act4. 道草奮闘記
料理部の活動は中々に面白い。
顧問の仁科先生が「定番から、ちょっとお洒落な料理まで」というコンセプトで指導をしているので、ハンバーグのような基本的なモノから、外国の郷土料理まで幅広く取り扱ってくれる。
「まぁ、食材の買い出しが大変なんだけどな」
「じゃ、俺が行くッす」
高々食材の買い出し程度で仁科先生の手を煩わせるまでもない。俺が申し出ると、仁科先生はいたく喜んでくれた。何でも、彼女さんが最近寂しがっているので、早く帰ってやりたかったのだという。
ミッションは簡単だ。仁科先生に貰ったメモ用紙に書かれてある食材を買ってきて、家庭科室に設置してある料理部用の冷蔵庫に放り込めばいいだけだ。
「ただ、部員の人数だけの食材だから荷物持ちが最低三人は必要だな」
「あ、それなら私も手伝います」
放課後に話し込んでいたので、教室だったのだが、話を聞いていたアイドルが挙手してくれた。
「書いてある材料って、近所のスーパーじゃ無理ですよね。デパ地下じゃないと……よく母に連れられて行っているので、案内できますし」
流石はアイドル。デパ地下を根城にする家庭に生まれているだけでも人生勝ち組だ。
「男手も必要だろう。幸い、今日は用事がない。俺も行こう」
「ん、なんか面白そうだし俺も行く」
周防と大塩も手伝ってくれるらしい。根っこのところで良いヤツらだ。もっとも、大塩はアイドルと行動を共にしたいという下心もあるのだろうが。
「ふむ。料理部のことなら、部員の私も行くのが筋だ」
ユウコ!
なんてことだろう。ユウコと俺がデパ地下で買い物ができるなど、もうそれは十年先の未来の話だと思っていたのがこんなところで叶ってしまうとは。
俺とユウコが結婚して、子供を連れてデパートに来て、和気藹々と食材を見て回る光景を何度夢に見たかわからない。
「じゃあ部費は副部長の金池に預ける。領収書は必ず貰ってくれ。あと、一応先生としては寄り道をするなと言わなきゃならんが、学校が閉まる前にちゃんと戻ってくれば良しとする」
話のわかる仁科先生が、俺を含めクラス全員大好きだ。
若い男女が電車に乗ってお出かけするのだ。道草と寄り道はほとんど避けては通れないものだろう。
かくして、俺と周防、大塩。アイドルとユウコの五人は電車に乗り、二つ駅を跨いだ駅前デパートに足を運んだ。
色々と見て回りたいのだが、それは今度ユウコと二人で来たときにしよう。まずは仁科先生の信頼に応えるべく、食材の購入だ。
「目利きしないといけないほど、悪いモノは置いてないけど一応私に任せて欲しいな」
デパ地下に到着すると、アイドルがにっこり笑って言った。
基本的に完璧超人のアイドルが任せろと言うことに異を唱えたりはしない。何をするのだろうかという好奇心はあったが。
「こんにちは、おじさん」
アイドルはにこにこと果物を取り扱う店に入り、そこの主らしき初老のおっさんに声をかけていた。
「やや、小早川さんのお嬢さんじゃありませんか。学校帰りですかい?」
職人気質の初老の店主はアイドルを見て親しげな笑みを見せた。なるほど、アイドルは何度もここに通っているのだった。顔見知りも多いのだろう。
「料理部で色んな食材が必要なんです。ちょっと見繕ってもらっていいですか?」
「へい、お嬢さんにそう言われちゃ断れませんや。ちょっと待っててくださいよ」
店主は俺が持っていたメモを見て、ふむふむと頷いた。材料からどんな料理を作るのかわかったらしく「それなら、これが一番いいやな」と言って、幾つかの果物を取り出してきた。
「火が通ったら、良い味が出る品種でしてね。調理にゃもってこいです。しかし、部活動でこれを使うなんて、料理に詳しい先生なんでしょうねえ」
