Happy Birthday
「Happy Birthday。おめでとう、君は見事選ばれた」
テンションの高い40代くらいの男に突然こう声をかけられた。
私は40代ごときに君と呼ばれるような年齢ではなかったはずだ。
そう、私は83歳の誕生日を迎え、そして・・・朝日がキレイだと思った以降の記憶があやふやだ。そして現在進行形で体に違和感がある。ふと見れば肌が若々しい、骨と皮だけになってしまったはずの手は肉感を感じるほど厚くなっていた。
「戸惑っているようだね。無理もない、すべてが君のベストの状態であるようになっている。肉体、精神、技術そのすべてが君が生きてきた中での最高の状態になっているのだ。」
状況を把握しようと周囲を見れば、不自然に姿見が置かれていた。そしてそこには若かりし頃の自分がいた。彼が言っていたようにその肉体は若き日のものだった。
「まぁ、その肉体でいられるのはここにいる間だけだから気にしなくてもいい。それよりも!君は人生をやり直すチャンスを与えられたんだ。喜びたまえ、誕生日から始まる新たな人生。一度目の人生で出来なかったことをやれる、そして選ばなかった未来の先を知れるチャンスが!今の君には与えられている。わくわくしてくるだろう?」
のぞきこむその顔が若干ウザい。しかし言っていることはよくわかる。
気持ちの昂りを感じるのだ。歳を重ねるにつれ、変化を嫌い新しい物を探す努力さえしなくなった。その私が、いや俺がこの感情を抱くということはやはり精神的には肉体よりもっと若くなっているのかもしれない。歳を重ねるごとに、周囲の状況が変わるごとに減っていった意欲、情熱。そういったものが今は根拠のない自信と共にあふれている。
「いい顔をしている。それではここからがスタートだ!」
パチンという音を聞いて意識が遠くなっていった・・・
「やあ!5時間半ぶりだな!」
「なんで死ぬ直前に飛ばされなきゃならないんだよ!」
「言っただろう、誕生日から始まると。その日は君の最後の誕生日なのだろう?」
全くその通りである。説明はちゃんと聞くようにしなければならないという当たり前のことを怠っていた。
同時にしばらくはまともに活動することが出来ないという事実を理解させられる。他のお年寄りがどうかはわからないが、少なくとも外出する準備にさえ体力を奪われていくのだ。やる気に満ち溢れている心に対して体が全くついてこないだろう。
とにかくこの出来事に関するルールを把握する必要がある。そしてそのルールを目の前にいるこいつは教える気がない。それとなく話をふるが答えが答えになっていない。なら実験するしかない、自らの人生を使って、自らの人生を新しいものにするための実験だ。
順調に年齢を下りながら60歳からの人生を終え、ここまでで確認できたことを整理する。
83歳の5時半。この時間になると必ずこの空間へ来ることになる。例外はない。それ以前に死ぬことは出来ても、地縛霊のごとく行動範囲を狭められた幽霊として存在することになる。逆にピンピンしていてもその時間になるとここに飛ばされる。突然死なんてあの年齢なら不思議にも思われないか。幽霊になる経験も突然死をする経験も貴重と言えば貴重だ。
「体がついてこないことに絶望するのではなく、様々な分野の知識を仕入れることに時間を費やし、さらにここでのルールの把握もする。自分の人生を一瞬も無駄にしないという精神!素晴らしい!」
お前がルールを教えてくれれば余計な苦労はしないんだぞとは言わない。知識を大量に仕入れるのも実験のうちだ。その次の人生に持ち越せるのであればこれは無駄にはならない。逆にその人生内だけでしか記憶できていないなら全くの無駄だ。幸い、知識は蓄積されていっている。そのうち脳内図書館でこの世界の技術から歴史から網羅できるかもしれない。
しかし、年齢を重ねた体はとにかく無理がきかない。あいつの言うとおり体を使うことに関する物事は知識面でしか補強されていない。そこの不満はある。しかし60代も終わり次は50代だ。順調に若くなっていけば、そんな問題も解決する。何も問題はない、順調そのものだと信じて疑わなかった。
「朝よ、起きなさい」
目を開ける。懐かしい模様の天井、そしてさっきの声。
「学校、遅れるわよ」
あぁ、糞野郎。このタイミングで崩してくるのか!
「・・・ありがとう、母さん。今日の晩御飯期待してるから」
こんな性格じゃなかったんだろうなというのは母の顔を見て嫌というほど理解出来た。
ひとまず教科書を確認し、現在の学年を把握する。59歳ではなく、14歳の誕生日に飛んできたようだ。これは油断である。これまで一つ一つ若くなってきた。これからもそういうものだと思い込んだ、思い込んでしまった俺のミスである。どこかから高笑いが聞こえてきそうだ。
しかしそんなことでいちいち落ち込んでもいられない。これからの人生設計をすぐさまする必要がある。今回いきなり若くなったことは想定外ではあるがこれは運動関連に関するデータを取れるいい機会だ。この体はもともと運動に関する才能があるとは言い辛い。もっと小さなころからどうにかする努力をしなければ、運動関連で上に行くことは不可能だ。そのためにこの体のことをもっとよく知る必要がある。
少なくとも体力をつけるというのは運動にしろ勉強にしろ必要なことだ。大学受験の時の苦い記憶がよみがえる。追い込み時期に病気をして志望校を下げなければならかったのは体力不足にも原因がある。体力があれば無理がきく、ここ一番で勝ちに行くのであればこれは必要最低限の準備だ。
そして何よりもこの体型はモテない。俺の青春を色鮮やかにするためにはまず見た目から改善していかなければならないのだ。食事、運動、リバウンド対策などそこらへんの知識は網羅してある。それを使うときが来たのだ!
結果としてダイエットに成功し、体力増強も出来、女の子と関わることだって増えた。
「間食と夜更かしを減らせばいいじゃないか。でも今でも十分魅力的だと思うな!あ、そういうのは要らないですか、そうですか」
・・・無関心枠から無害枠になっただけでもいいとしよう。何事も経験なのだ。まだ機会は残されている。今回だけじゃない、これからまだ学生生活をする機会は何度でも訪れる。そのための礎とするのだ、今回のことを。そう、人生は長いのだ。
俺は自分の人生を繰り返すことに夢中になっていた。だから気付けなかった、この世界も同じことを繰り返しているわけではないことに。そしてそれがこの世界と似て非なる世界とつながろうとしていたからだということに。
「そろそろあっちの世界への扉も繋がりそうか。知識は十分、あとは実戦あるのみ。まぁ、あっちじゃ人間に生まれることが出来るかどうかもわからないけどね。Happy Birthday、新しい君と新たな世界の誕生に祝福を」