少女お試し期間3
「凄い!広い!なにこれ!」
「うるさい...」
焼き石で舗装された道、両側に広がるのは整備の行き届いた花壇。
奥には左右対称で頂点がドーム状の宮殿が広がっていた。
この環境に感嘆しないわけがないのだが、うちの弟子はかなりうるさい。
「ははは、むしろ褒められているようで嬉しいですよ。」
「はぁ、申し訳ないです。」
「でも凄いでしょう。この国含め先進四帝国以外作れませんよ。
因みに、モチーフにしたのはタージマハルです。」
「あのインドの宮殿がモチーフになったのですか。」
「私も知ってます!ユネスコに登録されてる廟ですよね!確かアルジュマンド・バーヌー・ベーグムさんの墓ですよね?」
『え?』
俺とフィーゼラーは同時に発声してしまった。
「お前、wikiで今調べた?」
「な訳ないですよ!元々の知識ですよ!」
「随分と...記憶力があるのですね。それとも歴史に趣味があるですかな?」
「いやー、小さいころから色々と仕込まれてたんでたまたまですよ。」
「では、この建物に使われている工材は?」
「白大理石!」
「せ、正解です。」
リリスはえ?と、さも当然そうな顔つきで歩みを進める。
「それよりも師匠!何でここに来たんですか?」
先程の流れを一瞬で変えるような質問に驚いたが、ナイスな質問だ。
ここに来る本題を忘れてしまっていた。
「フィーゼラーさん、親衛隊特別会議室に行きたいんですが案内頼みませんか?」
「例の話、ですか。わかりました。因みにお弟子さんはどうなされますか?」
「この話は特級の情報。リリスはこのまま宮殿の待機室に行ってもらっていいか?」
「は、はい師匠!」
宮殿の執事にリリスを預け、その背中を見送るとその足で会議室のある親衛隊本部の
建物に向かう。
そして、庭園の水路沿いを5分ほど歩くと、親衛隊本部に着いた。
その建物はこの場には似合わない鉄筋コンクリート製の建物で、正八角形をしておりそれぞれの面には砲座や銃眼がずらりと並び、要塞と化している。
そして、鋼鉄製の重々しい扉をゆっくりと開ける。
「さあ、お座りください。よくぞここまで。」
ショートバック&サイドの髪形で青年の風貌、紺のフロックコートに下は背広のネクタイ、ワイシャツで、王の風格はあまりないのだがこれでもこのクランを纏める代表者である。
「初めまして。私はエスパニアから配属されました。航空軍中将の龍成です。」
会議室には、国家代表のシビリック、外交官のフィーゼラー、陸軍大将のアルベルト、航中軍総長のシャルンホルスト、財務官のサカモト。
それぞれこのクラン、いや”国家”の最高指揮を担当する者たちだ。
そして、何故俺が派遣されたのか。ここで説明せねばならない。
「さて、来て早々なんですが、本題のほうをお願いします。」
シビリック王に促され、一度会釈すると立ち上がる。
『これより話す内容は混乱を避けるため、”四帝連合”の公式な許可が出ない限り
他言無用をお願いします。』
「ログアウトできない、その理由ですか?」
陸軍総長のアルベルトが知っていた、かのように言う。
「それは変異の一部でしかありません。」
「それはどういうことですかな?」
「ログアウト騒ぎから三日前の話になります。我々エスパニアは四桁東部の飛び地、
白竜省の油田権益を巡り”AT&T”という中東系クランと戦闘を行っていました。
その戦闘の際、今まで存在しなかった出血表現、過度な痛覚、残酷な表現がありました。
そしてもっとも重要な事態、
”一度戦闘不能となった場合もう二度とゲームに復帰しない”
ことが分かったのです。」
会議室のひんやりとした空気は徐々に重苦しさを増す。
「戦闘不能となった後の情報は?」
「帰還者がいないため確認のしようがないのです。」
「それはまるで現実世界の状態と同じではないか...」
「その通りですシャルンホルスト総長。ですが、違う点も多いです。
レベル、HP、MPといった数値表記は無くなったものの、
我々の能力に変化はありません。
また、攻撃、防御魔法も大体の技のイメージと名前を頭に思い浮かべれば
発生させることが出来ます。」
「それはつまり現実世界と混同した状態、ということですか。」
「この世界を簡単に要約するならばその通りです。」
静寂に包まれる。皆、強張った表情で姿勢を変えずに考えている。
もちろん、この状況の打開だ。
しかし、現状を打開しようとせず現行のままを望む三桁の人間と考え方が全く違っていた。
やはり7つも桁が違えば考え方も違うのだろう。
財務官のサカモトが手を挙げる。
「現実世界と混同したという事はこのゲームで出来ない事項、通貨の生成、レシピ系列に乗らない
新しい武具、これらを作成する事はやはり可能になったという事ですか?」
財務官としては通貨の生成について一番気にしているのだろう。
「残念ながら、シルバーは生産可能です。ある程度の鋳造技術、印刷技術があれば
容易く作れてしまいます。それはまた武具もしかりです。
ステータスに関しては検証中なのでお答えできませんが。」
「そ、それでは世界の物価は崩壊してしまう!」
椅子が倒れ、ガタンッという音が静粛に響く。
彼の憂いに皆同意し、俺のほうに視線を集中させた。
「大丈夫です。四帝会議でも同じ話が出ましたが、我々が新通貨”エン”
を流通させます。
我々の最新の鋳造技術と印刷技術、軍事、豊富な物産、有数の市場を最大限
利用し、価値の低下するシルバーの代替えとします。
そして、この通貨はあくまでも基軸通貨として機能させます。なので、
ガレオンでも通貨を作っていただいてもかまいません。」
「つまり、世界の基準を四帝とする、という事ですか?」
「通貨に関しては信用などがあります。そして、基軸通貨である最大の要件、
軍事的にすべての国々に対して優越しているのは
四か国だけです。それら連合が発行する物を基軸としないで
何を基軸とするのか、と言うのが”武帝”の意見です。」
「武帝様が...分かりました。それならば信用できます。」
この世界の全ステータス第二位の武帝の意見であれば仕方ない、とサカモトは話を終える。
「他に疑問などがあればお聞きください。」
スッと、手を挙げたのはシビリック王だった。
「最近、戦闘士官から聞いた話なんですが”NPCに意思がある”と
話していたんです。これは本当ですか?」
俺は言葉に詰まった。
なんだそれは、聞いたことがない。
そして、少し考え、ある一つの結論に辿り着いた。
(そう、そうなのだ。この世界をまだ現実と言い切れない理由は”この世界の原住民(NPC)”。
現実世界には意思を持たない生物は存在しない。
一定の決められた動きしかしない人間は存在しない。
だからまだ仮想世界の面影を持っていた。
しかし、これがそうではなく我々と同じ存在になっていたとしたら...)
これ以上の考察は不要だった。
『訂正します。
もし、その話が本当だとすればこの世界は”現実”であると・・・』