店主の薦めの果物は、あまり見ないものだったが仁科先生のメモに書かれたものである。品種まで指定されていないのだが、この店主はアイドルも信頼しているのできっと大丈夫だろう。
「問題ない。同じ品種でも持ってきたのが一番良いものみたい」
多少の目利きができるらしいユウコがそっと俺に告げる。
ああ、俺は今、ユウコとひそひそ話をしてしまった。ちょっとした秘密の共有らしくてたまらない。
「じゃあ、それを二十個ください」
「へい、毎度!」
こんな感じでアイドルの顔の広さを武器にデパ地下を歩き回り、あっという間に食材は揃っていった。
「これなら、ゆっくり寄り道できる時間があるね」
アイドルが嬉しそうに言う。既に買い物も終え、後は帰るだけだった。
本来なら荷物持ちだったはずの周防や大塩が手ぶらなのは「明日の放課後ですね。任せてください」という老店主の言葉のおかげだ。なんでも無料で配達してくれるらしい。一応、携帯電話で仁科先生に許可を貰おうとしたら、仁科先生が店主に代わってくれという。
「へい、ああ鈴ノ宮様んところの……へえ、へえ、あいわかりやした。それじゃあ明日の午後四時に」
仁科先生おそるべし。老店主とも知り合いだったらしい。困ったら俺の名前を出せと事前に言われていたのだが、こういうことだったらしい。
『そんじゃ金池、学校に帰ってこなくて良いから適当に道草して帰れ』
仁科先生が最後に電話口で俺を叱咤激励してくれた。これはつまり、この機会にユウコと少しでも距離を近づけろと言うことだろう。
仁科先生の好意を受け取らないのは失礼に当たる。全身全霊で道草をしてやろう。
俺たちは再び電車に乗り、陽桜駅に戻ってきた。
前はゲームセンターで遊んだが、どっちかというと周防も俺もアイドルもユウコも静かな方が好きだし、大塩も全員が楽しめる場を選ぶ男である。
「喫茶店に寄っていこっか」
アイドルの提案が全員一致の賛成を受けて、俺たちは駅から少し離れたところにある喫茶店に向かうことにした。これは周防の行きつけの店で、俺も二度ほど付き合ったことがあるのだが、妙齢の美女が一人で経営しているこぢんまりとしたところだ。大体いつも閑古鳥が鳴いているので、だらだらと喋るのに適した場所である。
少々細い裏路地を通り「結局俺と周防は何もしてねえな」という大塩の言葉に全員が笑ったときだった。
既にリーダー格だったアイドルが先頭を進み、それにユウコが並ぶ形だったのが不味かった。裏路地はあんまり治安が良くなくて、いわゆる不良とかアウトローとか呼ばれる人間がたまにたむろしていることを失念していた。
なんせ、キラキラ成分に関してはそこらの女優に引けを取らないアイドルである。柄の悪そうな男共が放っておくわけがなかった。
「よお、俺たちと遊ぼうぜ」
そんな言葉をかけながら近づいてきた金髪の男が現れるのも、ある意味では仕方のないことだったのかも知れない。
アイドルが驚いたように身体を竦ませて、次に俺を振り返った。何も言わなくても「助けて」と目が言っていた。
すまんなアイドル。そんな目をしても意味が無い。俺は基本的に友達甲斐の無いヤツだが、幼少から現在に至るまで正義の味方に憧れて生きてきた男だ。助けてと言われなくても勝手に助ける。
「ねえ、そいつらほっといてさ。いいとこ行こうぜ」
不用意に男がアイドルの肩に手をかけようとする。それをユウコが思わず手でピシャリとはたいていた。
「いって。何すんだよ!」
「邪魔」
ユウコおそるべし。柄の悪い男にひるむこともなく、まるで汚いモノを見るかのように冷たい目で男を見据えている。
後ろには数人の男が控えているというのに、流石は俺の未来の恋人だ。恐れを知らない。
「てめえに用はねえよ!」
「ッ!!」
男があろうことか、ユウコを要らないという不埒な発言をカマした瞬間に、俺の体温がぐんと上昇した。
