act1 恋する少年 3
そうこうしている間に、チャイムが鳴り、担任という若い教師に引率されて、始業式に向かった。
「お前、なんでだよ。なんで、小早川さんと……くそ、俺、一人でずっと待ってたのに」
始業式で隣に並んでいた大塩が、殺気を孕みながら俺を見ていたが、小早川などという人間は知らないし、きっとアイドルに無碍にされた大塩が、脳内で作り上げた妄想なのだろうと納得しておいた。
校長の長い割に楽しい話を聞きつつ、始業式は終了。老齢かつ厳格な人柄で知られる校長ではあるが、話は面白いのだ。嘘か本当かは知らないが、若い頃に色々と無茶をやってきたらしく、その武勇伝を語るのだが、ある程度タメになるので、教師も止めず、聞き手としても飽きない。
「……校長も、苦労しているのだろうな」
大塩の逆隣に立っていた周防は、どこか大人びた様子で呟いていた。こいつはやはり鈍感なのか、鋭いのかわからない。
かくして、教室に戻り、ホームルームと相成った。
「担任の仁科恵一だ。新任で不慣れなこともあるが、精一杯やる。困ったことがあれば何でも相談してきてくれ」
始業式前にも顔を見せていた仁科教諭は、新任という言葉が納得できる、若くて溌剌とした好青年という風貌だった。中々の男前で、女性陣からほうっと吐息が漏れる。
ちなみに、ユウコはぽけーっとしているだけだった。一安心。
「そうだな。それじゃ早速、自己紹介から行こうか」
担任教師(名前を失念)はそう言うと、教室の一番前。それも窓際に座っていた女子を指名して、自己紹介を勧めた。
「いきなりアタシか……まあいいや。赤井佳美。陸上部所属です。よろしくー」
見覚えのある顔が挨拶していた。確か、今朝声をかけてきた子だ。去年も同じクラスと言っていたか。陸上部かソフトボール部と思っていたが、陸上部の方だったらしい。
「赤井。もうちょっと、こう、趣味とか言おうぜ」
担任はちょっと脱力した感じで、赤井とやらに声をかける。赤井は、やれやれと頭を掻いて、こほんと咳払いした。
「趣味は運動。えぇと、うーん。まあ、自己紹介って苦手なんで、追々わかるでしょ。興味あるヤツは後で絡みに来い。以上!」
中々男らしい自己紹介だった。無骨とも言える。周囲に倣って、俺もその男気に賞賛の拍手を送る。
その後、何人か続いて、特に面白くもない自己紹介をした。そして、早くもユウコの登場である。窓際の席だったので、早くに順番が回ってきたのだ。
「高山優子。料理部所属。趣味は、まあ強いて言えば創作料理。よろしく」
古武士のような、簡潔かつ必要最低限のことしか言わないユウコを、うっとりと眺める。 周囲のやや申し訳程度の拍手に混じり、しかし恥ずかしいので控えめに拍手する。控えめだけど、万感の想いは込めておいた。
そして、再び知らない連中が続いた後に、俺の隣の、アイドルの番になった。周囲が不意に固唾を呑むのが、気配でわかった。流石に、アイドルとまで呼ばれると、レベルが違うのだな。
「えぇと、小早川雫です。部活には入ってません。趣味は、えぇと……料理とか、音楽鑑賞とかです。これから一年、よろしくお願いします。あ、よかったら雫って呼んでくださいね」
アイドル……小林ではなく、小早川だったのか。紛らわしい。
まあ、下の名前で呼べと言っていたし、それでいいだろう。こっそりと携帯電話を取り出して、名前を変更しておく。面倒臭いので、小林シズクとしておいた。
遅ればせながら、他より妙に大きい音の拍手に混じり、手を叩く。大塩が思い切り大きな拍手をかましていた。アイドルが最後にちらっとこっちを見て、微笑んでいたのは気のせいだろうか。
そして、幾人かの後に、俺。
自己紹介は苦手だ。あの一番手の女子みたいに、どうにも上手く喋れない。
「えーと、金池文太。帰宅部で、趣味は無し。他人の顔と名前を覚えるのが下手なんで、よく間違える。さっきもそれで怒られた。なるべく頑張るから、みんなも頑張れ」
我ながら微妙な自己紹介に、拍手はまばら。ついつい、テンパってしまって、余計なことを言ってしまったかもしれない。ユウコは何が面白かったのか、ニヤニヤしていた。ひゃっほう。ユウコを笑わせたのならば、それで良しとしよう。
そして、俺の次に、真後ろに座っていた周防が立った。
「周防慶二郎。同じく帰宅部所属。趣味は読書。金池は本当に名前を覚えるのが苦手だが、悪気があるワケじゃない。イイヤツだし、会うたびに名前を教えれば一週間で覚える。よろしく頼む」
