幕間 友達になろう
「とりあえず、新しく副部長になったからには、生徒会にも報告しとかにゃな。副部長としての初仕事になるから、気張っていけよ」
という仁科先生の言葉を受けたのが、入部した翌日のことだった。
そういうわけで、俺は放課後に料理部の部長と二人して生徒会室までやって来ていた。
「生徒会とは、予算会議とかで戦う敵であって、行事とかじゃ色々と面倒を見てくれる仲間でもあるわ」
「つまり、無礼過ぎても、妙に卑屈になって弱々しくなっても駄目ってことだな」
「話が早くて助かるわ。生徒会長は話のわかる人だけど、頭も相当いいから、下手な小細工はしないほうがいいわ。まあ、金池君なら素でやれば大丈夫かしら」
部長は男勝りな笑みを見せると、生徒会室の扉をノックした。
なるほど。どんと構える人間が部長に相応しいと仁科先生が言っていたが、この人はかっこいいと言う言葉が似合うぐらいに、どんと構えている。
さて。その頭の良くて話がわかる生徒会長というのは、どんな人物なのだろうか。
「なるほど。先日、料理部の副部長が転校したと言っていたね」
俺と部長の応対をしたのは、まさしく生徒会長その人で、名前は不破俊彦というらしい。銀縁眼鏡をかけた上品な二枚目で、少々神経質そうな印象も受けるが、穏やかな笑みと落ち着いた物腰が中々の好印象だった。ちなみに、度々、壇上で見かける機会はあったはずなのだが、人の名前を覚えられない俺である。生徒会長の顔など覚えているわけもない。
体育祭が近いからだろうか。生徒会室に他の役員の姿は見当たらない。会議室のようなイメージを持っていたが、普通の教室を二回り小さくさせて、ソファとパソコンと本棚を置いただけの質素な作りである。会長一人しかいないので、いっそう寒々しい。
「いや、申し訳ない。色々と忙しくてね。それにしても、入部した翌日から副部長というのはどういうことだろう。生徒会としては、きちんと役職をこなしてくれれば何の問題もないのだが、個人的には興味があるね」
会長が俺を真っ直ぐに見据えて言葉を紡いだ。台詞の割に顔に嫌味がないという珍しいタイプの男だ。にこにこしながら嫌味を言う人間もいるが、それとも違う。嫌味に聞こえそうな台詞を、嫌味にさせないような雰囲気を持っているのだろう。タチが悪い。
「とりあえず、ちゃんと役職をこなせるから抜擢されたんだろうな。後は、適当に走り回るつもりだ」
俺が答えると、会長はなるほどと頷いて、にこりと微笑んだ。男に微笑まれても嬉しくはないが、この男は神経質そうに見えて、意外と笑顔が人なつっこい。
「行動力のある人材は、どこでも重用されるものだからね。よければ、生徒会にも入らないかい?」
「走り回る人間を縛り付けてちゃ、意味ないんじゃないか?」
「……なるほど。一見すると考え無しにも思えるが、きちんと物事も考えられる上に、物怖じもしない。この際、生徒会なんかどうでもいい。僕と友達になってくれないか?」
突然勧誘を始めたかと思えば、返す手で「友達になろう」と来るか。この男、優男のように見えて中々侮れない。正面切って友達になろうなどとは、あの大塩でさえ言わなかった言葉だ。
「なっちゃったら?」
隣に座っていた部長が、あまりにも単純明快に言い放った。
「不破君が他人を気に入るのって、けっこう珍しいのよ。変人ばっかり気に入るみたいだけどさ」
つまり、俺が変人だと言いたい訳か。
しかし何を隠そう、俺は自分が変人であることぐらい自覚はしている。大塩も周防も変人なのだから、その二人と友達である俺が変人でない筈がない。ユウコだってちょっと浮世離れした変人には違いないし、アイドルはキラキラ輝いているが、わざわざ変人グループに所属する俺達と親しくしている時点で、やっぱり変人だ。
類は友を呼ぶと言うが、そんな俺を気に入るとなると、やはり会長も変人なのだろう。過去の経験上、変人と気が合うのは承知済みである。
「よっしゃ。よろしくな、フジタ」
「……うむ。本の虫の次は、型破りの猪突猛進型ときたものだ。これだから人生はやめられない」
会長は実に楽しそうに笑った。部長が横で、本の虫というのは部長のクラスメイトである、大人しい男子だと教えてくれたが、どうせそいつも変人なのだろう。文芸部あたりに所属していて、ひょんなことから部員と交際を始めてしまうようなヤツに違いない。
「ところでフジタ。実は俺、名前を覚えるのが苦手なんだが……」
「もう知ってるさ」
流石は友達だ。情報が早い。