姿、出会い
遅いよ。色々と。
淳司は森の中の湖畔のすぐ近く、少しだけ開けた日光が射す場所で仰向けにに寝転がっていた。
街を作る。と意気込んでみたは良いが、淳司は前の世界では営業部に所属していた。と言っても1年にもみたない期間だったが。
要は街作りのノウハウなど知る由もない。加えて今の自分に何ができるか確かめようとして現実に打ちのめされた。
全力疾走、腕を上から下に振り上げる。百の力を出すことと、単純な行動はできる。だが、細かい作業はできなかった。蔓をぶち切り木の棒と石を組み合わせようとしたのだが、力加減が上手くいかず、何度やっても石がすっぽ抜ける。それを何度も修正しようとするが、必要以上に時間が掛かり、ストレスが溜まっていく一方だった。
そして「もうどうにでもなーれ☆」と全て投げ出し日光浴をしていたのだ。
「(前の世界じゃそれなりに器用だったんだけどなぁ・・・。)」
淳司は前の世界ではそれなりに全ての事をそつなくこなす。悪く言えば器用貧乏だった。
だが、この体は淳司から器用を奪い去り、残されたのは貧乏だけだ。
「(って、誰が貧乏じゃ~い!確かに見窄らしい姿だけどね!なんつって!)」
心の中で何を思おうと、それに応えてくれるものは居ない。仮に声に出したところで、ヴァーしか言えないので、伝わることもないんだが。
「(ってダメだ!このままじゃ!日光浴してる場合じゃないだろ!?)」
とは思いつつ起き上がることはしない。今の自分にできることは自分を浄化するか、全力で奇声上げながら走り回るかの二つしかない。
それをするくらいなら、暑いのか冷たいのかすらわからない日差しを浴びながら、意味のないことを考える方が建設的に思えるほど、何もできなかった。
「(そういや、ゾンビに太陽って大丈夫なのか?・・・今更だけど、すごく危ないことしてるんじゃないか?)」
今更過ぎる事を考える淳司。もしダメだったら言葉通りお天道様の下を歩くことはできないが、幸いにもそうはならずに済んでいた。
そしてうだうだすること数時間、太陽が少し傾き始めつつある頃ようやく淳司は動き出す。特に宛など無いが、とりあえず自分が今いるところを中心に円を描くように探索を始める。
その円が少しずつ広がり始めたところで、淳司の耳に人の叫びのようなものが聞こえてきた。
「(人?・・・人がいるのか!?人でなくてもいいから!人っぽいなにかでもいいから!!我に光を与え給え!)
人っぽい何かなら淳司が最初に出くわしたゴブリンもそれに分類されるかもしれないが、それは忘却の彼方に消えていた。
探索を始めてから何も発見することは無かった。見つかるのは木と石と草だけ。精神にかなり来る物があった淳司はとにかくその声のもとへ走り出す。
「回復!回復!何で発動しないの!?」
そこには白いローブを羽織り、金髪をこめかみの辺りだけ三つ編みにした長い髪の女の子だった。
女の子、と評すには年齢がわかりづらかったが、とにかく可愛い顔をしていた。その子は周りに倒れているおそらく仲間と思われる女性たちに必死に回復をかけようとしているが、その魔法は発動しなかった。
それに涙ぐみながらも、懸命に祈るように言葉を紡いでいく少女。その様子を茂みの陰から見ているゾンビ。
誰かが見ればまず間違いなく素早い討伐がなされるだろうが、淳司を見る者の目は幸いなかった。
「(あの子、回復魔法が使えるのかな・・・。なんでか発動してないけど。周りの子は仲間か・・・?なんにしても、義を見てせざるは勇なきなり!あわよくばお近づきに!)」
言葉だけ見れば格好良い。淳司は回復魔法を使えるから彼女たちを回復させることもできるだろう。今この場で彼女たちを救えるのは淳司だけかもしれない。
正義感よりかは少しの下心を出しながら茂みから出て行く淳司。その時彼は自分が何者かを忘れていた。
