グレイド、公爵に突入される
結果からいうと未然で終わった。
部屋の外からドンドンという音と、もめる声にグレイドもフランチェスカも気がついたからだ。
突入してきたのは、サンレオ公爵、フランチェスカの父だ。
物音に気づいた二人は慌ててソファーに座っているのが白々しい。
公爵はジロリとグレイドを睨むと、
「フランチェスカが見つかったなら、何故連絡してこない。」
連絡もなにも、公爵の派遣した捜索隊もあの練習場にいたのだ、知らないはずがない。
「申し訳ない、ご存知と思っていたので。」
「見つかったのは知っていたが、殿下の部屋にいるとは知らなかった。」
そっちかー!
彼女の父親に減点1を付けられたグレイドである。
どこの父親も娘の彼氏には厳しい、そして娘には甘い。
「お父様、心配かけてごめんなさい。」
フランチェスカがシュンとして謝る。
「フランチェスカ、ケガはないか。」
「急に登城した私が悪いのですもの。
グレイドもお父様も仕事の邪魔をしてしまったわ。」
そんなことない、フランチェスカに会いたかったんだと思うのはグレイドで、サンレオ公爵はお小言だ。
「その通りだ、何故迎えが来るまで護衛と待っていない?
しかも、護衛を撒くとはなんて事だ。」
ふふふ、とフランチェスカが笑う。
「お父様、冒険ですわ。」
「フランチェスカ!
そう都合よく、殿下が毎回駆けつけるとは限らんのだぞ。」
「でも、グレイドが来てくれましたわ。
ヒーローですもの。」
フランチェスカに頼りにされている、グレイドは嬉しくて舞い上がりそうである。
「今まで、お勉強ばかりで、私は実践が足りません。」
フランチェスカは、公爵とグレイドに力説し始めた。
「街の様子や、国のありかた。人々の暮らし、知識だけでなく全てです。」
まさか、その全てを自分で確認したいというのか。たくさんの護衛や供を連れては普段の様子が確認できない、というのはわかる。
「ダルメニア王国もエメレン王国のことも、知りたいのです。」
気持ちは立派だが、最初から市民の生活を知ろうというのは無謀である。
「フラン、先ずは貴族の生活からでどうだろう。
王妃の茶会に公爵夫人と参加したらどうだろうか。」
グレイドが当然の事を言うが、フランチェスカは首を横にふる。
「デビュタントで衝撃的なデビューをするの!
お茶会に出るのはそれからよ。」
既に衝撃的なデビューをしたよ、とグレイドは思っている。
今頃は噂が駆け巡っているだろう。
「それまで下級事務官として、働くのはどうかしら?」
あまりにも突拍子のないフランチェスカの提案に、飛び上がったのは公爵だ。
「ダメだ!」
グレイドも公爵の意見に賛成だ。手の早い男もいるだろう職場にフランチェスカを預けるわけにはいかない。
長い睫毛に縁取られた大きな緑色の瞳に、軽くカールのついた長いブロンド。
陶磁のような白い肌。
細い指に長い手足。
全体的に華奢な体つき。
グレイドが改めてフランチェスカを見つめる。
小さな鼻と赤く潤んだ小さな唇、あの唇とさっきまで。グレイドは自分の唇に指を当てた。
男の多い職場など、絶対に許されない。
グレイドに見つめられて、フランチェスカの方は頬を染めている。
「どうしたの?」
小さな声でグレイドに聞いてくる。
重なった手を握ると、フランチェスカがさらに赤くなって俯く。
あまりの可愛さにグレイドの顔もにやけてくる。
ウォホン。侯爵の咳ばらいが聞こえた。
父親の前で、いちゃつく二人にストップがかかったようだ。
「お父様、さっき手紙を書いた時に叔父さまにも手紙を書いたの。」
叔父さまって、どっちの叔父だ?
ダルメニア国王か、エメレン国王か、二人ともフランチェスカにとっては叔父になる。
「なんて書いたのだ?」
公爵が確認のために聞くと、フランチェスカがニコッと笑って答えた。
「好きな人が出来ました。お嫁に行きます。
止めたら絶交です。」
エメレン国王の方だ!
公爵が頭を押さえた。
「殿下、エメレン国王は手紙を見たら、小躍りして喜びますよ。
まさか殿下とは想像できない文面ですから。」
「どういうことだ?」
「フランチェスカの夫を王として教育しようと、手ぐすねひいて待っているのです。」
なるほどな、フランチェスカに夫を選べるように教育してきたという事だ。
17歳が大人として認められるデビュタントだ、それまで公に出さない理由がそれだったのか、とグレイドは理解する。
フランチェスカが好ましく思うのが、王となる資質を持つ男であるよう教育したのだろう。
グレイドは自身の王太子教育を振り返ってみる。王の資質を持つ者はたくさんいるだろうが、王となるものは僅かだ。
公爵は、この婚約はあくまで建前と踏んでいたのだと思い知らされる。
手遅れになる前で良かったと改めて思う。
こんなに可愛いフランチェスカが他の男のものになる前に気づいて良かった。
今も触れ合う肩が、繋ぐ手が、熱を持っている。