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act2 ラヴコメ論 2

 授業は基本的に春休みにしっかりと復習をしたおかげで、問題なく頭に入ってくる。人の名前を覚えるのは苦手だが、それはあくまでも面倒臭いからであり、別に記憶力に難があるわけではない。

 まあ、勿論単純な暗記自体も面倒だとは思うが、学生の本分は勉強なので、ちまちまとノートを取り、たまにぼーっとユウコを眺める。学生の本分は勉強だが、俺の本分はユウコだ。

 それにしても眠い。全部アイドルの所為だ。ウイットに富んだユーモアなメールを送ったアイドルが悪い。第一報の題名が「好きです」と来たのだから、これはもう素晴らしい。大塩なら確実に舞い上がって勘違いをしていただろう。本文には俺を褒めちぎる文句が連ねられていた。

『小学校の頃に、ガキ大将にいじめられていた私を、金池君が助けてくれたのを、今でも覚えてる。全然お話をする機会がなかったけど、高校まで一緒になれて本当に嬉しくて。二年生になって、クラスも一緒で。久しぶりにきちんと見た金池君はすごくかっこよかったよ』

 白眉である。面白いメールを送れと言って、告白まがいのメールを送りつけてくる感性が素晴らしかった。きっとアイドルとは友達になれると思った瞬間だった。

 ちなみに、小学生の頃にガキ大将をぶん殴った記憶はあったが、誰かを助けたつもりではなかった。廊下を歩いていたときに、ライダーキックと連呼しながら、何かを蹴り飛ばしていたガキ大将の、その蹴る動作が、ちっともライダーキックでないことに怒りが爆発しただけだ。ライダーキックはこうするんだ馬鹿野郎と啖呵を切り、実際に喰らわせただけである。

 まさかあのとき、蹴り飛ばされていたのがアイドルだったならば、助けたことになるのかもしれないが、俺に助けたつもりはない。したがって、俺はこう返した。

『俺は正義の味方だからな。大切なものを守るために倒しただけだ』

 勿論、大切なものとはライダーキックのことである。面白いメールには面白いメールで返す。これが俺の礼儀だ。正義の味方という陳腐な言葉を、実に堂々と書き連ねたこのメールに、俺は自画自賛の拍手を送ったほどだ。

『やっぱり覚えていてくれたんだ。大切だなんて、すごく嬉しいよ』

 アイドルは恐ろしい女だと思った瞬間だった。なんと、ライダーキックの素晴らしさを分かち合える存在だったのだ。これはやや直球で、ユーモアとは少し違うが、俺の好みを把握しなければ、ライダーキックの素晴らしさを共有しようとは思わない。

『今でも大切だからな』

 敢えて俺はこの一言をチョイスした。直球には直球で返す。これはアイドルへの挑戦でもあった。メールの流れをぶった切る、この返答に困るメールを、どうユーモラスに切り返してくるのか。

『(///∇//)』

 これには参った。暗号である。この記号の羅列を解読するのは非常に難しい。俺はこれでも推理小説マニアである。俄然火がつき、深夜まで解読に挑んだのである。答えは未だに出ていない。


 ユウコを眺め、授業を聞き、合間合間にアイドルの課した暗号の解読を試みているうちに、一日が終了した。

「一緒に帰ろ、金池君」

「金池、帰ろうぜー!」

「駅前の本屋に行く。途中まで一緒に行こうか」

 帰りの用意を済ませて立ち上がると、アイドルと大塩と周防が同時に俺に声をかけてきた。ユウコは残念ながら部活なのか、すたすたと教室を出て行ってしまっている。

「まあ、小林と大塩は一緒の方向だし、周防が一緒なのも全然いいから、かまわんが」

「こ・ば・や・か・わ」

 すまん、アイドル。今のはわざとだ。

「まあまあ。小早川さんの名前を呼ぶのが恥ずかしいんだって。金池ってウブだからな」

 大塩が見当違いのフォローをしてくれる。金を払いたくなるような見事な間違いだが、アイドルが笑顔になったので効いたのだろう。良しとする。

 帰り道は、ずっと大塩が喋るという様子だった。

 基本的に大塩という男は、口が上手い。次から次へと話題を提供して、他人の笑顔を見るのが好きなのだという。漫才師という職業を勧めたが、本人の持論で、決してそれを本職にはしたくないのだという。あくまでも、日常の楽しみの一つとして、周囲に笑顔を咲かせたい。なんとも御立派な意見である。

 勿論、俺は大塩のトークをさほど楽しんだりはしない。感性の違いなのかもしれないが、聞いていて飽きないものの、笑ったことは一度もない。そんな俺達が何故、一緒にいるかというと、大塩が「いつかお前を笑わせてやる」と、四六時中喋りかけてくるようになったからだ。毎日聞かされるから、大塩のトークに慣れてしまい、ますます笑いから遠ざかっているが、それを大塩は気付いていない。

