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第13章〈警鐘〉-3-

 国境をダーナンから守ったリンセンテートス、ナイアデス、そしてノストールの三国軍からなる対ダーナン連合軍が、リンセンテートス城に帰還すべく向かっている間にも、人々の興味と注目はアウシュダールに注がれはじめていた。

 混合軍の姿をひと目見ようと街道沿いには、多くの人々が集まりだすほどだった。

 特に、リンセンテートス城に到着するまでの最後の宿泊地となるテューラの町郊外で野営をした夜は、国を守った兵士たちをもてなそうと、野営地へ食料や酒樽が次々と差し入れが運び込まれた。

 なかでもシルク・トトゥ神の転身人アウシュダールがいるノストール軍に対しては、自国の軍や大国ナイアデス軍以上に関心は高く、その雄姿をなんとしてでも見ようと大勢が押し寄せ、その夜は町の人々も交えた賑やかな酒宴がいたるところで繰り広げられた。


                         ※


「昨夜からずいぶんと忙しそうだな」

 テューラの町に前夜から宿泊をしている客のサンが、宿に戻って来た主人の顔を見るなり話しかけた。

「おお、サンか」

 宿の主人は不精髭の伸びたあごをさすりながら、サンに愛想よく返事をする。

「いやなに、ダーナン軍を打ち倒した連合軍がこの町の郊外で野営をしているんだよ。それで、差し入れだなんだで大忙しだ」

 サンと顔なじみらしく主人は、世間話を三言、二言話すと、サンの隣にいる連れの人物を見て、やや遠慮気味に丁寧な挨拶をした。

「よくお休みになれましたか?」

「はい」

 挨拶を返したのは占術士アンナの女性の装束を身に着けたエリルだった。

 アンナ独特の装束である薄紫色の長衣を身をまとい、薄いフードで頭からつま先まで全身を覆っている。

 宿の主人は、アンナの一族の人間に会うのは生まれて初めてだった。

 噂では耳にするアンナは天の声を聞き、その目は過去や未来さえ視透すと聞く。

 自分の考えていることはすべてわかってしまうのだろうか、自分の過去の悪事や、これから先の未来も見えるのだろうかと、あれこれ考え、畏怖心が先立ちどう接したらいいのかわからなかった。

「で、会えたのか? その噂の王子様に」

「馬鹿いえ。俺達みたいな人間がおいそれと近寄れるわけないだろう。自国の王子様のお顔も存じ上げないのに」

「でも、ビアン神の怒りを解き、砂嵐を止める力とは途方もなさすぎるよなぁ」

「俺なんぞ、おっかぁの怒りさえ止められないのに」

「まったくだ」

 サンとは気軽に冗談を言えても、このアンナの客人には、挨拶が精一杯で気軽に話しかけることもできない。

 しかし、自分とサンの会話を興味深そうに聞いているアンナの女性の様子に、語る口調にも熱が帯びる。

「ノストールの守護神アル神の子が王子様として生まれ変わって、リンセンテートスを救ってくれた。そして、さらに国境近くまで大軍を率いてやって来たダーナンの軍をあっと言う間にやっつけてリンセンテートスを守ってくれたんだっていうんだから。我々が出来ることはなんでもして差し上げたいってな、みんな顔は澄ましているが、先を争って家や見せの中のものを持ち出している有様だ」

 主人はサンに話しながも、ちらちらとアンナの方を意識しながら話す。

「それと、さっき小耳にはさんだが」

 顔を少し紅潮させつつ、声を潜める。

「町長がクラン皇太子にお願いをして、今日の夜に歓待の宴を盛大に行うらしいんだ」

「ノストールのその噂の王子様もいらっしゃるのですか?」

 耳を傾けていたエリルが何げなく口にした言葉に、宿の主人はわが意を得たりと言わんばかりに目を輝かせてうなずいた。

「もちろんですとも。そうですよねぇ、アンナの方々はいろんな国の王家を訪ねては占術をするんだって聞いたことがあります。そうだ、町長にあなた様のことを話したら、きっとぜひ屋敷へご招待したいって話になりますよ」

 言葉をかわして感激した面持ちで、主人は自分にできることがあれば何でも言ってほしいと言うと、満面の笑みをたたえて、宿の奥へ消えて行った。

 宿を出て歩き始めた二人は、しばらく進んだところに現れた分かれ道で立ち止まった。

「サン、わたしはこちらの方に行きます」

 エリルが、ナーラガージュの杖で右手の道を示した。

「夕暮れまでには戻ります」

「ああ」

 サンは口元に笑みをつくってうなずいた。

「買い出しも今日で終わりだ。俺はこれからもう一軒寄って、町に戻るのに荷物を運ぶ人夫を雇ってくる。明日は夜明けと共にここを発つから、あまり遅くならんようにな」

「はい」

 そう言うとサンは反対側の道へと歩きだした。

 サンの後ろ姿が去って行くのを見送ると、エリルはナーラガージュの杖を握りしめる。

 杖から振動が伝わっていた。

「間違いない……この方角だ」 

 エリルは手にしたナーラガージュの杖から伝わる振動のより強くなる方へと歩き始めた。

 テューラの町は商人たちが集まり、様々な食べ物や珍しい品が集まってくる町だった。

 エリルは、二カ月前からルナたちと一緒にミゼア砂漠を越えて最初に着いた町ブレアにいた。

 ブレアの町は、リンセンテートス城から砂漠に出るために最もよく利用される街道沿いにあり、ノストールの軍は城に赴くときもその道を通ったと聞き、滞在することに決めたのだ。

