第12章〈嵐の終息〉-7-
リンセンテートス首都の砂嵐が止んだその日、ハリア国との国境近くの古城に、馬に乗った一人の男が姿を現した。
ベーリント城――。
緑豊かなミゼア山と、その足元から広がる砂の大地ミゼア砂漠の狭間に隠れるように建てられた城館は、すでに人々の記憶から忘れられて久しい。
一見、平地の中にあるように見える無防備な城だが、その周囲には深い掘が二重に城壁を取り囲み、容易には侵入出来ない造りとなっている。
城門側からゆっくりと降ろされた跳ね橋をわたり、男は城壁の内側へと入って行く。
城の正面玄関ではすでに厩番が待機しており、男は馬から降り、なれたしぐさで手綱を渡すと言葉もかわさず城館の中に入っていった。
静かな城内に男の靴音が響き渡る。
すぐに、少し背を丸めた年配の厳格そうな顔立ちをした執事がどこからともなくあらわれた。
男の脱いだ外套を受け取り、ささやくように三言、二言告げ、一礼をすると再びうす暗い通路の中に消えていく。
男は、正面に大階段をしつらえた広いホールの中央に立つと、三階まで吹き抜けになった高い円形の天井を見上げた。
そこには、高みからほほ笑みかける天上の神々の姿を描いた一面の天上画が広がっていた。
光の衣をまとい、暁を懐に抱き、星々の子を従えながら、ほほ笑みをたたえる幸福そのものの神々の姿――。
それらが、側面から採り入れられる外光に照らされて、今も鮮やかな色彩を浮かび上がらせる。
いにしえの神々との対話を楽しむように静寂の中に身を浸し、天井画を見つめ続ける男の姿は、まるで彫像のようでさえあった。
その男の背後に足音を忍ばせて近づく影があった。
しかし、男は天井画に魅入られたかのように微動だにしない。
名前さえ忘れられた神々の姿を、その藍色の瞳に焼き付けようとするかのように、天井を仰ぎ見ている。
「ガーゼフ!」
彼の名を呼びながら、後ろから抱きつこうとした細く白い腕が伸びた。
ガーゼフは振り返りながら、さりげなくその腕をかわし、かわりに優雅にその手の平をとって、しなやかな白い指にそっと口づけをした。
「ごきげん麗しく存じ上げます。アイン嬢」
ガーゼフは、頬をバラ色に染めているアインに儀礼的にほほ笑むと、触れていた指をゆっくりと離した。
その藍色の視線は、アインの瞳に一瞬留まり、流れるようにそのまま大階段に立つ人物へと向かう。
「ただいま戻りました。シーラ様」
そこには薄い若草色のドレスに身を包んだ、美しい女性が緊張した面持ちで立っていた。
二年前に、リンセンテートスのラシル王の側妃として結婚式を挙げた直後、ミゼア砂漠で何者かにさらわれ、消息を絶ったハリア国の王女。
そのシーラの姿がここベーリント城にあった。
シーラはガーゼフの瞳と出会うと、唇を静かに噛み締め、琥珀色の美しい瞳を曇らせた。