その女はな、俺が心の底から愛してやまない女なんだ。貴様のようなゲスにてめえ呼ばわりされる安い女じゃねえんだ。
ブチ切れそうになったところで、男がユウコを押そうとして腕を伸ばした。それをユウコが咄嗟に避けようとしたのだが、狭い路地だ、ユウコの髪の毛に男の手が一瞬触れてしまった。
ブチ切れそうになった、というのは少々語弊があったらしい。その瞬間に既に俺は地面を蹴り、アイドルとユウコの隙間から男に飛びかかっていた。とっくの昔にブチ切れていたのだ。
「ライダーキーーーッック!!」
長年磨き抜いた必殺の一撃。身体を捻り、両脚でドロップキック気味に敵に突貫するRX仕様だ。
無理だ、無理だとわかりつつも練習を重ね続けた結果、この見た目重視な一撃に威力を見出すことに成功した、俺のとびきりの一撃である。
モノの見事に男は吹っ飛び、近くにあったポリバケツに頭から突っ込む。
「金池君!」
「カナブン」
アイドルとユウコがぱっと顔を輝かせて俺に駆け寄る。二人とも無事のようだが、こんなこともあろうかと常にポケットに忍ばせていた除菌ウエットティッシュをユウコに渡す。
「手、拭いておけ……あんなヤツの手を触っちまっただろ」
これは決まった。なんてかっこいいんだ俺。ワイルドにして紳士的。これぞ男の鏡であろう。
俺の男気に見とれたのか、ユウコがぽかんとした表情で俺を見る。見つめ合うと恥ずかしいのでアイドルの様子を確認すると、アイドルはよほど怖かったのだろうか、俺に抱きついてきた。
「あのときと、一緒だね」
「ああ。俺は正義の味方だからな」
それ以前にユウコの味方であり、もしもユウコが「私は悪」でも言おうモノなら俺は即刻趣旨変えを敢行して「悪の味方」と称することになるのだろうが。
ちなみに、アイドルの言う「あのとき」というのは、多分小学生の時なのだろう。俺が結果的にアイドルを助けたという事件であるが、確かに今回もアイドルが結果的に助かる形になっている。
まあ、アイドルも今やカナブンチームと言っても差し支えのない、いつもの顔ぶれとなりつつある。困っているのならば助けるのは当然と言えよう。そう思って一人頷いているときだった。
「危ねえッ!!」
大塩の叫び声と同時に、がつんと後頭部に衝撃が走った。
なんだ、と思う前に身体ががくりと崩れて、倒れ様に振り返ると、金属バットを持った男が俺を見下ろしていた。
「へへ、ザマアミロ」
「ぐぬ……ッ」
ぐらぐらと脳が揺れる。どうやら傷が出来てしまったらしく、生ぬるい感触が頭皮を伝った。
「か、金池君!!」
外傷を見慣れていないのだろう。アイドルが悲鳴を上げる。ユウコは呆気にとられたように立ちすくんでいた。
ずきずきと後頭部が痛く、流石に立ち上がれそうもない。
だがまあ、大丈夫だろう。何せ、ヤツがいるのだ。
「……後は、任せた」
それだけを呟く。アイドルとユウコの顔が、自然と周防の顔に向かう。
だが、俺の言葉に反応したのはその隣にいた男だった。
「任せろ金池。仇討ちだゴラァ!!」
大塩信、十七歳。
その容姿とおちゃらけた雰囲気とは裏腹に、喧嘩は滅法強い。
周防がアイドルとユウコを護る形で、そのアイドルとユウコが俺の介抱をしてくれるという夢の時の中、一人の男が奮闘していた。
十人はいる不良共に何の躊躇もなく突っ込んでいき、ボコボコと金属バットで殴られるのもお構いなしに手近にいる人間から殴りつけていく姿は、まさしく武蔵坊弁慶の如くである。
「食らえ!」
金属バットを振りかぶった男が、大塩の脳天にめがけて振り下ろす。モロに命中して男がニヤリと笑うが、殴られた大塩もやっぱりニヤリと笑うのだった。
「いてえなアホ!」
俺ですら一撃で昏倒するような攻撃を「いてえ」で済ませてしまうのは大塩ぐらいのものだろう。アル中の親父に殴られ続けてきた大塩の打撃耐性は異様に高いのだ。どれくらい高いかというと、メタルスライムぐらいだ。
