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第3章〈侵略への序章〉-3-

 ノストール王国は、小国であったが隣国リンセンテートス国との間には自然の要塞として険しい山々が連なるエーツ山脈が横たわり、反対側は大海ニュウズ海洋に囲まれており、ラーサイル大陸の中でも辺境地帯にあることもあり、ひさしく国と国との諍いからは遠ざかっていた。

 だが、いま城下には徐々に不安が広まり、人々の生活が変化をもたらせはじめていた。

「戦さがはじまりそうなんだって?」

 ラウ王家の城下から一番遠くにある村、シャンバリアの村でも、男たちが納屋から刀や斧、弓矢などを出し、手入れを始める姿があちこちに見られるようになった。

「かあちゃん。王様のお城に行ったら、強い騎士になれるかな? それにね、面白い本もたくさんあるって聞いたよ」

 母親に城に向かうための身支度をされながら、少年が眼を輝かせる。

「おまえったら、この状況がわかってないようだね」

 六人の子供を産んだかっぷくのよい母親であるハンナは、女姉妹の中たった一人だけ授かった息子ののんきなはしゃぎぶりに、複雑な表情を浮かべながらため息をついた。

「いくらアンナの一族の〈先読み〉だからって、なにもまだ幼い子供を、それも男の子ばかり親元から引き離すこともないじゃないかね。それに、この子は小柄だし……」

 小さいころから病弱だったサトニは、同じ年の子供たちからくらべると、体はふたまわりほども小さく、いつも女の子と遊んでいるか、一人で遊んでいることが多かった。

「わかっていないのは、お前の方だ」

 隣の部屋から、夫がさやに収まったままの短刀を手にあらわれた。

「こんなこたぁ、この国がはじまって以来のことだ。カルザキア王が、好んで戦さをするとは思えんし、この間も、村に来た行商人が、中大陸での、きな臭い話をしておった。わしらのわからんところで何かがおきとるんだろう」

「けど……なにも、うちの子を……」

「サトニ」

 ジムサは、妻の言葉を無視して、息子の肩に大きく温かな手を乗せ、左手の中の物をさし出した。

「これをもっていけ」

 その手には、木製の短剣があった。

「これは、じい様の代からのお守りだ。城の人達の言うことを良く聞いて、立派に役目を果たしてこい。いいな」

「はい……」

 父親の顔を伏し目がちに見上げながら、つぶやく息子に、父親は短剣を小さな手に握らせて笑顔をつくった。

 サトニの支度が済んだころ、村の入り口にはすでに、子供たちを乗せて行く城の馬車が到着していた。

 幌の中は、暗幕がたれていて中の様子は見えないが、そこが子供たちの乗る場所のようだった。

「村の方々はこれで全員ですか?」

 馬から降りた青いマントの騎士が、村長に丁寧な物腰で一礼をした。

「はい。全員で見送りさせていただきます。そして、今年五歳を迎える子、迎えた子供たちは、この子たちです」

 村長の声にしたがって、四人の子供たちが両親に従えられてオズオズと現れた。

「あんた、サトニ、お迎えが来ているよ。グズグスしていると、いつもみたいにおいてかれちまうよ」

 ハンナが、家のドアをあけてうながすと、ジムサの後にしたがって、五人の姉妹が笑い声を上げながら、外へ出て行く。

「あのね、ちょっとまって、短剣を入れる袋をとってくる」

 父からもらった短剣を手に、サトニは隣室のベッドへ戻るとゴソゴソと捜し物をしだした。

「ほら、急ぎな。騎士さまが村長とあいさつなさっているよ」

 だが、息子をせかしながら、出迎えの騎士と家の中を交互に見ていたハンナの全身が、突然凍りついた。 

「結構です」

 村長の言葉に、一同を見回していた騎士は、あとから急いで走り寄って来たジムサと、その娘たちを認めてうなずいた。

「これで、手間がはぶけます」

 騎士の唇が笑みをたたえた時、村長の年老いた胴体と頭は別々に切り離されていた。

 見送りに集まった村の人々は、何が起きたのか理解できなかった。

 だが、騎士のふりあげられた剣と、村長の目を見開いたままの頭がスローモーションのように血飛沫を撒き散らして、彼らの中に転がり落ちたとき、絶叫が上がった。

 それを合図にしていたように、青装束に抜き身の剣を手にした集団が、幌の中から次々と飛び降り、村人たちに襲いかかった。

 女たちが悲鳴をあげ、逃げ惑う村人たち、子供たちの泣き叫ぶ声が村に響き渡った。

「ごめん、かあちゃん」

 何も知らないサトニが、準備を済ませて外へ飛び出そうと、自分の部屋から出て来たのだ。

 その声を聞いて我に返ったハンナは、あわてて家の中に入りカギをかけると、サトニを奥の部屋に押し込んだ。

「どうしたの?」

 外で聞こえる悲鳴や物音に、サトニの顔からさっきまでの笑顔が消えていた。

「いいかい、お前はベッドの下の板を外して、床下に隠れるんだ。かあちゃんがいいって言うまで、出るんじゃないよ」

 そう言いつけると母親は強引に、サトニを床下に押し込み、その板の上にベッドをずらした。

「かあちゃん?」

 床下で、サトニが母親を呼ぼうとしたそのとき、家のドアを壊す音と、家の中を歩き回る大勢の乱暴な足音と大声、物を壊す音が、サトニの言葉を失わせた。 

 見えない恐怖に全身が総毛立ち、サトニの全身から血の気が引いて行く。

 何が起こったのかわからない恐怖に襲われたまま、サトニは震えてカチカチと音を立て始めた歯と、全身の身震いを止めようと、父から譲られた短剣をきつく握りしめる。

 村の中では、誰ひとりとして反撃する余裕もないままに、老若男女を問わず、残虐な殺戮が行われていた。

 どれほどの時が流れたのか、どのくらい気を失っていたのか。

 意識を失っていた少年が、床下からはい上がって見たものは、破壊されつくされた部屋だった。

 玄関のそばには、母親の血に染まった死体があった。

「かあちゃん……?」

 サトニは、ぼうぜんとした足取りで母親のそばに近づくと、顔をのぞき込み、静かな声で二、三度母を呼んでみた。

 だが、すでにこと切れてから数時間たっている母親の体にふれたとき、少年は初めて、その体が冷えきっているのを知って驚いた。

「かあちゃん! かあちゃん!!」

 サトニの目から涙がこぼれ落ちた。

 いくら母親の名を呼び続けても、目覚めないとわかったとき、少年は外に飛び出した。

 助けを求めようと。

 だが、夕やけ色に染まりはじめた村には、長い影が地面に伸びているだけで、いつもの村の姿はそこにはなかった。

 あるのは、逃げ惑った姿そのままに、村中に倒れているたくさんの傷だらけの死体だけだった。

 数時間まで、笑顔でいた人達だった。

 みんな、サトニの知っている人達ばかりだった。

 父親もまた、姉たちをかばい、一番下の妹を抱いたままの姿で殺されていた。

 変わり果てた村の中で、小さな少年は涙に顔を濡らしたまま、いつまでも、いつまでも、夕暮れの空に向かって泣き叫び続けていた。

 シャンバリア村での殺戮。

 それは、ノストール王国に襲いかかった侵略の序章だった。

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