十桁動乱編 ③
今日も今日とて暇である。
昨日は散々な目に会った龍成は、今日はコーヒーを我慢
せざるを得ない。
それにしても相も変わらず昼に起きる生活は変わらない。
頭をポリポリと掻きながら、歯磨き、洗顔を済ませたら
セグレタス宮殿を徘徊する。
調理室からはふんわりとバターの香りが漂っている。
すこし覗いてみると、どうやら今日の昼食はオムライスのようだ。
そして、赤絨毯の長い廊下を100mほど進むと右の窓から修練に励む魔導士達
が見える。
真剣な表情で、柄まで鉄製の重厚な訓練用の剣を振るっている。
その中でも、一際大きな大剣を振るう男が一人。
龍成の視線に気付くと駆け寄る。
「龍成殿!今日もいつも通り”おそよう”ございます」
最近、宮廷魔導士小隊長から中隊長に任命されたイロアスだ。
「おそようやめい」
「ご一緒に修練はいかがですかな?今日のメニューは
フル装備で10㎞のランニングと、素振り、主な筋トレと魔術理論の
勉強です。」
「今日もフルコースじゃないか...」
「そういえば龍成殿の魔術理論がまたレイチャー誌に取り上げられて
いましたよ。」
レイチャー誌とは、魔術関連の話題や最新技術を知る事のできる
雑誌である。龍成はそこに論文をちょこちょこ寄稿していたのだ。
「私も読みましたよ!」
「き、君は?」
「私は、宮廷魔導士中隊副隊長のリビア・レファーニス・キルヘンと
申します。」
鉄製のバイザーを取ると、赤い髪が解放されたことを喜んでいるかの
ようにふわりと広がる。
目は深紅で、健康的なピンクの肌、そしてかなり若い。
「失礼ですが、何歳ですか?」
「24歳です。」
「わ、若過ぎ...」
「当の龍成さんもかなり若いじゃないですか。」
「いや、こう見えてもう”16”歳なんですよ」
・・・あれ?
「こう見えるもなにも、そのままじゃないですか~」
「いや、だから”16”歳、じゃなくて!もっと高い年齢なんですよ
そう、俺は”16”歳...あれ?」
おかしい、俺の年齢は25歳だ・・・
勿論それはリアルの話で、こちらの世界でもその年齢で通ってきた。
ただ、この龍成というキャラの設定は16歳。
頭の中では25歳と思っていても口から吐き出されるのは16という数字。
いったいどうなっているのだ...
「だ、大丈夫ですか?」
「い、いや、何でもないですよ。そうです、16歳です」
「ほらやっぱり、私よりも年下じゃないですか。」
もうどうにでもなってしまえだ。
年齢ぐらい詐称したって怒られたりはしないだろう。
というか、言わせてくれないじゃないか。
誰に愚痴を言っているのか、龍成はそう思った。
「それより、この論文です。魔法の根本を突くような内容でしたね!」
鎧のポケットからレイチャー誌の切り取りを取り出す。
「それは、”魔力はどこからやってくるのか”の論文...」
「魔法は熱エネルギーとか、運動エネルギーに変換できる
自由物質なんですよね。論文だと魔法エネルギーとしてましたケド。
ただ、魔力の発生元が宇宙だなんて面白い着眼点だなと思いまして!
あと―――」
彼女は目を輝かせながら論文のあれやこれやや感想や疑問点を
教えてくれた。
「リビア!そろそろ戻るぞ!」
「ま、まだ話し足りないです!!」
「龍成殿はいつもいらっしゃるから大丈夫だ!」
まるで引きこもりみたいな扱いで困る。
ただ、彼女が途中で言った文言が気になった。
『魔法は何故、炎や水、氷、電気、みたいに実体化しないと観測
できないんですかね?純粋な魔力だけの結晶なんて見たことないですし、
魔力と言われるものが液体かも気体かもわからないですし、不思議な物質ですよね』
これは、ダークマターと性質が凄い似ている。
そこにあるのにそこにはない、矛盾のような物質だが確かに存在しているのだ。
果たして、魔法とは何なのか、これが自分の研究テーマでもある。
「では訓練に戻りますので!」
「ま、まだッ!!」
イロアスのヘッドロックから逃れるすべなどないのだ。
俺は右手をひらひらと振り見送る。
今日は特にやることもなく暇だ。また研究でもして暇を潰そう...
「ああ!こちらにいましたか。」
「アルベルト、どうしたんだ?」
「いや、少しお時間をいただけませんか?」
「今?」
「いえ、来週から一か月間です。」
「...へ?」
唐突に埋まる予定、俺はアルベルトから聞かされた内容に頷くことになる。




