から、君に酷いことするからね」
「え?」
なるべく優しく頬に触れて、おやすみと呟けば、リヒトはいとも簡単に眠ってしまった。身体が崩れ落ちたので、浮遊魔法でベッドの上に乗せてあげる。
え?今から何するのって?
…思っちゃったんだよねぇ。今、この国と貴族社会から逃げる最大のチャンスだって。混乱に乗じて、ここから姿を消す。リヒトは置いていく。行き先もヒントもあげない。他の人たちより関わり合いが強かったにもかかわらず、だ。それなりにいい罰になる。
まあ勿論、更に混乱するし、家が無くなってしまうと不味いらしいので、手を打とうと思う。
「ブタには最後まで踊ってもらおう」
見ていて愉快ではないけどね。欲しがっていたものを、くれてやろう。……なんか私悪役っぽい…?とか思いつつブタに私の魔力を故意に流し込む。え?リヒトの時みたいな治療かって?んなわけないじゃん。
「身体が弾けないといいけど」
複雑に、何人分も取り込まれていた魔力を全てわたしの魔力と同質に変換。
「元々魔力を持っていない者に、魔力持ちの…しかもこの国とは異なる魔力を滞留させたら、どうなるかな?」
ブタの体が意識もなくのたうち回っている。…思った以上に気持ち悪い。精神衛生上、こいつの側にいるのは良くない。眠ったリヒトをまた浮遊で連れて部屋を出る。屋敷の中は静か。どうやら、使用人はいないようだ。良かった良かった。一般人巻き込んだら大変なことになるもんね。
でも、加担した魔術師は別だよね。恐らくブタの中の魔力が急激に変化したのに気付いたんだと思う。慌てたようにこちらに向かってくるので、容赦なく拘束して、こちらには私から電撃のプレゼント。感電して少しは思考も口も柔軟になるだろう。
…そろそろ日没。闇に紛れるのには丁度いい時間だ。




