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act2 ラヴコメ論 5

 ここで一つ、俺は認識を改めなければならない。

 ラヴコメディというものは、恋愛を面白おかしく仕立て上げたものだと思っていた。つまり、笑いながら観ることのできる、真に迫るモノではない、と。

 しかし実際は、確かに面白おかしいストーリーではあるのだが、真に迫るものでもあった、ということだ。単に面白いだけではない。恋愛という人の心が最も揺れ動くものを題材のひとつとして扱っているだけある。揺れ動く人々の仕草に、何らかの共感を与え、それがそのまま笑いにも繋がる。

 笑うシーンは、決して滑稽なだけではなく、どこか自分と重ねてしまったり、憧れてしまったり。シリアスなシーンで突然、腹の音が鳴ると、そりゃ笑いも起きるが、本人は必死である。むちゃくちゃ恥ずかしい。その羞恥に染まる顔もまた、ひとつの笑いの要素なわけで、これは人の心を理解していなければ作ることができないものだ。

 というのがユウコの弁である。ユウコの言葉が全てを正解だとは思わないが、少なくとも、世俗的な恋愛モノとしか捉えていなかった俺にとっては、ユウコの語るラヴコメ論は確かな衝撃を与えた。

 ただ、残念なのはユウコと二人で映画を観るということに思いっきり緊張してしまい、内容なんか何も覚えていないということだった。一言で一緒に映画を観るというが、実は多くの出来事がある。

 なんといっても、隣に座るのだ。しかも暗闇で。ポップコーンは一人で食べきれる大きさでなかったせいで、二人で同じ容器から食べた。あまつさえ、一瞬だが肩が触れ合ってしまった。こんなことがあって、スクリーンに気が行く余裕なんてあるはずがない。二時間、心臓が弱音を吐くほどポンプ運動を繰り返した。確実に三年は寿命が削れただろう。無論、その三年など惜しくもない二時間だったと自信を持って宣言できるが。

「ふむ、いい時間だな。助かった」

 ひとしきり、ユウコは映画についての意見を述べた後、腕時計を確認して頷いた。助かった、というのは何故だろうか。俺は首をかしげ、思わずユウコの顔を真正面から見た。

「ど、どうかしたのか。助かったって……?」

「ああ。少し家に居辛くてな。なるべく遅く帰るようにしている。料理部に入ったのもそのため。今日は顧問がいなくて活動できなかったから、どうやって時間を潰そうかと考えてた。カナブンがいて助かった」

「そ、そう、か」

 家に居辛い、という感覚を俺は理解できなかった。俺の家は家族仲がよく、両親は理解があり、妹は年の離れた俺を未だに理想の人と掲げるほどだ。

 だが、世の中の家族がみんな、そういうわけじゃないというのはわかっている。たとえば大塩の家は父親がアル中で、母親は大塩がまだ小学生の頃に出て行ってしまっている。家族の愛なんて知らねーよ、と明るく語っていたが、怠惰な父と、薄情な母に憤りを感じていることぐらいはわかった。俺は、そういう意味ではとても恵まれた人間だとも思う。

 そして、大塩や、目の前にいるユウコの気持ちは、俺の味わったことのないものだということも、わかっている。故に、生半可な言葉をかけてはいけない。

「俺は普段から暇してる。こんぐらいでよけりゃ、いつでも呼んでいい」

 それでも、好きな女が困っているのを、ただ黙って見るしかない状況になんて、したくない。便利な男だと思われてもいい。下心が無いと言えば嘘になる。だが、それでも俺がユウコの助けになるなら、下心が見抜かれても構いやしない。

「カナブンは、中々優しいな。しかし、あまりそういう態度を取っていては、シズクに妬かれてしまう」

「シズク?」

 聞き覚えのない言葉に、首をかしげる。しかし焼かれるとはまた、相当にバイオレンスな話だ。果たして焼かれるのは、俺のなのか、ユウコなのか。俺は別に焼かれたぐらいでは死なないので構わないが、ユウコに火傷の一つでも負わすというのならば、逆に俺がそいつを火山に突き落としてやる。

