グレイド、国政改革する
王妃が出て行った事は国に激震が走った。
クリストフ王国への輸出は税優遇がなくなる事で、他国との競争で不利になるだろうと思われた。
グレイドは関係各部署の大臣達を集め緊急会議に入り、改めて母の影響力の大きさを感じた。
従来なら王がやるべき事だが、王妃の部屋に閉じ籠ったまま出てくる気配はなかった。
深夜になってグレイドはサンレオ公爵邸を訪ねた。
この日ばかりは、公爵の許可もでてフランチェスカの部屋に通された。
「そう、お義母様が。」
そう言ってフランチェスカは口を閉じた。
「フランは知っていたのか?」
グレイドの問いかけにフランチェスカは首を横に振る。
「フランにありがとうと伝えてくれ、と母に言われた。」
そっか、とフランチェスカの小さな声が聞こえた。
「デビュタントの翌日のお茶会でね。
グレイドの事はこれから私が支えます、なんて大見得きっちゃったの。」
そうか、それで母の肩の荷が降りたのだな、とフランチェスカの言葉で納得する。
王の愛人には庶子もいた、母は私が王太子で無くなる事を怖れていた。
フランチェスカの後ろにはサンレオ公爵とエメレン国王がいる。
「それとね、お義母様は浮気男に制裁をするべきです、って言っちゃった。」
ふふふ、とフランチェスカが笑うが、とんでもない事を言っているぞ。
王に対する不敬罪だ、誰もが思っていても口に出せない言葉。
王に制裁など処刑されても仕方ない言葉だ、命がいくつあっても足りない。
いや、フランチェスカだからこそ言えた言葉だろう。
君だからこそ、母をこの国に繋ぐ鎖を断ち切れたんだ。
エメレン王国継承権を持つ君は、権力からは遠いところで育てられた。だからこそ、大切な物がわかるのだろう。
人の駆け引きも、策略も知らない君は、それこそが本質なのだろう。
あのお茶会はダルメニア王妃、エメレン王妃、サンレオ公爵夫人とフランチェスカの4人だけだったはず。
全部フランチェスカを中心とした身内だ、めちゃくちゃな事を言っているように思えるが、状況をちゃんとわかっている。
しかも、エメレン国王もサンレオ公爵も妻一人を大事にしている。
「母にとってダルメニア王国は辛い地であったろうな。」
ポツリと出た言葉は本心だ。
フランチェスカがガバッとのしかかってきた。
「バカね、そんなことないわよ。
グレイドみたいなカッコいい息子がいるんだもの。
楽しい事もいっぱいあったはず。」
母は父だけでなく、私も捨てて出て行った。
「グレイドといると、とっても幸せ。
お義母様もきっとそうだったはずよ。」
そうだな、私は信頼できるようになったから、出て行けたのだな。
私は捨てられたのではなく、母にこの国を預けられたのだ。
知らずに涙が流れていたらしい、フランチェスカが指で頬を撫でてくれる。
「グレイド、疲れているみたい。
少し眠ったら?」
関税の事は、改めてクリストフ王国に条約提携を持ちかけねばなるまい。
この際だ、今まで支障になっていたことを改革する。
王は愛人の父親たちを優遇している、いっそ首を切ってやろう。
まともで有能な父親なら、娘を愛人になどしたりしない。
「グレイド、足がイタイ。」
フランチェスカの声でグレイドが飛び起きた。
どうやらフランチェスカの膝で寝ていたらしく、すでに陽が昇りかけている。
なんだってー!
こんなソファで一晩過ごすなんてモッタイナイ事をした。
彼女の部屋で初めての夜だぞ!
何故寝た、自分が情けない。
いや、フランチェスカの膝は気持ちよかったが。
「グレイド。」
ひー、とフランチェスカが呼ぶ。
「大丈夫か?フラン。」
「大丈夫じゃないの。」
グレイドが起きないように動かなかったのだろう、フランチェスカの身体が固まっている。
「足が痛いのか?」
足をさすろうとした手はフランチェスカに止められた。
「トイレに行きたいけど、動けない。」
緊急事態が勃発した。
侍女を呼び、フランを抱き上げるとトイレの扉まで連れて行き、後は侍女に任せた。
しばらくすると、痺れもとれて歩けるようになったフランチェスカが戻って来て、真っ赤な顔で扉の端からグレイドを覗いていた。
「はははは!」
あまりの可愛さに笑い声を押さえられなかったグレイドである。
「ひどーい!
大変だったんだから、笑うなんてひどーい。」
フランチェスカがグレイドに飛びついて来た。
「わかった、わかった。ごめん、ごめん。
フランのおかげで良く眠れたよ。」
自分で言いながらビックリした、頭が澄み渡っている気がする。
「おはよう。」
そう言ってグレイドがキスをすると、やっとお許しがでたみたいだ。
グレイドはフランチェスカに見送られて、公爵邸を後にした。
馬を王宮に駆けながらグレイドは思考を巡らす。
王は現在、弱っている。
全権の委任を取り、あいつらを一掃してやる。
後続人事にマーレン侯爵の長男だな、そこは侯爵と交渉だ。次男を切らせる。
このまま、王には愛人達と隠居してもらうのもいい。
王でなければ、今ほどの経費を使えまい、愛人に貢ぐ金など無くしてしまえ。
クリストフとの優遇税がなくなり、経済が落ちることでの税不足に補えるだろう。
サンレオ公爵と詰めねばなるまい、協力が不可欠だ。
2日間でグレイドは大規模な左遷人事をした。
誰の目から見ても、それは王の愛人達の親族の左遷だった。
夫の愛人に苦しんだ正妻の息子の報復、そう呼ぶ者もいたが、彼らに役職に見合う能力がないことは誰もが解っていた。
そしてグレイドの結婚式に戴冠式も行われることになり、王の権力は急速に王太子グレイドに移行することになる。
王は愛人達のところにはほとんど行かなくなり、王妃の好んだ庭園で見かけるようになった。
クリストフ王国の母の元に花束を頻繁に贈っているらしい。
「今さらだな。
失くさないと解らなかったとは哀れだ。」
グレイドは書類を読む手を止めずに呟く。
クリストフからは報告がきている。
母の元に届く花束は父からだけではない。
王妃を亡くして1年の喪があける、キルギシ国王からも毎日花束が届いているらしい。