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第12章〈嵐の終息〉-11-

 リンセンテートスの砂嵐が止んだという情報は、瞬く間にダーナンにもたらされた。

「時がまいりました。今が千載一遇の時です。リンセンテートスには病に伏したナイアデスの皇帝あり。ラシル王ともども一網打尽に粉砕すれば、わがダーナンにとって恐れるものはなくなります」

 軍義室で、軍師のカラギが熱弁をふるっていた。

「だが、われわれの目的はフューリー様をお救いすること。病人同様のリンセンテートスに今すぐ攻め入ることは……」

 ジュゼールが、カラギの意見に意を唱える。

「ナイアデスのフェリエスをこのまま国に帰えしてしまえば、フューリー様の行方はあの皇国の奥深い場所に隠されてしまう。そうなってからでは、手遅れなのだぞ」

 褐色の肌をもつ若い軍師に、鋭い言葉を突きつけられてジュゼールは言葉を詰まらせた。

 そのカラギに同意するように、宰相のグラハイドが椅子から立ち上がって、その場の全員に語りかけた。

「我々はこの二年余り、今日まで国の機能を失ったリンセンテートスに進攻することをよしとせずに、指をくわえて見ておりました。それは、なぜか? 思い出していただきたい。皆も知ってのとおり、そのような主がいないも同様の国を襲うのは卑怯である、との陛下のお言葉があったからです。逆に陛下は、穀物などの食料をリンセンテートスの急使に応えて援助をなされ、人道に尽くされました」

 グラハイドは、長方形の卓に座っている一人一人に語りかけるように、言葉をつむいだ。

「嵐は去った。慈悲は十二分にかけたのです。リンセンテートスの両目を閉ざすものはなくなりました。いや、むしろナイアデス皇帝との仲がより親密になったと考えるべきです。リンセンテートスをこのままにしておいたならば、ナイアデスの同盟国として、やがて我々に牙を向ける先鋒隊となるのは必然のこと。いますぐに攻め入れば、双方共に流血は最小限度にとどめられるはず」

 宰相は、中央奥の席に身をおいているロディに向き直った。

 ジュゼールは、すでに自分の言葉はだれの耳にも届かないことを理解していた。

(わかっていたことだ……この二年、リンセンテートスへの進攻を一番望んでいたのは俺自身だ……)

 ダーナンの若き帝王と称えられ、また恐れられているロディ・ザイネスは、ジュゼールの視線を受けてその碧い瞳でじっと彼をみつめた。

『あれは、間違いなくフューリーだった』

 ミゼア砂漠で、ナイアデス皇帝の馬車に急襲をかけ失敗をした後、ロディは共にいたジュゼールにそう漏らした。

 その時の、悔しさに満ちたロディの瞳をジュゼールは一日たりとも忘れたことがない。

 リンセンテートスのラシル王の結婚式に、ハリア国のミレーゼ王女が国賓として招かれることを知ったロディは、危険を承知でわずかな部下を連れてリンセンテートスに潜り込んだ。

 そこで得た信頼に足りる情報は、「シーラ王女の侍女が、フューリーに似ている」というものだった。

 ならば、後日ラシル王に交渉し、フューリーと思われる侍女との対面を申し出ればことを荒立てずに済むはずだった。

 だが、事情は一変した。

 ラシル王の花嫁となるべきシーラ王女を、賓客として来ていたはずのナイアデス皇帝にラシル王が極秘に譲り渡したという噂が、城に忍び込んでいた部下からもたらされたのだ。

『どうやら、リンセンテートスの年寄りは、ハリア国王ヘルモーズの病気による事実上の権力失墜を知り、すでに取り交わされていたシーラ王女との婚儀を、ナイアデスとの関係強化に利用することを思いついたらしい。ハリアに内密に、若く美しい姫をフェリエスに差し出せば、ナイアデスは労せずにハリア王国から人質を手に入れられる。しかも、皇帝の后として迎い入れれば、ハリア国も先々の思惑も生まれて、ナイアデスと親密な関係を結んだリンセンテートスへは簡単には進攻することができなくなる……というわけだ』

 そうした政治的複雑な背景と少ない情報を分析して、そうロディはジュゼールに自分の推測を語った。

 もちろん、それはロディにとり憶測の域をでないものだったが、シーラ王女がナイアデスに連れて行かれるとなれば、侍女として一緒にいるはずのフューリーの行方が問題となった。

『ナイアデスの動きから目を離さず、国に帰るその時を狙って、シーラ王女ともどもフューリーを奪還する。

 その後でシーラ王女を、リンセンテートスに恨みがあり余っている、気の強そうなハリアの女王にお返しすれば、借りは返して、恩がつくれる』

 ジュゼールに熱く語る思いつめた深く憂いを帯びた瞳には、妹を取り戻すための決意がみなぎっていた。

 だが、フェリエスの馬車に奇襲をかけながら、ロディとジュゼールたちはフューリー奪還に失敗をした。

 砂漠に消えていく馬車の姿は、砂漠の砂塵に行く手をふさがれ追いつくことも、どこに向かったのかを知ることすらできなかったのだ。

 残された唯一の手掛かりは、ナイアデスの皇帝フェリエスだった。

 フューリーを乗せた馬車は、フェリエスの指示を受けてリンセンテートスのどこかへ匿われていると読んだのだ。

 だからこの嵐が止み、フェリエスがナイアデスに帰る機会を逃せば、王女フューリーの居場所は永遠にわからなくなるかもしれない。

 ロディを取り巻く人々の心にはそうした不安が、重くのしかかっていた。

 ロディの苦渋と決意に満ちた瞳に射られて、ジュゼールはうなずき、カラギに向き直った。

「流れる血が最小限で済むならば、私が最前線に立とう。軍師殿の知略を信じて」

「歴戦の英雄であるジュゼール将軍は、勇猛果敢にして情に厚きご性格。このカラギ、ご期待に必ずやお応え致しましょう」

 カラギは涼やかに笑った。

「異存はなくなったようだな」

 ロディの言葉に、その場の全員が立ち上がり、一斉に敬礼をした。

 黄金色の髪を揺らしながら、ロディもまた椅子から立ち上がり、机の上に両手をおくと、氷のように澄んだ碧い瞳で一同を見渡した。

「これよりわがダーナンは、我が妹である王女フューリーを奪還すべく、リンセンテートス王および、ナイアデス皇帝の身柄拘束をすべく、リンセンテートスを攻め落とす」

 ロディ・ザイネス――ダーナン帝国の若き帝王の静かなる声が、いま開戦をつげた。



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