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act3 料理と先生3

 結局、ユウコが来たことで俺が手伝う必要はなくなり、担任と雑談をして過ごすことになった。

「実は、今日のメニューは俺のオリジナル要素があってな。千晴ちはるもこれが大好きなんだ」

「先生の彼女、千晴サンっていうんスね」

「おう。可愛いぞ。写真見るか?」

 生徒相手に惚気とは、とんでもない教師だ。だが、それだけに担任と付き合っている女というのは、どんな人物なのかということも気になる。

「今、あるんスか?」

「おう。ちょっと昔の写真だがな」

 担任はワイシャツの胸ポケットから手帳を取りだし、そこから一枚の写真を抜き取った。恋する乙女みたいなことをする男である。しかし、いつでもユウコの顔を見ることができるなら、それも悪くない。今度、ユウコの写真を手に入れたら生徒手帳にこっそり仕込んでおこう。

「ほら、これだ。千晴が高校を卒業してすぐに撮ったやつ」

 担任が写真を見せてくれる。なるほど、少し背は低いが、相当の美人だ。

 高校卒業すぐということは、十八歳だろうか。童顔だが穏やかな空気を纏っていることが写真越しでも伝わる上に、ぱっちりとした目元や照れたような表情がまた可愛らしい。しかし、この人の顔はどこかで見たことがある。

「……芸能人、スか?」

「へ。いや、違うけど。まあ、芸能人並に美人だろ?」

「ソコは否定しませんけど、顔に見覚えがある気がして。テレビだっけかなぁ」

 バラエティ番組じゃなく、どっちかというとニュース番組で見たような気がする。ユウコに見合うだけの教養のある人間になるために俺は、夕食の時はいつもニュース番組を見るようにしているのだ。

「あー、そうかそうか。そういや、テレビ出てたな。ドキュメンタリーだったろ」

「あ、そうっス。ニュースのドキュメンタリー。確か、弱冠二十二歳。鈴ノ宮財閥すずのみやざいばつに女社長就任……は?」

 言ってから、自分の口から出た言葉に驚いた。鈴ノ宮財閥。名前を覚えるのが苦手な俺ですら知っている、世界でも名だたる大財閥だ。去年の暮れに会長の一人娘が系列の出版社の社長になったとかで、大きなニュースになったのだ。

 その女社長の名前が、確か鈴ノ宮千晴。ぱっちりとした目元と、愛くるしい仕草が印象的だったので、ちょっと憧れたりしたのだ。

「先生の彼女、千晴サンっていうスよね?」

「さっきも聞いただろ、それ」

 担任は涼しい顔でしれっと言う。間違いない。

 この男。大財閥の令嬢で、しかも社長の肩書きまで持つ女と付き合ってやがる。

 確かに男前ではあるが、一介の県立高校教師が何故、そんなセレブも真っ青な人間と付き合ってるんだ。

「ま、男と女に縁があれば、恋愛にも発展するさ。別に相手がお姫様だろうが村娘だろうが関係ねえ」

 ちょっとキザな台詞を呟いた担任を観て、俺は思わず息を呑んだ。

 俺は、担任を格好いいと思ってしまった。容姿だけではない。その人間性――強いて言うならば、男気にだ。

 男が女を愛するのには、地位も名誉も富も関係ない。ただ、単純に愛すればいい。担任はずっと、そんな持論を掲げて生きてきたのだろう。いや、むしろそれを持論ではなく、ごくごく自然な、常識として認識するほどに、真っ直ぐに彼女を愛している。

 なんて格好いいんだろうか。これこそ、純粋な愛の形だ。ただ、人が人を好きになるということを体現した人だ。この人こそ、恋愛の師と仰ぐに相応しい。

「えっと……西田先生」

「仁科だ。仁科恵一。まったく、何度言えば覚えてくれるんだよ。千晴の名前は覚えてたクセに」

 仁科教諭は呆れたように肩を竦める。いけない。人生の師の名前を間違えるとは、なんという失礼。俺はもう二度と先生の名前を忘れない。

「仁科先生。俺の恋愛の師匠になってください」

「は?」

「感服したんスよ。俺、先生についていきます」

 ぽかんと呆けた様子の仁科教諭の手を、ぎゅっと握る。美しい師弟愛が誕生した瞬間だった。

「……ま、いいか」

 仁科教諭はぽりぽりと頭を掻いた後、ニっと男らしい笑みを浮かべて、俺の肩を抱くと、小声でぼそりと呟いた。

「高山は千晴より強敵だぞ?」

 俺の目に、狂いはなかった。


 俺がユウコに惚れていることを、どうやって仁科教諭は知ったのだろうか。よくわからないが、教諭曰く「なんとなくわかる」そうだ。恋愛にお盛んな高校生を指導する立場としては、中々便利なスキルではあるのだろうが、逆にわかってしまうと色々と気苦労も多いのではなかろうか。

「大塩がアイドルに惚れてるみたいなんスけど、見込みありますかね?」

「んー。今のところ、欠片もねえな。まあ、ありゃあ本人もわかってるし、そもそも恋愛ってほど大層なもんでもないだろ。美人が好きなだけだ」

 仁科教諭の言葉は不思議と説得力がある。

「それよか、その小早川のほうが大変だな。相手が馬鹿だから苦労する」

「小早川?」

「アイドル、だっけか。いい加減、覚えてやれよ」

 なんと、あのアイドルが恋愛において苦労するとは。まあ、相手が馬鹿ならば仕方ないのかもしれない。きっと、アイドルのアプローチなど全く気付かないで暢気に過ごしているのだろう。あれだけの美人に言い寄られて気付かないとは、いよいよもって大馬鹿確定である。