 ジーンの肉親捜しの話をネイから聞いた宿の女主人が、アンナの姿をしたエリルの存在も手伝って、ジーンやネイたちが店の手伝いをするのを条件にしばらく泊めてくれるということになりブレアに留った。

 最初はノストール軍にいるルナの兄を探すために、すぐにでも城下へ行くことも考えていた。

 だが、道程も遠く、たとえ到着してもリンセンテートス城にいるノストールの兵士たちと会うのは難しいかもしれないという結論に達した。

 それよりもノストールに帰るときに通る、街道沿いで待とうとエリルが提案しブレアに腰を落ち着けたのだ。

 ところが、状況は突然国境に姿を現したダーナン軍により一変する。

 ノストール軍はリンセンテートスやナイアデスの軍と共に、国境防衛の戦さに向ったという噂が流れてたのだ。

 しかも、その数は大挙して攻めて来たダーナン軍と戦うにはあまりにも少なすぎる兵力だと人々は不安気に口にささやきあったが、何が起きたのか戦わずしてダーナン軍は撤退した。


 エリルがそのブレアの町を発ったのは、ダーナン軍が撤退する三日ほど前のことだった。

 宿の使用人であるサンが買い出しにテューラという大きな町へ行くと聞いたエリルは、リンセンテートス国内や戦さの情報を収集したいからと、サンと共にこの町まで来たのだ。

 しかし、エリルが町を出た本当の理由は別にあった。

 ナーラガージュの杖が微かだが震え出したのだ。

 持ち主の身に訪れる危険を知らせる杖。

 アンナの長ジーシュがゆずってくれた杖が、あきらかに危険の接近を知らせる反応を示しはじめた。

 エリルは危険から身を遠ざけることが可能だった。振動が弱くなる方角に身を置けば良いからだ。

 けれどエリルはそうはしなかった。

 逆に、自身に迫るその危険の正体を見極めようと、危険を覚悟で振動のより強くなる方向――テューラの町――へと、その足を向けたのだ。

(それに、あの子に何かあったら困るものなぁ……)

 エリルはずっとふさぎ込みがちだったジーンを思い浮かべる。

 町に実を落ち着けたこともあり、最近は少しずつだがエリルと言葉を交わす機会も増え、わずかだが、時折静かな笑顔を見せるようになってきていたのだ。

 エリルはその笑顔を見るのが不思議と嬉しかった。

 出会いの奇妙さからも、ただの兄探しの子供とは思えなかった。

 だから、もっと言葉を交わしたかったし、もっと笑顔を見たいと思った。

 そんな矢先にナーラガージュの杖は震えた。

 自分が招くかもしれない災いの為に、あの笑顔を失ってしまうのを見たくはなかったのだ。

――必ず帰ってきますから、待ってて下さいね。

 エリルが町を出るときそう言うと、ジーンは黙ったまま遠くを見るような瞳でエリルを見つめていた。

 その翠の瞳の中に潜む色は、エリルにある人の瞳を思い出させた。

(あれは……シーラ姉上の瞳の奥にあった色とよく似ていた。なにかをあきらめてしまった人が宿す……深い悲しみの色……。あの子は、まだあんなに幼いのに何をあきらめてしまったというのだろう……) 


 テューラの町に立つエリルは、杖の警告に逆らい、さらに強くなり続ける振動の方角を探り歩き続ける。

 歩きながら、不思議と思い出すのはジーンのことばかりだった。 


 ブレアの町に着いてから、ジーンは目立たないようにと木の葉で染料を作り、銀色の髪の毛を緑色に染めた。

 それを目にしたとき、エリルはなんだか残念な気分になった。

 珍しい銀色の髪がとても気に入っていたのだ。

 ジーンに関しては、一緒にいるネイから少しずつだが教えてもらうことができた。

 ノストールの村で生まれたが、事情があり海賊の島で育ったこと。

 育ての母が亡くなりノストールへ渡り、実の兄が生きているかもしれないとルナから告げられたこと。

 だが、その兄はリンセンテートスへの援軍としてリンセンテートスへ向ったと耳にし、戦さでもしものことがあれば、天涯孤独になってしまう。兄に会うためにエーツ山脈を越えようとしたのだ、とネイはやや脚色をつけてエリルに話した。

 その話しを聞いても、エリルにとってジーンは謎の多い子供だった。

 妖しの者からネイを守ろうとしていた姿。

 あの光も差さない深淵の闇の中で、黒焦げた死体に臆することなく生あるものを捜し求め、ついにランレイを救い出した姿。

 荒くれ者の海賊の頭の子供として暮らしてきたというが、エリルだからこそ感じ取ることの出来る、ふとした時に垣間見える品位。

 ネイには悪いが、聞かされた内容をすべてと捕らえるには謎が多すぎた。

 何かに恐れながらも、あきらめながらも、それでもまだ必死に追い求めようとしている翠色の瞳。

 その瞳が何を見つめようとしているのか、エリルは知りたいと思った。

 だから、ナーラガージュの杖が危険を知らせる振動を伝え始めたとき、少しでもジーンを危険から守るために町から遠ざかろうと考えたのだ。


(不思議な……子……)

 エリルは思わずほほ笑んでいた。

(あの子の無邪気に笑う顔が見てみたいな……)

 危険を知らせる振動が強くなるにつれ、エリルは恐れよりも不思議な高揚感に満たされている自分を感じていた。


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