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傑物の一族の傑物ですが、なにか?  作者: 猫側縁
第1章 公爵令嬢 シェリティア・ステラリュート
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第1夜




その夜四大公爵家が1つステラリュート家は待望の跡取りの誕生に、屋敷の人間は大忙しだった。


四大公爵。それは国の貴族の中で最も位、格式高く、歴史ある家。

建国の五賢者の血を継ぐ者達であるため、この国では王族、四大公爵、準公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と分けられている。四大公爵家は準王族とも言える。

その四大公爵家は

軍事の要を担うカルナス家、

政務の要を担うコードルワール家、

魔術の要を担うデュランダル家、

そして最後に、このステラリュート家。


軍事・政務・魔術の家系だけで表向き充分に国として機能する為に、準公爵以下の家には軽んじられ気味ではあるが、ステラリュートは最も国に貢献している割合が大きい。無知なものが何も知らないだけで。

このステラリュート家が途絶えた時、王国は無遠慮に無慈悲に他国に蹂躙されて無様に地に堕ちる。

この家は何が何でも存続しなければならない国の要であることは確かだった。

その家の、待望の跡継ぎ。その誕生。

一大事でないはずがないのだ。

お陰で領民は朝から晩まで三日三晩次の領主の誕生日を祝う宴の準備をして今か今かとその印を待っている。

誰しもが望んで数百年に一度の極夜の空を見上げた。

そんな中、


「こんな時に旦那様はまた…⁈」

「……よい。儂が後見の儀を行う」


先代の伴侶、生まれる赤子の祖父にあたるゴドリックは、赤子の父親にあたる男の不在に溜息をついて、心底哀れと思うだけだった。


後見の儀とは、産まれた赤子と契約という形で、そのものが将来その家を継ぐという確かな証を与えるものなのだ。

通常は父親が執り行うが、この公爵家の事情は少し違う。女系の女傑の一族なのだ。血を第一に、証がそれを保証する。この家の現当主は母親マリア。諸事情あって父親の方には公爵家の名を語る資格もない。入り婿も婚姻式で正式に一族に名を連ねることを許されるはずなのだがもちろん、この公爵家の一族の中に名を連ねる事は許されなかった。だから現当主マリアの父である、つまり赤子の祖父にあたる隠居のゴドリックが後見の儀を執り行うことが正当となる。


「…古い友人の頼みで我が娘をくれてやったが間違いだったやもしれん」


その友人が当主だった頃は、準公爵の地位を築いていたその家は、その子、そして孫に爵位が渡る度に降格して行き、遂には子爵位。普通ならこんなに短期間で爵位が落ちることなどないのだが、公爵家の情報網を駆使しても詳細が明かされなかったことから、王家に対しての非礼の可能性が高い。本来そんな家とは縁を切るのが貴族ではあるが、友人を見捨てることはゴドリックには出来なかった。

だからそれぞれ娘と孫を結婚させた。それで少しはマシになるかもしれないという期待があったのかもしれないが。



さて、赤子の父親がこんな大事な日にここにいない理由は簡単。

愛人の家に行っているからである。

没落貴族の父親は、その父親とこのゴドリックが旧知の仲であったために、マリアと結婚できたのだが、マリアは顔・地位・知識・魔力に至るまで正に女傑だった。それ故の劣等感のために、夫婦仲は良くなかった上に愛人の元に逃げる。そのくせ貢物の為か、浪費は酷く、パーティーや夜会は好きなまさに愚か者だった。

それはいくら巧妙に隠せど、公爵家にかかれば子供の浅知恵にも劣るものでしかない。それこそが一族の印を貰えなかった理由だ。これで一切の証拠も掴ませないだけの賢さがあったなら黙認されたかもしれないが。


セドリックは義理の息子であるライナスの悪事の数々を証拠と共に既に抑えてあり、今日の喜ばしい日を終えた後に決着をつける算段だった。


そうして夜が更けて行く。

赤ん坊の産声。数百年に一度の極夜の夜に彼女は産まれた。


「シェリティア……」


マリアは嬉しそうに一筋涙を流した。

白銀の髪と宝石のように深い青色の瞳。恐ろしい程、生き写しのようだ。ただマリアと違うのはタレ目な部分と、泣き黒子はおそらく祖父譲りだ。


「よかった。…あの人に似てなくて」


もちろんマリアは中身に関しては心配していなかった。なにせ産声を上げたのは最初だけ。その後は割とすぐに泣き止み目をパチパチさせながらマリアをじっと見たからである。


「うちの家系は、産まれて一声上げたら黙るのが習慣だそうだから」


つまり、傑物である印なのだそうだ。

泣き喚いているようではすぐに行われる後見の儀も行えない。それが今まで恙無く行われてきたということは、血が途切れていない証でもあるのだ。


「おぉ…マリア…!よくやった…!」

「お父様……。シェリティアをどうかよろしくお願いします…‼」


親が近くにいる方が安心なので、シェリティアは母の腕から祖父の腕の中に移され、同じ部屋の中で儀式を行う。大きく複雑な術式の組み込まれた魔法円の書かれた布が置かれ、中心にゴドリックが立つ。