 もっとも、それだけ聞いていながら大塩の口から他人の悪口を聞いたことがないのは、誇って良いことだと思う。だからこそ、曲がりなりにも友達と言える関係を結んでいるのだが。

 などと考えているうちに、気付けば駅前まで到着していた。大塩のことを考えていたから、大塩のトークを全然聴いていなかった。当然俺はくすりとも笑っていない。大塩はチャレンジ精神の強い瞳をギンと光らせて、明日こそはと呟いた。

 その後、俺達は周防に付き合い、本屋に入った。さっきまでの大塩のトークを称えるべく、アイドルと大塩を二人きりにさせてやろうというアイコンタクトを周防に送る。周防は口数こそ少ないが、アイコンタクトでは雄弁になる。どうやら専門書のコーナーで目的の本を探した後、コミックスを立ち読みするらしい。俺は推理小説のコーナーで時間を潰すことにした。

 大塩は俺達のアイコンタクトを理解できるので、感涙しながらアイドルの隣に並び、あれこれと話しかけていた。無神経な明るさではあるが、空気を全く読まない馬鹿ではないので、本屋という雰囲気の中、周囲に迷惑をかけないトーンを意識がけているところに好感が持てる。だが、ここで俺が失敗した。

「ちょっと推理小説のほう、見てくる」

 大塩への援護射撃のつもりだったのだ。しかし、この言葉にアイドルが反応した。

「あ、私もー」

 迂闊であった。アイドルは俺に、あの奇妙な暗号を送ってきた。つまりはミステリ好きであったのだ。俺は大塩に心の中で謝りながらも、宣言した以上、実行に移さねばならなかった。しかし、ここからが大塩の力の見せ所だ。

「よし、じゃあ二階だな」

 どうだろうか。この見事な台詞。まるで最初から自分がそこに行くのが決まっていたかのような流れである。是非、ユウコと喋る機会に活用させてもらいたい。

「あ、でも大塩君がさっき好きって言ってたマンガ、今日が発売日だよね。一階に置いてあったよ?」

 アイドルの反撃に、大塩はおそらく、先ほどのトークを呪ったに違いない。少し崩れそうな笑顔で「そうだった。じゃあそっちに行ってくる」と言い、去っていった。アイドルの優しさが裏目に出たか。

「大塩君って、面白いね」

 アイドルは笑顔で大塩を見送り、嬉しそうに呟いた。ここは俺が大塩のフォローをすべきだろう。さきほどの失敗を含め、本来ならば俺を笑わせるためにトークをしていた大塩への、せめてもの償いだ。

「ああ。あいつは最高に面白い。あいつがいなけりゃ、こんな楽しい日常を送れなかっただろうしな」

 別に最高というほど面白くもなく、楽しいのはユウコがいるからなのだが、その辺りは多少、色を付けておいてやった。これで大塩の評価は鰻登りに違いない。

「ふふ、金池君って友達思いなんだね」

 何故か俺の評価が上がった。この女、どういう仕組みで動いているのだ。せめてその台詞をユウコの前でリピートしてくれないだろうか。そうすれば俺は感謝して花束の一つでも贈呈する。

「いや、俺は違うから」

「ううん。友達を素直に褒められるって、すごいよ。照れなくて良いのに」

「いや、本当に違うんだ」

「ふふ、仕方ないなぁ。そういうことにしておいてあげる」

 何度言ってもアイドルは聞かなかった。まさか、大塩を褒めすぎたのが悪かったのだろうか。人間関係は得てして難しい。これだから周防と大塩以外の人間とはあまり付き合いたくなかったのだ。無論、ユウコは特別である。まあ、今となってはアイドルもライダーキックの同志であるから、やぶさかではないのだが、もう少ししっかりと人間性を把握しなければ、上手く付き合う自信がない。

 かくして、俺と周防の計略は失敗に終わり、それでも大塩は好きなマンガを買えてそれなりに満足そうだった。

「それじゃあ、また明日なーっ!」

 周防と別れ、途中で大塩とも別れ。アイドルとは駅が一緒なのでしばらく一緒だったが、駅から数分も歩けば、すぐに別れ道に差し掛かった。

「今日もメール送って良いかな?」

「断らなくてもメールは届く。返すかどうかはしらんが」

 まだ解読が済んでいないので、さらなる難題を送られるとなると、流石の俺も少々手に負えない。推理マニア仲間でもあるアイドルは、それが不満なのか、むーっと眉をひそめたが、すぐに爽やかに微笑んで、じゃあ送ってみようかなと言った。


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