グレイド、フランチェスカに出会う
連載始めました。
楽しく読んでくださると嬉しいです。
公爵令嬢フランチェスカは王太子の従妹で婚約者である。
そんなフランチェスカが読んでいるのは、街で流行りの恋愛小説である。
「はあ、報われぬ恋。
運命の愛、ステキ。」
そして思ったのだ、自分はこのまま、恋も知らず嫁いで行くのか、行動するなら今しかない。
自分は他人とはちょっと違う立場である、行動しない後悔より、行動した後悔がいい。
『運命の愛を探しに行きます。
どうか探さないでください。
フランチェスカ。』
置き手紙を机の上に置くと、こっそり屋敷から出て行った。
いかんせん、見目麗しい公爵と隣の国の王女で絶世の美女と評判の夫人の間に生まれたフランチェスカ、どこにいても目立つ美女である。
直ぐに気づかれ、護衛を兼ねた侍女イザベルとアイリスが後をつけるが、フランチェスカの方は気がつかない。
フランチェスカの家出は直ぐに王宮に出仕している公爵と王太子に伝えられた。
フランチェスカは、美貌の持ち主なのだが、中身は温室栽培された夢みる乙女だ。
大事に育てられた箱入り娘である。
「殿下、申し訳ありません。
護衛を兼ねた侍女が付いて行ってますが、すぐに護衛を向かわせます。」
「いくら侍女の腕がたっても、最近の街は不穏な話も聞く。
私も迎えに行くとしよう。」
「殿下、そこまでしていただかなくとも。」
公爵はグレイドの言葉に驚いていた。婚約者とはいえ、あまり興味がなさそうな扱いだったからだ。
「フランチェスカはエメレンの王位継承権を持つ身だ。
顔を知られないよう隠して育てたが、何かあっては遅いからな。」
どうせ雑貨屋あたりでうろついているだろう、と王太子グレイドが執務室から出ていく。
グレイドにとっては、婚約者というより年の離れた従妹という意味あいが強い。
家柄や状況から考えて、妥当な結婚相手と思っている。
父の弟である公爵は、グレイドに次ぎ王位継承権2位。
公爵の妻は隣国エメレンの王女で、美貌の持ち主である。我が国と違い、エメレンは女王が認められているため、王継承権2位である。
フランチェスカは、もうすぐ17歳になる、そろそろ公式の場に出る時期かもしれない。
8歳も離れているせいか、遊び相手になることもなく、これと言った共通の接点もない。
フランチェスカが安全の為に、公爵邸から出る事が少ないこともあり、年に数回会う婚約者という立場で接してきたに過ぎない。
幼いイメージのある可愛い従妹と思うが、それだけだ。
街に出て、騒ぎになると困るのでマントの襟を高くあげ鼻と口元を覆い、簡単に容貌を隠す。
この姿で街にはよく出ているので、近道もわかる。
王宮から馬に乗って飛び出すと、グレイドは街の雑貨屋に向かった。そこか、有名なケーキ屋と目星をつけている。
ところが、フランチェスカは街に不慣れなこともあり、道に迷ってしまっていた。
いつもは、馬車で店に行くから道を知らないのだ。
その角を曲がれば大通りよ!と後ろから付いているイザベル達は気が気でない。
もちろん、フランチェスカがその角を曲がることはなく、どんどん裏通りに入っていく。
「なんか、変な臭いがするわ。」
腐ったような匂いがする。道を間違った事はわかっているが、戻り方が解らない。
誰かに道を聞こうと思って目に着いたのは、いかにも危なさそうな男達だ。
こっちが見つけるということは、相手もこっちを見つけるという事である。
逃げるが勝ちである、思い切り後ろ向きにダッシュするが、運動は不得手なフランチェスカ。
街の雑貨屋にもケーキ屋にもフランチェスカがいないことで、グレイドは公爵家から街へのルートを考え直す。