鋼の剣でも倒せない大塩を、高々金属バットで倒そうとするのが間違いである。
「なんだよコイツ、おかしいぞ!!」
「いい加減倒れろよ!!」
ボカスカと殴られる大塩だが、避けるのが面倒というアホを通り越して清々しい理由で全てを受け止め、全力で攻撃しているおかげで隙だらけの男の金的を躊躇無く蹴り潰す。
「チェーンソーでも持ってこいやゴルァ!!」
金属バッドで青痣一つ作らない男に、果たしてチェーンソーでもダメージが通るのかは謎だが、少なくともそれぐらい固いという印象が相手方にも伝わったようである。ならば急所攻めだ言わんばかりに金的や目潰しを狙いに来るのだが、基本的に「ぐしゃっ」とか「ぬちゃっ」という形容詞が使われそうなので、どうしても腰が引ける。
そんな及び腰の男など大塩の敵ではない。間合いという概念を必要しない大塩は、相手が躊躇う間にもどんどん突き進み、ぼこぼこと相手を殴りつける。
「てめーらが小早川さんに声かけるなんざ百年早ぇよダボが!!」
「オマケに高山に殴りかかるとか、てめーらタマついてんのか。男がすることじゃねーよトンチキ!!」
「金池はアレで繊細なヤツなんだぞ。これ以上忘れっぽくなったらどうすんだボケ!!」
色々と過激な発言も飛び出してくるが、真ん中の台詞だけは全面的に同意だ。ユウコを殴ろうとするなど、タマのくっついた男のすることではない。タマを蹴られて悶絶しているヤツがいるのは、あれだ。痛いフリをしないと無いとバレてしまうからそうしているのだろう。
「す、すごい……大塩君」
「やるな、シオシオ」
いつの間にか大塩の株が上がっていた。ユウコも渾名を思いついていたのだろう。なんというか、こう、しおしおと萎え萎んでしまいそうな渾名だが、俺がカナブンという庶民派なのだから、ヤツがシオシオというしょっぱい渾名なのも仕方のないことだ。
「終わったか」
暢気にアイドルの膝枕なんぞで休憩していた俺に、周防がにこりと笑いかけた。
大塩はパンパンと手を打ち鳴らし、一仕事終えたというゼスチャー。血どころか、痣の一つも出来ていない。
「お疲れさん」
「おうよ、金池も良いライダーキックだったぜ。俺以外のヤツなら大抵一撃で倒せるぐらいだ」
ぐっと俺の手を握った大塩が身体を引き上げてくれる。アイドルがハンカチで抑えてくれていたおかげで出血も既に止まり、少々足下がふらつくが問題なさそうである。
「病院、行こうよ。金池君も……大塩君も」
アイドルは流石に心配なのか、散々に殴られた大塩にも近づいてペタペタと身体を触り、異常がないかと確かめている。
大丈夫だアイドルよ。お前がそれだけ触れば、ちょっとは痛いと感じていたのも気にならなくなる。
「俺は全然平気だ。まあ、金池は流石に病院に行った方がいいかもな」
大塩がヘラヘラ笑いながら俺を見る。
数十発食らって平然としている大塩が笑っているのに、一発食らっただけの俺が顔を顰めているのが少し悔しい。
「カナブン、大丈夫か?」
「治った」
ユウコが少し心配そうに、上目遣いで俺を見てくれたので怪我は完治した。
既に傷口はふさがり、頭もいつになく冴え渡っている。なんせ俺の隣には俺を案じるユウコがいるのだ。
骨折でも二秒で治る。死んでも灰から蘇るぞ。
後日、仁科先生に顛末を語ったのだが、教師として暴力を咎めるのではなく、女性陣を護りきったことを褒めてくれた。
「俺も千晴が絡まれたときは、ボコボコにされたが護ったしな。ああ、でも俺にもツレがいて助けてくれてな。伊達と高木ってヤツなんだが――」
このときはその高木というのが、俺のよく知る人物だとは知るよしもなかった。
一年ぶりの更新。
黒衣終わらせたし、ようやくです。
まあ、次回はその黒衣のキャラが出張してくるわけですが。