十桁動乱編 ①
この世界に留まり続けて早一ヶ月。
格段の変化はなく、フェスタン・プールも以前と変わらない
活気に溢れている。
一時混乱に見舞われたこのゲーム。
今では適応できているようだ。
まったく、人間の適応能力とはすごいものだ。
しかし、困った問題もある。
自身のステータスを客観的に見ることのできるレベルシステムが
消えてしまった。
「最近の調子はどうですか?」
街の中で奴隷階級の集まる、フェスタンプールのスラム街と言われる
”リザ地区”にある喫茶店に来ていた。
「いや、本当に何もすることが無くてね。
こうしてコーヒーを飲みに来てるんだけど。」
店主の名はソレイド・ハルトマンという老紳士だ。
絶品の水出しコーヒーを提供してくれている。
「こんなスラム街でコーヒーを飲む人間は
そんなにいない。龍成さん含めて数人ぐらいしかいませんよ。」
ポタっ、ポタっ、と後ろの水出し器がリズムを刻む。
こうやって時間をかけてコーヒーを作るのだ。
「そういえば、お弟子さんは最近どうなんですか?」
「ああ、リリスの事。そういえば最近はA級冒険者として色々と討伐仕事してる
らしいけどね。」
「最近はお会いになってないんですか?」
「いや、会ってはいるけど基本的に帰った時には寝てるし、朝は四時からギルドに行って
討伐仕事してるから全然話す機会はないよ」
最近の龍成の生活は昼に起きて街をぶらつき夜は魔法工学の研究。
完全に自由人と化していた。
逆にリリスは忙しい日々を送っている。何が目的かは分からないがお金もためているらしい。
「師匠としての努めはしなくても大丈夫なのですか?」
「こっちにもこっちのやり方があるからね。聞かれるまではこっちから
アクションを取ることは無いよ。」
コンコンコン、と三回の小さなノック。
「おや、メルストさん。こんな時間に珍しい。」
「うっさい、いつもの頂戴。」
紫色のショートウェーブ、中学生ぐらいの身長だろうか、150cm程度だろう。
キレ気味で入ってきたその幼女はカウンターの端の席にドカッと音を立てて座った。
「最近はどうですかな?使い魔は見つかりましたかな?」
「良さげな使い魔になりそうな人間なんてそう簡単に見つかんないわよ。」
何の話だか分からないが、俺には関係なさそうだ。
「だそうですよ、龍成さん。」
「お、俺は関係ないだろ!」
面倒ごとはリリスで十分だ。
「昼頃から暇そうにしてる奴に力なんかあるわけないでしょ。」
吐き捨てるように言う。
すこし癪に障るような物言いだ。
「ご挨拶な奴だなぁ」
「何?本当の事でしょう?」
こいつとは絶対にそりが合わなそうだ。
「そういえば今日はどうしてこんな時間に?」
「ザルベストの連中が今日来たの。どうやら私の持つ孤児院が欲しいらしい。」
「そ、それは一体どういう理由で?」
「私の孤児院はフェスタンプールを見下ろせる”ギラハト山”の中腹にあるの。
そこに監視塔を置きたいらしい。」
俺はその話を聞いて考えた。
フェスタンプールの南北には巨大な海があり、東西の陸上交易路の超が付く
要衝地帯である。また、南側の潮の流れは速く、北側には山岳と要塞が作られた
ゴルドー湾が広がっており、そこに張り出すような形で街が存在する。
つまり、攻勢をかけるとすれば一方方向に限られるとされる、地形的に防衛に適した
都市であり、これを突破するのはかなり厳しいのだ。
しかし、ギラハト山とは北側要衝の山岳地の一つで、ここにザルベストの息のかかった
連中が来るのは不味い。
「それで、何と答えたのですか?」
「もちろんNOよ。ザルベストだろうとガレオンだろうと断るわ。
でも、個人的にはガレオンには恨みがあるから。譲ろうか迷ったけど。」
俺はこの話をシビリックに報告するか迷った。
「サニファリス事件ですか...」
「サニファリス事件?」
俺の質問にソレイドは小声で教えてくれた。
「サニファリスという地区で起きた魔導士による虐殺事件です。
その中には彼女の妹、孤児院の子供たちも含まれてたんです。」
「そ、そんな事件が?」
ソレイドは頷く。
「マスター、本当に強そうな人間はいないわけ?」
赤い液体の入ったグラスをゆらゆらと揺らす。
「居ない事も...ない...ですがね? 」
ソレイドと一瞬目があった気がしたが逸らすようにコーヒーに目を落とす。
「ウソ...本当にコイツが強いっていうの?リサーチスキルが歳でボケたのかしら?」
口の悪い幼女の視線、耐えられない。
嘘をついて今日は退散だ。
「いやマスター、リリスの面倒見てくるわ。お代は置いとく。それじゃ!」
「ちょっ、待ちなさいよ!」
「ありがとうございました~」




