グレイド、結婚を急ぐ
グレイドの話は結婚式を最短であげたい、ということだった。
フランチェスカにも異存はないが、王太子の結婚式となると簡単にはいかない。
準備を始めて1年が普通だ。
それを半年でしたいとグレイドは言う。
キスまで3日、結婚まで半年、グレイドの中で計画が立てられる。
招待客のリストが頭の中で作成される。他にも、それに伴う外交や会議の優先順位が立てられる。
グレイドは優秀であるが、今はフランチェスカを中心に廻りだした。
それは、グレイドの多大な希望的観点でフランチェスカを見ているのは間違いない。
腕力はないが、思い立ったら家出する行動力の持ち主フランチェスカをあまく見ている。
「お父様、殿下からダンスの練習のお話があったの。
殿下のお仕事が終わってからなので、夜なの。」
もちろん、公爵が簡単に許すはずはない。
「夜の外出は危険だ。夜まで王宮に赴くことはダメだよ。」
最初からグレイドの計画は頓挫する。
だが、挫けるグレイドではない。
振られると覚悟したフランチェスカにオッケーを貰ったのだ。多少は目をつぶる。
「では、私が公爵邸に来る許可なら大丈夫だろうか?
フランチェスカの為にも仕事はきちんとしたいので、夜になってしまうが。」
そこまで言われると公爵も許可しないわけにはいかない。
「わかりました。
ただし、夜9時までです。
娘に悪い噂がたつのは困ります。
殿下の夕食も我が家で用意するようにします。」
下心いっぱいのグレイドの計画は見破られていた、ということだ。
『遅くなってしまったので、今夜は泊める、もしくは泊まる』
もともと無理な立案だとグレイドもわかっているが、惜しかった。
「グレイドとダンスの練習ができるのは嬉しい。」
喜ぶフランチェスカを見ていると、それでもいいか、と思えてくる。
王宮に戻るとグレイドにはやる事がいっぱいである。
陛下にデビュタントの令嬢達とのダンス辞退を認可させ、マーレン侯爵家からフランチェスカのエスコート権を取り戻さねばならない。
何よりもフランチェスカに目を付けただろうマーレン侯爵家次男をどうにかしたい。
フランチェスカより1歳上ということは18歳だ、まだ王立学校の学生かもしれない。
グレイドにしてみれば、僻地に軍務か事務官として飛ばしたいが、フランチェスカのエスコートが原因と知られるわけにはいけない。
まずはマーレン侯爵と会談が必要であろう、と執務官を呼んで侯爵に連絡を頼む。
「殿下、陛下とお約束の時間になります。」
侍従に促されて時計を見ると、時間が迫っている。急いで王の執務室に向かう。
「陛下、グレイドです。」
扉をノックしながら、グレイドが声をかける。
扉が開き、王の前に案内されると、侍従や執務官たちはさがり部屋から出たので王と二人きりだ。
「どうした?」
王はグレイドをソファーに勧めながら、向かいに座る。
「今年のデビュタントでは、令嬢達のダンスの相手を辞退したいのです。」
「それは、王太子としての責務だ。」
「フランチェスカがデビュタントなのです。
私は婚約者として彼女を一人にするわけにはいきません。」
王は興味深げにグレイドを見ている。
「それから、フランチェスカとの式の日程を決めたいのです。
もう、婚約期間は十分です、出来るだけ早く挙げたい。」
デビュタントすれば、夜の舞踏会にも出席することになる。
グレイドは心配でならない。
「デビュタントの令嬢達も王太子と踊ることを楽しみにしている。」
王が無理だと答える。
グレイドは、予想の範囲だと平然としている。
「いいえ、私は今後、フランチェスカ以外とは踊らないと言っているのです。」
フランチェスカを自分に縛り付けると同時に、自分もフランチェスカに縛り付けられる。それさえ、甘美な魅力に思える。
「本気か。」
どうしたんだ、と王が聞いてくる。
「陛下、いえ父上は母上がお好きですか?」
大きくなった子供から聞かれて、答えにくい言葉であろう。
「もちろん、尊敬しているよ。
大事な協力者でもある。」
王族として生まれて、恋愛とまでいかなくとも、好意の持てる相手と結婚するのは恵まれている。
王も結婚式で初めて相手に会ったのだ。
他国から嫁いでくるのが王族なら、そういうことも多い。
王しかり、サンレオ公爵しかりである。
グレイドも同じように思っていたのだ、お互いに尊敬しあい、良好な関係を作っていけばいい。
「お前達の婚約は両者にとって都合の良いものだった。」
王が当時の事情を話し始める。
「隣国アマセラの王女から縁談がグレイドにあったのだ。」
それはグレイドも知っている。グレイド16歳の時である。
アマセラは小国でありながら、好戦的で領土拡大を狙っていた。
この数年でアマセラの隣国であったランデルア王国を侵略している。
グレイドが婚約となれば、ダルメニア王国に兵の出兵を要求することは目に見えていた。
グレイドにとっては、アマセラ王国からの縁談を断る口実として婚約者がいるはちょうど良かった。
サンレオ公爵家の娘なら難癖のつけようがない。
公爵家にとっても、ちょうど良かった。
美しく育つであろう娘を狙う貴族はたくさん考えられた。
そして、フランチェスカの母シレーヌの国エメレンでは兄の王太子が結婚して10年以上子供に恵まれていず、シレーヌが王位継承権1位のままだった。
フランチェスカは2位となり、母の国でも狙われるようになった。
フランチェスカを手に入れれば、エメレン王国の王座が付いてくるのだ。
それは王太子が王となった今もそのままである。
王太子の婚約者という力は、彼等からフランチェスカを守るのに最も良かった。
実際に結婚しなくとも、ある程度の時期まで婚約者という者がお互い必要だったのだ。
結婚しても良い、その程度の婚約だったはずだ。
「私はフランチェスカを愛してます。
男として早く手元に置きたい、その気持ちはわかってくださると思います。」
父である王は結婚前から愛人を途切れさせない人種である、庶子もいるらしい。
この国では妻の子供でないと継承権がない、それは王族も貴族もである。
母である王妃の苦労を見てきたグレイドにとって、反面教師である父だ。
「そうか、お前は好きな女性と結婚するのだな。」
できうる限り協力しよう、と王は息子に言った。
自分は母の味方であると思ってきたが、今になってわかる。
父は好きな女性と結婚が許されない立場であったのだ。
理解はできるが、許容はできない。
弟もいたのだ、どうしても好きな人がいるなら王太子を降りればよかったのだ。
それ程の想いでもないのに、母を苦しめている。
母にとっての不幸は、他国から嫁いできた時には、すでに父には愛人がいたことだろう。
そういう両親を見てきた自分は結婚に期待をせず、女性に愛情を持てないと思っていた。
フランチェスカに会うまでは、こんな気持ちは知らなかった。