「……まさか、付き合っている女の名前まで覚えられないわけではないだろうに。照れ隠しか?」

「は?」

 ユウコがやや呆れたように呟いた。正直なところ、ユウコの言葉が理解できなかった。

「えと……付き合っている女って、俺と、か?」

「シズクと付き合っているんじゃないのか?」

「……シズクってのが誰かはわからないが、少なくとも俺は誰とも付き合っていないぞ?」

 見ず知らずの女と付き合っていることになっていたのか、俺は。冗談ではない。俺が好きなのは目の前にいるユウコだけで、ユウコ以外の女に何の興味もない。付き合うはずがない。たとえ美人で性格がよくて、あまつさえ金持ちの女が告白してきたとしても、何の迷いもなく断るだろう。

「とりあえず、シズクというのは、同じクラスの小早川雫だ。えぇと、アイドルとか言われている。カナブンも仲が良いだろう」

「ああ、アイドルか。そういや、シズクって名前だったっけ。それこそありえねえ。俺とアイドルはただのライダーキックの同志で、近所に住んでるだけだ。仲が良いというのは、まあ、そうかもしれんが」

「……シズクがライダーを観るとも思えないけど……まあ違うのなら、それでいいか。ふと、そういう噂を聞いたから。今日は渡りに船で、時間潰しに協力してもらったけど、流石に呼び出して付き合ってもらうのは、恋人に申し訳ないから」

 俺とアイドルが付き合ってるって、どんな噂なんだ。

 確かにアイドルはアイドルと言われるだけあって、美人だ。美人って言葉と、かわいいって言葉が両方あてはまるような、完璧な美人だ。誰にでも優しいし、金持ちっていう噂もある。

 だが、俺は目の前でぼんやりとした様子を見せているユウコに惚れているのだ。アイドルのことなど、恋愛対象としてこれっぽっちの興味もわかない。アイドルにしても、不名誉なことだろう。何を好きこのんで、俺と交際しているという噂を流されねばならないのだ。あいつならば、周防のような男前でなければ釣り合いが取れない。

「一体、誰だよ。そんな根も葉もない噂を流したのは」

「周防だ」

「周防か」

 周防と付き合っている噂が流れるなら解るが、その周防が何故、俺とアイドルが付き合っているという噂をするのだ。真横でいつも観ていただろうに。

「しかし、私に構うなら、シズクと遊んでいたほうがいいだろうに」

「いや。そんなことはない」

 ユウコと一緒にいられるならば、それが俺の最高だ。世の中の真理を改めて断言するまでもないか。

「……まあ、いいか。じゃあ番号とアドレスを送る。時間が空いたら連絡するとしよう。それでなくとも、暇なときに、ウイットに富んだユニークなメールでも送ってくれ」

 ユウコが携帯電話を取り出し、ボタンを操作して赤外線通信を呼び出す。なんということだ。話の流れ上ではあるが、念願の番号とメアドがゲットできてしまった。

 俺も慌てて携帯電話を取りだして、赤外線通信の画面に設定した。

 俺の携帯よ、お前は今からユウコの携帯と一瞬だが、赤外線を通して一つになるんだ。これほど幸せなことはないだろう。今夜は握りしめて一緒に寝てやるぞ。

「よし。では、また月曜にな」

「あ、ああ。またな」

 軽く手を挙げて、ユウコはすたすたと帰路に就いていった。俺は感動に打ち震えたまま、その様子をしばらく見送る。

「けど。ウイットに富んだユニークなメール、か。アイドルに要求したものの、何を送ればいいものやら」

 こうして俺はまた、一つの難題を抱えた。

少し間が空いたので、二話連続投稿となりました。

定期更新を心がけているのですが、生活が安定せず、うまくいきません(汗

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