道を間違いやすい所はどこだ、と考え、思いついた道に入って行く。
「姫様、こちらです!」
女性の声と騒いでいる音に、フランチェスカがいると確信する。
急いで駆け付けると、イザベルが男達と対峙していたが、男達は5人もいた。
それどころか、裏道の酒場から、騒ぎを聞いてさらに男達が出て来ている。
グレイドは男に殴りつけた。
「うわぁあ!」
男の一人が殴られた顔を押さえて倒れ、周りの男達がグレイドに飛びかかるが難なく避ける。
男達が剣をだすが、グレイドの腕には及ばず、ケガ人が増えるばかりである。
フランチェスカを目で探すと、男達の一人に腕を掴まれて引きずられている。
今にも酒場に連れ込まれそうである、しかも、もう一人の男がフランチェスカに抱きつこうとしているのが目に入った。
服の隠しから短剣を、抱きつこうとしている男の足元に投げる。
男が躊躇した間に、グレイドはフランチェスカの手を持っている男に斬りかかる。
グレイドはフランチェスカを取り戻し、後ろに隠すと、男達もかなわないと諦めたのだろう。ケガをした仲間を連れて逃げ去った。
「あの、騎士様ありがとうございます。」
フランチェスカはグレイドに礼を言うが、グレイドを解らないようである。
騎士様?
そう言われて、グレイドも己の姿を確認すると、顔半分はマントの襟を立てて隠している。
駆けて来たのと争った事で髪は乱れ、汗にまみれている、グレイドと解らなくとも仕方ないだろう。
まさか、王太子が一人でこんな所にいるとは思うまい。
答えないグレイドにフランチェスカも不安な顔をする。
グレイドは少し声のトーンを落として答えた。
「大丈夫か?
ケガはないか?」
それは、花が咲くと言うのが正しいだろう、フランチェスカがはにかみながら微笑んだ。
フランチェスカの表情にグレイドの鼓動が大きく打たれる。
「騎士様が助けてくださったので、ケガはありません。」
そういうフランチェスカの腕は強く掴まれていたのだろう、赤くなっている。
「腕が痛々しい。」
そう言ってグレイドが腕に触れると、フランチェスカが真っ赤になる。
フランチェスカの初々しさに、グレイドの方も照れてしまう。
グレイドも改めて、フランチェスカを見る。
いつの間に、大人の女性になったのだろう、ずっと子供だと思っていた。
美しい女性になっている。
いつも、グレイドに怯えるようにしていた。こんな微笑みをかけられた記憶がない。
「どうして、こんな所に。
御家族が心配するだろう。」
グレイドに言われて、フランチェスカがグレイドを見つめる。
「道に迷ってしまって、私が浅はかだったのです。
きっと家族が私を探してます。」
今にも涙をこぼしそうなぐらい瞳を潤わせているフランチェスカ、長い睫毛が震えている。
グレイドは惹き込まれるようにフランチェスカを見つめた。
こんなの外に出していてはダメだ、すぐに襲われる。
フランチェスカ籠の鳥計画が、グレイドの頭の中でたてられる。
「私が怖くなければ、お屋敷までお送りしよう。
侍女殿もかまわないか?」
イザベル達を見ると頷いている。
「怖くなんてないわ、助けてくれたもの。
それに。」
フランチェスカはちょっと躊躇って言葉を続けた。
「騎士様の瞳の色が従兄と同じ色なの、怖くなんてないわ。」
グレイドは打ちのめされた、口から心臓が飛び出すかと思った。
その従兄とは自分の事だ。
それから、公爵家まで会話もなく、グレイドは屋敷の手前で別れた。
「騎士様。」
何か言おうとしたフランチェスカの瞳から涙が流れた。
グレイドは血を吐きそうである、心臓が破裂しそうな勢いで脈打っている。
フランチェスカが侍女に連れられ、屋敷に入っていくのを確認して、グレイドも王宮に戻った。