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第11章〈邂逅〉-8-

 ノストール軍はミゼア砂漠にいた。

 どこまでも黄砂の大地が続く場所。

 生と死を感じさせずにはいられない世界。

 照りつける日差しは剥き出している肌に容赦なく突き刺さり、痛みを与える世界に身を置いていた。

 砂よりもなお細やかな黄砂は、目や耳、そして鼻と口にまとわりつき、襲いかかる。

「雪といい、砂といい、たまりませんな。一歩進むたびにノストールが恋しくなりますわい」

 テセウスの横で、全身を一枚の布で身を覆ったシグニ将軍が言った。シグニだけではなく、テセウスもアウシュダールも皆が砂漠の照りつける灼熱の暑さと砂から身を守るために布を身につけている。

 馬も国境を越えてからは、砂漠に強いというトウという砂漠馬に乗り換えた。

「殿下……何か気掛かりなことでも?」

 シグニ将軍が、朝から黙り込んだままのテセウスを怪訝そうにのぞき込む。

「いや……、ただ前に来たときと、違う道を進んでいるような気がするんだが……」

 リンセンテートスの国境で、テセウスたちノストール軍を出迎えたのは国境警備に当たっているラシル王の娘婿にあたるドューグ公爵だった。

 前回の結婚式のときにテセウスたちノストールの一行を迎えたのもドューグ公爵だったこともあり、互いに面識はあったが、ノストール軍が援軍として多くの兵を引き連れてやって来たというのに、表面上はともかく心から喜ばれているといった様子が感じられなかった。

 もっとも、今回の要請自体がリンセンテートスからのものではなく、ナイアデスのフェリエス皇帝からのものであり、ひょっとするとリンセンテートスのラシル王はノストールの介入を快く思っていないのかもしれないと、テセウスは考えはじめていた。

(ザークスはそれを教えようとしたのだろうか……)

 どこかで自分を見守っているだろう守護妖獣の赤い瞳が、頭から離れない。

 テセウスがなおも思い詰めた表情をしていると、シグニ将軍の伝言を受け、先頭を案内していたリンセンテートスのデューグ公爵の乗る馬がやって来た。

「言葉が足りずご心配をおかけしたようで、おわび致します」

 デューグはやや神経質そうな面立ちで、テセウスに事情を説明した。

「殿下が前回おみえになられたときと、今とでは途中で水を補給するための湖の場所が移動しております。我々も城へ戻るのは半年ぶり。湖とともに移動する砂漠の民がこの先にいるはずですので……」

「湖が動くのか?」

 テセウスは驚いた表情でデューグ公爵を見つめた。

「ミゼア砂漠は神秘の源です。湖が消滅や移動、そして突然現れることは驚くべきことではありません。砂漠の底に豊富な水が流れているという噂さえあるほどですからな」 

 テセウスよりもふたまわり年上の公爵は、抑揚のない言葉でそう言うと、ちらりとアウシュダールに視線を投げた。

 シルク・トトゥ神の生まれ変わりであり、偉大な力をもつという王子を見る視線は、明らかにテセウスに対するものとは違う。

 探るように、かいま見るのだが、けっして視線を合わせることはしない。

「興味深いお話ですね」

 テセウスはデューグの話にあいづちを打ちながら、アウシュダールに声をかけようとして、その横顔がいつもと違う表情をみせていることに気がついた。

「アウシュダール、気分が良くないのか?」

「いえ……大丈夫です」

 うつむいたままそう返事をするアウシュダールの横顔は青白かった。

 顔を覆っているフードでそれまで気がつかなかったのだが、声もどこか弱々しく、表情が固い。

「暑いのは皆も同じこと……気にせずに……」

 言葉が終わらないうちに、アウシュダールの体がグラリと揺らぎ、砂漠馬から砂上に崩れ落ちた。

「アウシュダール?」

 テセウスが驚いてトウから飛び降りると、デューグ公爵やシグニ将軍も、次々と馬からおり、アウシュダールを抱き起こすテセウスを取り囲む。

「……大丈夫……」

 アウシュダールは朦朧とした意識で、テセウスを見つめた。体に力が入らなかった。

(山で……力を消耗し過ぎた……)

 アウシュダールは、思うようにならない自分のからだを感じながら、内心皮肉な笑みを浮かべた。

(雪山を越え……あいつらを始末したまでは予定どおり……だが……この体力の消耗は……計算外……だった……)

 目を閉じると、前後左右の感覚が失われた。

 体が宙に浮きながらも、地面の上をはいずるような体の重さが苦痛だった。

 全身はだるくほてるように熱い。

 だが、それが砂漠の暑さなのか、自分の体の発熱なのかさえ区別がつかなくなっていた。

 喉が焼けつくように熱かった。

「水を……」

 求めるとすぐに水が口に注がれた。

 アウシュダールは注がれるままに、体が求めるままに水を飲み干したが、どれほど飲んでも喉の乾きは癒されない。

(少しの辛抱だ……ほんの少し休めば……)

 そう自らに言い聞かせる気持ちとは裏腹に、全身を襲う高熱の中、アウシュダールは意識を失っていった。


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