「まあ、高山に今のところ、それっぽい雰囲気は無いな。お前次第ってことだ。応援とかはしないが、教師らしく見守ってやるよ」

 なるほど。ユウコに現在、恋人がいないことがわかっただけでも嬉しいものだ。俺はまだまだ、自分がユウコに見合うだけの男だとは思っていない。これからの俺次第ということは、つまり無限の可能性があるということだ。

「勉強もしっかりしろよ。頭の悪い男は嫌われるからな」

 これは、教師としての目論見も混じっている言葉なのだろうが、確かに俺も勉強が全然出来ないユウコよりも、けっこうできるユウコであってほしいと思う。帰ったら勉強しよう。とりあえず学年トップぐらいならば、ユウコに見劣りしないだろう。


 仁科先生としばらく喋っている間に、ハンバーグが完成した。本来の目的である試食と相成ったわけだが、手伝った関係上、俺はユウコの班にお邪魔することになった。

 ここにきて、俺はまた恐ろしいことに気付いてしまった。目の前で湯気をたてているハンバーグは、なんとユウコの手作りであるのだ。

 半分以上は俺自身が作ったようなものでもあるが、仕上げの焼きはユウコがやっていたのを、俺はしっかりと目視している。ともすれば、このハンバーグは俺とユウコの共同作業の結晶とも言える。

「……ううっ!」

 思わずむせび泣きそうになり、熱くなった目頭を押さえる。苦節十七年。この日のために、俺は生きてきたのだろう。

「金池君だっけ……大丈夫?」

 突然涙を零した俺を、同じ班だった女子がやや怯えた目で見ている。ユウコの手料理を食べる機会を前にして、少々感極まりすぎたようだ。俺は慌てて笑顔を作り、何でもないことをアピールする。

「金池君、面白いねー」

「うんうん。料理も上手いし、料理部に入っちゃえばいいのにー」

 俺の笑顔が功を奏したのか、和気藹々とした様子で、それぞれが箸をハンバーグに伸ばす。ユウコもちまちまと箸でハンバーグを小さく分けて、口に運び出した。

「うん。いい出来」

 ユウコも満足の様子である。俺も箸を手に取り、ハンバーグを口にする。

 シナモンの香りと、丁度良い塩梅の塩胡椒が絶妙な点に関しては、もう自分を褒めるしかない。仁科先生お手製というレシピもかなり研究されているようで、これも流石である。そして何よりも、ユウコの焼き加減が最高だ。芯までしっかり火が通っているが、決して焼きすぎておらず、柔らかい肉と、ジューシーな肉汁の素晴らしいコラボレーションが口腔を支配していく。今まで食ってきたどんなハンバーグよりも美味かった。そりゃそうだ。愛して止まないユウコと、尊敬する仁科先生。そしてこの俺が力を合わせて完成させたようなモノなのだ。至高の逸品にならぬはずがない。家で真空冷凍して、永久保存しておきたいほどだ。

「先生、タッパで持って帰りたいんスけど」

 俺の真剣な言葉に、何故か周囲から笑いが起きる。

「金池君。そんなに気に入ったの?」

「料理部に入れば、週に三日は作ったもの、食べられるのに」

 入っちゃえ、入っちゃえ。と、近くにいた女子から誘われる。なるほど、料理ができればモテるというのはこういうことか。

 しかし、残念ながら俺はいくらユウコが在籍しているからと言っても、部活動をするつもりはない。元々、縛られるのが嫌いな性格だし、料理の腕も今のところ満足している。料理人になりたいわけでもないので、最低限のものが作れればそれで良いのだ。

 ちらりと、ユウコを見る。ユウコだって、まだまだ仲がとても良いという関係に至っていないのだ。別に俺が入部したところで、さほど喜ばないだろう。何よりも、同じ空間にいるだけで全身麻痺するほどに胸が高鳴るのだ。放課後もずっと一緒に料理を作るなどとなれば、鼻血が止まらなくなる。

「カナブンが入れば、楽しいだろうな」

「じゃあ、入部するか」

 ユウコがぼそりと呟いた瞬間に、何故か俺の口が勝手に動いていた。もう条件反射としか言い様がない。

「よし。じゃあ、入部届は俺が勝手に作っておく。金池は今日から料理部の副部長な」

 まるで、逃がすまじとでも言うように、仁科先生がにこやかに恐ろしいことをのたまった。入部するのは今さっき自分が宣言したから仕方ないとしても、何故いきなり副部長なのだ。

「中々、副部長って感じのヤツがいなかったんだよ。部長ってのは、どんなときもドンと構えてられるような人間が適任で、副部長は走り回れるヤツか、完璧なサポートタイプかに別れる。金池は、走り回る副部長としてぴったりなんだ」

 仁科先生の言葉に、周囲の部員達も一斉に頷く。

「いや、おかしいでしょ。そりゃまあ、走り回るのは嫌いじゃないけど、まだ右も左もわからないんスよ?」

「料理の腕も、十分認められてるみたいだしな。文句のつけようがないし、適任だとも思う。どうだ、金池。先生の頼みだと思って、引き受けてくれないか?」

 仁科先生が人なつっこい笑みで俺を見る。尊敬する仁科先生にそんなふうにされると、俺としては断りようがないではないか。

「……わかりました。そこまで言うなら」

 こうして、俺はひょんなことか料理部に入部して、三分と経たぬうちに副部長に任命されてしまったのである。


仁科恵一・鈴ノ宮千晴についてですが。


知らない人はごめんなさい。拙作「御主人様は中学生」の主人公と、ヒロインです。続編ではないのですが、その後の彼ら、ということでw

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