周防の野郎、誰が俺の紹介をしろと言った。担任もあきれ顔である。しかし、女性陣からは「周防君、優しいね」とか「友達思いだね」という賞賛の声が漏れる。こいつの場合、普通に友達思いの優しい奴なので、対処に困る。
またしばらく自己紹介が続いて、ついに最後の一人。知り合いの中では一番、危険と思われる大塩の番になった。こいつは、基本的に馬鹿なので、何をするのか判らない。
「大塩信っす。帰宅部所属っす。金池は三日三晩メールし続けると名前を覚えるので、ガンガンメールしたらいいっす。よろしく!」
「お前といい、周防といい、金池の紹介してどうするんだ」
担任の的確なツッコミに、教室から笑いが起きる。くそ、心配して損した。
こいつ、笑わせるために俺をネタに使いやがったな。
「……さて、これで一回りしたな。まあ、今日はこれぐらいだ。一日で全員覚えるのも無理な話だが、一年間、同じクラスで過ごす仲間だ。みんな、仲良くやろう。それと、金池、後でメアドを交換しような。先生も名前を覚えてもらわないと困る」
おう、担任まで俺で笑いを取りに来やがった。くそ、俺が笑われてるわけじゃないんだろうが、けっこう恥ずかしいな。
「まあ、これで友達も増える。大塩なりの優しさかもしれんぞ」
周防がぼそりと呟く。うぅむ、どうにもタダのウケ狙いにしか思えないのだが、そう思っておいた方が気が楽か。
ホームルームが終わり、担任とメアドと携帯番号を交換してから、晴れて自由の身となった。本当にやるとは思わなかったぜ、仁科教諭。
「ブンター、これ私のアドレスな。登録しとけ。んで、メールで電話番号送っとけよー」
ついでに、赤井佳美(周防にもう一度教えてもらった)の連絡先も組み込まれた。去年のクラスメイトだっただけあり、名前を覚えられていないことにショックを受けていたようだからな。
「よかったな、金池」
周防が珍しく微笑みながら言う。別に嬉しくはないのだが、まあ、友達が増えるのはいいことかもしれない。よもや、担任のメアドをゲットすることになるとは思わなかったのだが。
「さて、これからどうする?」
いつの間にやら、大塩も話の中に入っていた。近くにいたアイドルも、何故か俺達の傍から離れようとしない。
「時間もあるし、ちょっとどこか寄っていこうかー」
アイドルがにぱっと笑って、俺達を見る。その瞬間、大塩がものすげぇ笑顔で、壊れた猿の人形みたいに、首を上下に振った。
「金池君と周防君も行くよね?」
「……たまには、悪くないな。金池も折角だし、来るか?」
「まあ、小金もあるしな」
とりあえず、大塩とアイドルが二人きりとなると、大塩が何をするかわからない。一人のクラスメイトとして、大塩の暴走を止める役回りもしなければならないだろう。
「よっしゃ、どうせならみんなで行こう。この後暇な奴ら、一緒にどっか行こうぜー!」
早速、大塩はまだクラスに残っている暇な人間に声をかけ始めた。お祭り騒ぎが好きな奴なので、みんなで動くと決まれば、有象無象だろうが引っ張ってくるのだ。
しかも今回は、大塩にとって運が良い。なんせ、アイドルと周防という二本柱がメンバーにいるのだ。男女共に、興味は高いと見た。
「あ、私も行くー」
「お、俺も行くっ!」
あっという間に、五人ぐらいが加わる。やるなアイドルと周防。そして、俺としてはここからが肝心だ。ユウコはまだ教室にいる。あわよくば、放課後に一緒に遊ぶということができるかもしれないのだ。
「高山もどうだ。お前は協調性がないから、良い機会だと思うのだが」
しかも旧知の周防が、ユウコに声をかけてくれている。周防はマジでイイヤツだ。俺が女に生まれていれば、抱かれても良いと思ったことだろう。まあ、女に生まれてもユウコに惚れていたかもしれないが。
「ふむ。料理部も活動がないし、構わないが」
「では、参加しておけ」
周防にしては、割と強引な行動で、ユウコ参戦。脳内の俺がひゃっほうと声をあげて、ところ狭しと駆け回る。
「ようし、じゃあゲーセンでも行くかー!」
大塩の言葉に、一同頷く。
本来、ゲームセンターとはデートなどの類では忌避すべき場所である。ゲーム好きの男子は自分のゲームに夢中になってしまう可能性があったり、女性陣は不慣れな場所に戸惑ってしまうからだ。
しかしながら、我がクラスメイト。否、我が校の人間はそんなこと、誰も気にしない。
なぜならば、我が校から徒歩で行ける範囲にある遊び場が、ゲームセンターしかないという、悲しい事実があるからだ。