突然の物音に音がした方向を振り向く女の子。そしてその子は傾きかける夕日の中でその顔を目撃する。
「ひぃっ!!」
引きつった声を上げる女の子に淳司は見当違いの行動を取る。
自分がゾンビであることなど忘れ、淳司は短い期間とは言え先輩に教えてもらったことを実践する。
「(怯えてるな。そりゃいきなり男の人が出てきたら驚くか。しかぁし!こんな時こそ営業三原則だ!!)」
そして天城は女の子に少しだけ近づき、女の子は少し後ずさる。
この段階で反応がおかしいことに気づければ良かった。
「(まず一つ!相手の目をしっかり見つめる!)」
ゾンビはその女の子を虚ろな目で見つめ、女の子の魂を縛り上げる。
「(二つ!挨拶は一音一音はっきりと!)」
「ヴァーウア!(こんにちわ!)」
ゾンビのうめき声は女の子の行動を縛り上げる。
「(止めに相手を不快にさせない笑顔を浮かべる!)」
ゾンビの浮かべた笑は女の子がもう逃げられないことを悟らせるには十分だった。
アンデッドは、生者を憎む。このゾンビもその例に漏れず、生きている私を食らいに来た。
そこまでを悟り、見方もいない状況で女の子は為す術がないことを知り、そこで意識を失ってしまう。
女の子が倒れ込むのを見た、淳司は何が何だか分からず呆然と立ち尽くしていた。
女の子が目を覚ますとそこは先ほどと変わらない場所だった。
その事に自分は夢を見てしまったのかと、少し恥ずかしくなるが、それが夢でないことにすぐ気づく。
「ヴァー?(起きた?)」
「いやあああああぁぁぁぁっっ!!」
その声を聞いたとき女の子は、慌てて距離を取ろうとするが、足がもつれてしまい転び座り込んだまま少しずつ離れていく。
それに対して淳司は女の子に近づこうとする。
「ヴァー(そんなに怯えなくても良いのに・・・。)」
「いやっ!来ないで!臭いっ!!」
その言葉は淳史のハートに鋭く突き刺さる。効果は抜群だった。
淳司は御年24歳。思春期ではないとは言えお年頃だ。可愛いと思った女の子に「臭い」と言われて喜べるほど特殊な性癖もしていない。
地面に両手を突き出し四つん這いになる。
「(やべぇ・・・。今のは効いた。心に来た。・・・まだ加齢臭がでる年じゃないぞ!!)」
淳司はその体制のまま女の子に抗議の声をあげようとするが、そちらを見ると女の子はひどく怯えていた。
なぜそこまで怯えているのだろうか。とふと視線を下げた時、自分の手が目に入った。
「(忘れてた・・・。俺、ゾンビだった・・・。そりゃ怯えるわ。俺だってビビるもの。)」
女の子に要らぬトラウマを与えたこと、そしてやはり自分は臭いのかと悶々と考えこむが、そうも言ってられない。
女の子の仲間は怪我をしている。命に別状は無いだろうが、夜の森をこのままの状態で過ごすわけにもいかないだろう。
本当は目を覚ます前に治療しようと思ったのだが、回復魔法を人に使うことが無かったので、せめて同じ回復魔法が使える女の子が起きるのを待っていたのだ。善意で良くない結果になったら、周りは気にせずとも自分で耐えられない。保険はかけておくべきだ。
淳司が立ち上がり、女の子に背を向け、倒れている子に近づこうとするとその背に声がかけられる。
「ま、待ちなさい!てて、手出しはさせません!私が相手でしゅ!!」
たどたどしくも懸命に守ろうとする女の子。だが、最後の最後に噛んでしまった為淳司は笑ってしまう。
それを自分の精一杯を馬鹿にされたと思ったのか、震える足でキッと敦司を睨む女の子。
その目に再び心が挫けそうになるが、それを無視して倒れた子に近づき手を翳す。
「やめてください!お願い!殺さないで・・・!」
「ヴァー(殺さねーよ。)」
そして天城は祈りを込め、呪文を頭の中で唱える。するとゾンビの悍ましき腕からは、優しき癒しの魔法が粒となり倒れた子たちに触れていき、その粒が触れた場所は見る見るうちに傷が癒えていく。
