少女レベリング5
「宮廷魔道士の諸君!救援に来た冒険者だが!」
エリチは大声と共に堂々と体を晒し、通路に仁王立ちする。
俺も少し遅れを取ったがよたよたと隣に立った。
しかし、俺たちの見た光景は......
「………えっ、大丈夫?」
エリチの投げかけた言葉には”慣れ”が孕んでいるようで、相手側は
この惨状に対しての少女の反応にしては余りにも足りないと思っているようだ。
先程の事、俺は覚えている。
さっきのエリチはどうであったか。
そう、『グロテスク』と表現し、畏怖していたのだ。
「だ、大丈夫なわけないだろう。」
小声で誰かが呟く。
「そりゃ見ればわかるわね。ホラ、腕が千切れたなんて治してあげるから。
この龍成がね!」
・・・それが今ではどうだろうか、まるで慣れているように勝手に俺を
巻き込んで話を進めている。
物怖じしない、等ではなく、本当に自然体に接している。
そして、一番驚いているのはこの状況下で落ち着いていられる自分自身だ。
まるでエリチの表現した”グロテスク”な事態が以前にも何度もあったかのように。
「ヒールオール、じゃ欠損までは治らないから”レ・ナート”かな?」
頭では情報がいつものように流れていく。
そして、適切な判断もできている。
ヒールオールは傷と苦痛を回復させることが出来るが、欠損部位は治すことが出来ない。
レ・ナートはヒールオールよりも魔力のコストが高いが、その分完全回復させる
ことが出来るのである。
先程の全身甲冑に大剣を担いだ男が同じように前に出ようとする。
同じセリフを吐こうというのだろうか。
『我々は......』
俺の足元から直径1m程の魔法陣が展開される。
緑黄色の魔法陣からは下から上にかけて星のような光が昇っていく。
それらが数秒のうちに網状に形成されていくと、今度は回復可能範囲を
指定してやる。
その直後、点々とした光が輝きを増し、色を変える。
そして、紅葉したイチョウに似た金色の魔法陣がシリンダーの形状に変わると
彼ら宮廷魔導士が座り込む通路一帯を包み込む。
『い、一体なにを―――』
大剣男が言いかけたその直後・・・
『おおっ!腕が!腕が!!』
『足が、足が動くぞ!』
男は足を止める。
そして、俺やエリチを視線から外して振り向く。
先程まで腕や足を欠損し、絶望に打ちひしがれた魔導士たちから
聞こえるはずのない歓喜の声が一斉に響き渡る。
そして、視線はこの大剣男に集められた。
「どうです?私たちはあなた方を助けに来たの。信じてもらえたかしら。」
エリチがさも自分の手柄の様に語るので少し癪に障る。
だが、ツッコんでも話が進まないのでここは我慢だ。
大剣男は振り向くと、剣を地面に突き立て、ナイトヘルメットをゆっくりと外す。
ナイトヘルメットの中から現れたのは、茶髪にオールバック、堀の深い顔
の朱夏だろう男性だった。
そして、深々と頭を下げる。
『あなた方がどのような理由であれ、瀕死の私達に救いの手を差し伸べて頂いたこと、
とても感謝しています。』
彼が頭を下げると、後ろで座り込んでいた者たちも立ち上がり、一斉に頭を下げた。
「何はともあれ、これでこの塔の情報を聞き出せるだろう。なぁエリチってオイ!」
「うぅ、感謝されるってこんなに嬉しいんだねぇ...」
泣き始めた...
まあ確かに、ランカーになってからしっかりした感謝なんてされた事は
なかったから嬉しくないわけがない。ただ、泣く程だろうか。
さて、エリチは機能不全。
俺が話を聞き出すしかない。
「喜びに浸ってるところすみませんが、この塔に来てここまで1階層以外で
魔物を見ていないのだが、理由とか知りませんか?」
『それもそうだが、君たちの名前を知りたい。
私の名は”イロアス・ラステカ・ガルマンド”と言う。役職は大佐だ。』
「私はエスパニア陸軍たいしょッ―――ムグッ!!」
咄嗟に口を押さえる。
何をとんでもないことを言い出すかと思えばそれは言ってはいけないほうの
階級だろう!
『たい、なんですか?エスパニア?』
「いや!こいつは妄想世界の話をですね、してまして。忘れてください。」
(エリチ、それはクラマスに止められただろ。
下の階層に来てることは俺はともかくお前はお忍びなんだぞ!)
ハッ、と忘れていたのだろうか。
ぶんぶんと頭を縦に振る。どうやら理解したらしい。
「ごめんごめん、手違い手違い。私の名前はエリチ、冒険者よ。」
『階級を聞いても溜口を改めない辺り、貴女相当お強いですね?』
「そうね、一斉に来てくれても勝てるわね。」
中年金髪のスノーストームより強烈な冷風が廊下を駆け抜ける。
ピリピリとした空気が肌で感じられる。
『はっはっは!面白いお嬢さんだ。さて、次は君だが。』
「私の名前は龍成、ガレオン派遣の駐在武官です。
暫くは貴方方にお世話になると思います。」
『それは心強い!よろしく!』
差し出された右手にこたえ、握手をする。
その右手はゴツゴツとしていて、皮膚は岩のように固かった。
そして俺は本題へ話を進めた・・・
※朱夏は30歳~50歳を表す言葉です。