後見の儀とは、一族の末席に加わることを認めるものであって、魔法円などは必要ない。書類に一筆くらいのものなのだ。だが、このステラリュート家では使用される。何故なら、魔法契約で強く一族に繋げられると同時に、魔力の制限を解放するものであるからだ。


「シェリティアの名を我が紋に刻み、我ら一族の末席にして主となる者と認める」


足元の魔法陣が光りだす。その光は赤子の魔力量を示す。弱ければ陣が少し明るい程度。だが傑物の一族は伊達ではない。

魔法陣の書かれた布自体が発光を始め光の粒子になり弾ける。光は天窓を高く抜けて白夜の空に家紋の刻まれた大円陣を描く。濃く、はっきりと。月の光すらか細く見える程に眩く。まるで昼間のように領地を照らした。

その瞬間、領地中から花火が上がり、喜びの声が響き渡った。


「ほう…これはまた……」


ここまではこのステラリュート家では珍しくない。だがこの赤子の光は小1時間ほど出現し続けた。今までにない事なのだ。赤子の魔力など高が知れているからである。一度放出という形で空に焼き付いたらそれで終わり。発光を続けるというのは、放出し続けているということ。なので、そんな事を出来るものは選ばれた魔術師と呼ばれる魔導師のみだ。


「この子は、規格外の大物だな」


この傑物の家系においてなお傑物である。

それがどんな意味を持つのか。

やがて疲れたのか腕の中の少女はゆっくり眠っていく。それに伴ってゆっくりそらの印も、光の粒子が霧散して消えて、極夜へと戻っていく。なんとも幻想的な風景だった。


「お前の進む道は多難を極めるやもしれん。

お前の魔力を利用しようと企む輩は残念ながらこの国においてもいるであろう。

だが、恐れることはない。

お前が進むと決めた道に、お前が越えられない壁などきっとないのだから」


そうして、数百年に一度の極夜に、膨大な魔力を持つ未来の女傑、

シェリティア・ステラリュートはこの世に生まれ落ちたのだ。



シェリティアという少女は、歴代のステラリュート家の子供の中でも、傑物と呼ぶに相応しい人間だった。

いくら傑物の一族と呼ばれるこの家の人間でも、生まれた時から傑物なわけではない。

精神の成長が普通より早く、それ故に精神の成熟が不可欠な魔法の扱いに長け、だからこそ、その歳にしては大人び過ぎている。そしてそれだけではなく、行動には必ず結果を出す。だからこその、傑物の称号だった。

しかし、この少女はその根本から違った。成長したというよりは、初めから成長し切ったような人間だったのだ。もちろんそれは身体の成長ではない。中身、精神、心と呼ばれるようなものの事だ。

そして彼女はまるで歌を紡ぐように穏やかに、その歳ではあり得ないことをしていった。

誰も教えた覚えがないのに文字の読み書きを普通にして、癇癪を起こしたり、わがままを言うことも無い。ただいつも静かに、そこに存在しているようで、けれど時折予言めいたことを言う。しかもそれが当たるからさあ大変。気づけば傑物の中の傑物と噂が立つようになった。


「シェリティアちゃんはどんな大人になるのかしら?」


現公爵、マリアが、シェリティアとお茶を飲みながら、ふと未来を想像して嬉しそうにした時のことだ。

その時初めて、少女は動揺を見せた。

いつものようにシェリティアは、少し考えた後、最終的には公爵位を継いで家を守ると言うと思っていたマリアからすると意外なことだった。


「シェリティアちゃん?」

「……おいしいですね」


マナーよく紅茶を飲んで、何かを誤魔化したことなど分かり切っている。それでもマリアはそれ以上問うことはしなかった。一瞬の動揺と共に、その瞳に映り込んだのは恐怖だったから。

この一族においても、優秀すぎる彼女は、一体未来に何をみたのか。


もちろん、それは誰にも分からない。

それは未来の事だから。


……なにはともあれ、彼女は生まれ、そして傑物の称号を得た。

そして始まる。


これは彼女の話。

誰の為でもない、彼女が生きる為の世界の話。

全てを使って生き残りたい、そんな人間の物語。

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