グレイド、恋をする
グレイドは王宮に戻っても、考えるのはフランチェスカのことばかり。
その夜は夢の中にまでフランチェスカが出て来た。
そして、ふと思ったのだ。自分は誕生日プレゼントも使いに持たせるだけで、婚約者らしい事をしていない。
まだ若いフランチェスカだ、同じ年頃で話の合う男が出来たら、そっちに行ってしまうのではないか。
そう思うと、不安がドンドン大きくなっていく。
あの公爵は、娘の婚約にこだわっていない、フランチェスカが解消したいと言ったら、きっと許す。
アブナイ、このままではフランチェスカを他の男に取られてしまうかもしれない。
「お嬢様、王太子殿下からお花とカードが届いています。」
イザベルがフランチェスカの部屋にピンクの花束を持ってきた。
公爵家では、公爵は王宮に出仕し、夫人は歌劇の観劇で朝から出掛けていた。
一人娘のフランチェスカだけが、屋敷にいた。
顔を上げたフランチェスカは、さっきまで泣いていた跡がある。
「どうされました?
お嬢様、どこか痛いのですか?」
イザベルが心配して駆け寄ってきたが、フランチェスカは首を横に降るばかりである。
「何でもないの。
それより、綺麗な花束ね。
こんなこと初めてだわ、殿下にお礼を言わないと。」
花束を受け取って、顔を近づけて香りをかぐ。
侍女達を下げて、フランチェスカは部屋に閉じこもる。
花を花瓶に飾りながら、フランチェスカは項垂れていた。
私は王太子の婚約者、騎士様のことは忘れないといけない。
せめて、騎士様のお名前を聞けばよかった。
やはり、お話の通り、結ばれない運命なのだわ。
フランチェスカの中では、流行りの悲恋小説が自身に投影されて、自分は悲劇のヒロインになっている。
身分のない騎士との恋を諦め、王太子に嫁いでいく私。
誰も言ってはいないが、家の為に辛い選択をせねばならない、と思い込んでいる。
「いえ、花には罪はないわ。」
誰も聞いてはいないが、定番のセリフを言ってみる。
そんな風に気分が高揚してしまい、泣いていたのだ。
そう言えば、カードがあるとイザベルが言ってたと思いだす。
『フランチェスカへ。
昨日は怖い思いをしたが、よく眠れただろうか。
腕は痛みがでていないといいが。
この花がフランチェスカの心を癒すことを願って。
グレイド・ダルメニア。』
父から、昨日の事を聞いたのだろうとフランチェスカは思う。そして、今まで形だけの婚約者だった王太子の事を改めて考える。
こうやって気を使ってくれる優しい従兄だ。
王族らしい美形で、仕事もできる人物だと父が言っている。
国軍の総指令の地位にふさわしい腕前だと聞いた。
うわぁ、嫌味なぐらい欠点がない。
女性関係は多少あるらしいが、後腐れのない女性を選んでいて表立ってはいない。
婚約した時に自分は8歳、王太子は16歳。
自分に手を出されるより、遊び女を相手にする方がまともだ、それは解る。
あれ。
昨日の騎士様、殿下と同じ色の瞳だけど、髪の色も同じだった。
乱れていたけど、髪型も似ている気がする。
あまり会わないから自信ないけど、体格も似ていたような。
殿下の声をよく覚えていないけど、似ていた。
あれ、あれ。
父が王宮に出仕してすぐに花束が届いたのヨネ。
父から話を聞く時間ないよね。
あれれ。
何故、知っているんだろう。
あれれれ。
どうして腕を冷やしてと言うの。
赤くなっていたって、知っているんだよね。
あれ、あれ、あれ。
イザベル達と騎士様しか知らないのに。
グレイド王太子殿下。
まさか、貴方なの!?
きゃーーーーーー!
誰もいない部屋でフランチェスカが真っ赤になる。
そして、真っ青になった。
家出をして、面倒な女と思われたんじゃ・・・
ギャーーー!
気を使って花束がきたのよ、嫌われたかも。
その頃、王宮では王太子が外務大臣であるサンレオ公爵と次の会議の議題を詰めていた。
「殿下、昨日はありがとうございました。
娘の言う騎士様は殿下ですよね。」
「そうだ、フランチェスカは気づいてないようだったが。」
どうしたものか、とグレイドは思っている。正体をばらした方がいいのか。
「娘ももうすぐデビュタントです。
娘は家出する程、結婚が嫌だったのなら、解消をお願いしたいと思ってます。」
公爵がとんでもない事を言いだした。
「待ってくれ。
婚約解消などと、とんでもない。
私の妻はフランチェスカだ。」
グレイドが絶対するものかと断言する。
ああ、そうか、フランチェスカがいいのだ。自分はフランチェスカを選んだのだと自覚する。
「殿下も娘には従妹として気遣ってくださいましたが、婚約者としては興味がなかったように思っておりました。」
公爵がグレイドに確認するように聞いてくる。
グレイドはフランチェスカのデビュタントを気にはしてなかった、今さらになって後悔する。
それどころか、エメレン王国の王位継承権を持つフランチェスカはダルメニア王国でデビュタントをしない、とさえ思っていた。
王位継承権がある事で危険が多い為、公式の場に出るのは難しい立場なのだ。
もっと頻繁に接していたら、美しく育つ様を身近で見る立場でいたのに、もっと笑ってくれたに違いないのに。
「今からでは、遅いだろうか。
デビュタントのドレスを贈らせてほしい。」
グレイドの申し出に公爵は首を横に振る。
「既に用意してあります。
殿下は、確か以前にデビュタントの令嬢は公平に扱わねばならないからエスコートは出来ないと仰られました。
フランチェスカのエスコートは既に決まっております。」
「何だって!」
そんな事を言った記憶がある。
「他の男など絶対に許さない。
ドレスもその男からか!」
「はい。」
公爵の言葉に頭から血が引いていく。
そんな事になれば、婚約解消したと思われてしまう。
他の男とフランチェスカが踊る、想像するだけで血が沸騰する。
「公爵、正直に言うと、王妃にサンレオ公爵家令嬢はふさわしいと思っていた。
今は、妻はフランチェスカしかいないと思っている。」
「そうですか。」
公爵がグレイドを見つめて頷いた。
「フランチェスカ嬢に結婚を申し込みたい。」