その様子を見ていた女の子は開いた口が塞がらない様子だった。見た目は美少女なのに、その表情は随分とだらしない顔をしていた。
そして、全員の傷が癒えたのを確認すると敦司はうなずき口が開きっぱなしの女の子に近づいていく。その歩みは臭いと言われたことを気にしているのかとても遅かったが。それでも女の子に近づく。
しゃがみこんで女の子の体をよく見ると傷だらけだ。幸い動けなくなるほどではないのだろうが、痕が残っても可哀そうだろうと思い。敦司は回復魔法を使用する。
怖がっていたはずの女の子は、それでもその魔法を知っているのだろう。逃げることなくその場に佇んでいた。そして例に漏れることなく女の子の体からは傷がどんどん消えていく。
服についてしまった血や汚れは敦司にはどうしようもないが、これでひとまずは大丈夫だろうと、拭う必要もないのに額を腕で擦る。
「嘘・・・?ゾンビが回復魔法・・・?」
その様子を見た女の子は開いた口が塞がらないようだ。それもその筈、ゾンビが回復魔法など使うわけがない。そもそも、脳も体も腐り落ちた人間が知性を持っているわけがない。本能的に生者を襲うことはあっても、理性的な行動などしないのが普通だ。
だが目の前のゾンビからは少しばかり知性を感じる。自分を襲うこともせず、けが人を救うという行為は少なくともただのゾンビとは思えない。
常識が少しづつ瓦解するような音が聴こえて来た時、ゾンビがこちらを振り返り、自分からも倒れた仲間からも少し距離を取る。
それは、まるで自分を安心させるために仲間の安否を確かめさせるように見える。警戒はしながらもゆっくりと仲間に近づき、傷を確認する。
「(嘘・・・!?全部治ってる!?骨も折れていたはずなのに・・・!)」
その時点であのゾンビが自分よりも優れた治癒魔法の使い手であることを証明している。軽い切り傷などなら自分でも治せるが、折れた骨を治すことは出来無い。それに、まるで傷などなかったかのような状態まで治癒することなど出来ないからだ。
「ヴァー?(これで大丈夫か?)」
知ってか知らずか声をかけたつもりの淳司。だが、女の子の頭の中はもはや一杯一杯だ。
襲わないゾンビ。回復魔法を使うゾンビ。こちらと会話を試みようとするゾンビ。
そんなものは見たことも聞いたこともない。もしいたと話しても、頭が狂ったと思われるのがオチだろう。
「うっ・・・。」
現実を確認していると仲間の一人が目を覚ました。そしてこの時淳司は人を救った、救えたという高揚感に包まれていた。それが惨事を招く。
「ん・・・。フィア・・・?ここは・・・。って敵か!?」
目を覚ました時に異形の存在が目の前にいて、自分が戦える力を持っているならば取りうる行動は一つだろう。それが例え自分を助けてくれた存在だったとしても。
「下がれ!フィア!後ろにアンデッドだ!!」
言うやいなや直ぐ様腰の剣を抜き放ち淳司に向ける。それを見た淳司は、
「ヴァヴァヴァヴァ!!!???(ななななななななんで!!?)」
いきなりの敵意に焦りを隠せない。そもそも今までの人生で喧嘩も録に行ったことなどないのだ。口喧嘩ならともかく、殺傷性のある武器を向けられて怯まないほど胆力があるわけもない。
目の前にこちらを睨みつけてくる女性は淳司にとって恐怖でしかなかった。女の子に怯えるなんて、と言う事なかれ、殺意を抱かれて平常で居られるわけなど無いのだ。
淳司はその場で直ぐ様反転し、森の中へ全力で逃げ出す。落ち着いて会話ができるなら話も別だろうが、言葉を発することもできない今の自分では、首を撥ねられて死ぬ未来しか見えなかった。
「ヴァ!ヴァヴァーヴァーー!!(畜生!あのハゲ本気で許さねーぞーーーー!!)」
奇声を上げながら全力で逃げ去ったゾンビを、二人は怪訝な表情で見送ることしかできなかった。
更新は不定期。
あくまでも息抜き。