少女お試し期間
背後に丘陵と前方には森林地帯、そこに丁度挟まれた平原。
そこにはこの地域の国や集団を容易く薙ぎ払えるポテンシャルを秘めた従来は8桁の中ボスの
扱いを受けるビナー級がゆっくりと人の集まる地域へと進撃を行っていた。
(ここはアイツの居ていい場所じゃないんだけどなぁ。)
言っておくが、この世界では俺より強い人間は数多く存在する。
ただ、この桁では話が違う。
俺の名前、いや、アバター名は龍成。
・・・ランカー、廃人、様々な呼び方をされてきた。
それらの呼び名は尊敬、軽蔑、嫉妬、様々な意味を込められている。
ただ、それらにはもう慣れた。
技を詠唱するなんてことはしない、頭で技を選択するだけ。
あとは発動時間に身を任せて待っていればいい。
そこに何か考えることなど何もない、ましてや他人にその作業を伝授する事なども。
「おはようございます師匠!今日は何をするんですか!?」
朝から殊勝な挨拶だことだ。
って、そうではなく...
「師匠って、弟子は募集してないんだけど・・・?」
「何を言っているのです師匠!募集じゃなくて志願ですよ!」
目をキラキラとさせながら右後ろにぴったりとついてくる。
この調子では諦める事はなさそうだ。
厄介ごとに巻き込まれ、大きくため息をつく。
これも全てはこんな下層に左遷させたクラマスのせいだ。
変わらぬ中世ヨーロッパを模した建物が並ぶ10桁第二位の国家”ガレオン”。
その首都”フェスタン・プール”。
南北には海と巨大な湖が広がり、東西に伸びる貿易路の要衝に作られた堅牢な城壁の中には約40万人が暮らす。
中心部にはガレオンの根拠地であるセグレタス宮殿が鎮座している。
「これからどこに行くんですか師匠?」
「宮殿だけど...?というか、師匠じゃないし。」
「いいじゃないですか!気にしない気にしない!」
「気にしないって、少しは気にして?」
ハイテンションな銀髪女性が真後ろをぴったりとついてくる。
「でも聞きましたよー。上位の中の上位、廃人の中の廃人しかいない三桁の人間なんでしょう?」
一体、何者何なんだこの女は。
一言も出自を発していないのにも関わらず三桁勢でも影の薄い俺を知っているなんて。
「ああ、そうだけど。でも、なんで知ってるのかな?」
俺の質問に目を輝かせるとこう答えた。
「私、エリチさんの配信よく見てまして!よくエリチさんが”リュウセイはヤバイ奴”って言ってまして
その時言っていた特徴がそっくりだったんですよね。それに友人が名前を聞いた途端驚いて回線落ちしたんですよ。
何か心当たりありますか?」
あんの野郎...配信でロクでもない事言いやがったな。
恐らくは前回の拠点戦争の話だ。
口止めしたのに言いふらすとはいい度胸をしてやがる。
「いや、何もない。それはデマだ。忘れてくれ。」
「ふぅん?まあそんなことは良いんですよ。」
そんなことなんだ、と内心ホッとする。
変に詮索されればこっちも言い訳が大変になるところだった。
「実は私ですね、この地域の地形と気候には詳しいんですよ?
絶対役に立つんでギブ&テイクでお試し期間を頂けませんか?」
「それは、どれくらい?」
「やっぱり食いついてくれましたね!エリチさんの言っていた通りでした!
因みに、どれぐらいかと言えばこの東部領域の一か月の天気予報と局所的な気候変動、大通りから裏道まで
完璧に把握していますよ!」
驚いた。
単純にこの話が真実ならばこの地域の任務がより有利になるのは明白。
それよりなによりその記憶力はステータスではなく単純な能力であり間違いない、天才だ。
試すわけではないが、信じる価値はありそうだ。
「...そのお試し期間、乗ってやろう!」