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act1 恋する少年 1

 取り立てて理由もなく恋をした。

 強いて理由を挙げようにも、本当に理由がない。たまたま廊下ですれ違ったり、下校の電車で同じ車両になったりを繰り返しているうちに好きになってしまった。

 取り立てて美人、というわけでもない。特別な何かを持っているわけでもない。少なくとも、端から見ている分には、少し地味な、隣のクラスの女子でしかなかった。

 自分の隠れた好みの発露であったのかもしれない。気の迷いなのかもしれない。ただ、揺れ動いてしまった気持ちは如何いかんともしがたく、その感情を持て余し続けるうちに、いよいよどうしようもないぐらいに彼女を好きになってしまった。

 名を、高山優子たかやまゆうこという。身長およそ155cm。肩口まで届くセミロングの黒髪と、なんとなくぼんやりとした目。小さな鼻に小さな口。若干細めの足だけは、少し俺好みである。

 成績も中の上。友達もそこそこいる。

 別に何が悪いわけでもないが、地味で、目立たない、なんか脇役みたいな女の子なのである。

 何故かウチの学年には、学校のアイドルとかいう時代錯誤じだいさくごな存在がいるし、アイドルと比べると、なんだか可哀相になるぐらい地味なのだが、俺はアイドルではなく、ユウコに惚れてしまった。最近ではユウコで頭がいっぱいでアイドルの名前を忘れてしまったほどである。

 まあ、何はともあれ、ユウコに恋をした俺は、だからといってアプローチをかけるわけでもなく、ラヴレターをせっせとつづるわけでもなく、恋をする以前と何ら変わらない生活を送っていた。

 決して、諦めようとか、無理だとか、ネガティブになっていたわけではない。

 単純に声をかけられなかっただけである。

 ドラマや映画のように、突発的なアクシデントで知り合ったりできるわけでもなく、ただ、一日に一度顔を見られればラッキー。そんな生活を繰り返していた。

 もどかしさが恋に拍車をかけ、そうなればなるほど、気恥ずかしさや、拒否される不安が生まれて、にっちもさっちもいかなくなった。

 いっそ、友達にでも相談してみるか。

 そう思っているうちに、高校一年が終わってしまった。普段なら嬉しいばかりの春休みも、ユウコの顔を見ることが出来ないと考えると、途端に無為むいな日々となり、せめて時間が早く過ぎるようにと、課題をクリアし、余った時間をバイトに割り当て、あまつさえ母親の家事を手伝い、妹の日課であるポチの散歩を勝手にこなした。

 結果、春休みが明ける頃には、成績と家事能力と、ポチの友情度が若干上昇して、小金が手に入った。

 かくして高校二年生になり、ようやくユウコを眺めることが出来るのだと、喜び勇んで登校して、妙に校門が騒がしいことに気付いた。

 掲示板に大きい模造紙が何枚も貼られており、生徒が蟻のようにそれに群がっている。

 はて、なんだろうと近寄って、ようやくクラス替えがあることに気がついた。

 断っておくが、クラス替えが何たるかは知っている。それに気付かなかったのはひとえにユウコのことで頭がいっぱいで、それを打ち払うために課題をこなし、バイトをして、家事を手伝い、ポチの散歩をして、何も考えないでいたためである。

 俺はしくも、ユウコと同じクラスになれるという可能性を完全に見過ごしていたことになる。

「なんてこった」

 慌てて人混みをかき分け、2−Cで自分の名前をみつけて、とりあえず深呼吸。次に、2−Cの女子のほうに目を向け、慎重に「高」の文字を探した。該当者が二人いて、思わず卒倒しそうになるのを堪え、次に続く文字が「山」であることを神に祈った。

 ニーチェの神は死んだらしいが、俺の神は生きていた。

「ひゃっほう!」

 思わず右拳を高々と突き上げ、俺は神に感謝することも忘れて、偶々(たまたま)隣にいた生徒に抱きついた。そのままそいつとツイストダンスを踊り、フライングクロスチョップを喰らわして、ようやく平静を取り戻したのである。

「よお、おはようさん」

 ふと声をかけられて隣を見る。少し顔の変形した友人、大塩信おおしおまことがにやりと口元を歪めて立っていた。

「どうした大塩。笑える顔だぞ」

「それはてめえがフライングクロスチョップを喰らわしたからだろうが」

「ああ、そんなこともあったな。で、どうしたんだ?」

「いや、友達を見かけたら普通、声をかけるだろ。まあ、お前がにやにやしてたから、珍しいと思ってな」

 にやにやしていたのか。まあ、ユウコと同じクラスだと考えれば、頬が緩むのも仕方がない。あまつさえ、隣の席になれるかもしれないとか考えると、もうそれだけで幸せなのだ。

「……ははぁ、なるほど。小早川こばやかわさんだな」

 大塩が一人、したり顔で笑う。小早川さん。誰だそいつ。

「まぁ、我らが陽桜高校ひざくらこうこうのアイドルだもんな。同じクラスになれただけで嬉しいのもわかる。俺も正直、笑いが止まらん」

「ああ、あのアイドル、小早川というのか。あと、お前同じクラスだったんだな」

 小早川とやらなど、正直どっちでもよかった。美人だし性格も良いらしいし、おまけに成績優秀スポーツ万能と、とってつけたような存在なのだが、ユウコが脳内の八割を占める俺にとっては背景と大して変わらない。

「お前、ほんとそういうの興味ないよな。駄目だぞ、青少年が恋の一つでもしないでどうする」

 大いにしているのだが、この大塩はどうしようもなく口さがないので、絶対に言わないようにしている。

「ま、どうせ俺らじゃ相手になんかされないだろうけどよ、優しいし、声ぐらいならかけられるだろ。いやぁ、それだけで喜ぶのもアレだけど、なんかいいよなぁ」

 俺に至ってはユウコと同じクラスというだけで嬉しい。声なんかかけられたら失神するかもしれない。一瞬横顔を眺めるだけで、動悸が収まらなかったほどだから、ちょっと不安だ。

「よぅし、俺、ちょっと寂しそうな顔しとこう。そしたら、小早川さん、声をかけてくれるかもしれん」

「その前に、顔が歪んでるから心配されると思うぞ」

「おお、確かに。痛かったけど、こりゃ役得だぜ。さんきゅ、金池かないけ

 人を殴って喜ばれたのは生まれて初めてである。しかし、大塩もなかなか根性が腐っていて面白い。見ていて安心できる。

「お前、クラスであんまり近くに来るなよ。誰にも心配されていない状況なら、小早川さんはきっと声をかけてくれる」

「わかったわかった」

 そんなことよりも、どうすればユウコと仲良くなれるのだろうかというほうが問題である。

 同じクラスになれたのだから、これはもう神の啓示に他ならない。ここは主体的に行動していくべきだろう。

 消しゴムでも落としてみるというのはどうだろうか。席が近ければ可能だが……いやいや、なんかセコい。

「席が近かったら、消しゴム落として、取って貰うのもアリだな」

 大塩の呟きを聞いて、同レベルなのかと落ち込んだ。


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