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第11章〈邂逅〉-4-

「リューザぁぁ―!!」

 墜落しる恐怖の中で無意識のうちにルナは叫んでいた。

 いつもそばにいた、いまはもういない自分の守護妖獣の名を。

 その時、まるで声に反応したように、ルナの体がグンと反動をともなって止まり、そして急速に上に引き上げられていった。

「…………」

 一瞬、分離したような奇妙な感覚が残る。

――助けて……!

(……?)

 ルナは、あわてて闇の底へ目を向けた。

 だが、見えない力は自分の体をぐんぐんと引き上げ、目で追おうとするものから引き離していく。

 ルナは、この力がリューザのものではない別の力であることに気がついていた。

 幼いころからいつもそばにいたリューザの気配を、一瞬であれルナが間違うことはなかった。

 追うべき何かから引きはがされ上昇していくルナの目に、次々と闇の中に落ちて、そして闇の中へ消えて行く少年たちの姿が映し出される。

 顔を引きつらせたまま、驚いた表情のまま、あるいはほほ笑みを浮かべながら、落ちて行く少年たち一人ひとりの顔が大きく、鮮明に見える。

(な……に……? 何が起きたの……?)

 何も知らない彼らが絶壁に踏み出し、上から落ちて来る姿に、ルナは恐怖で叫び出しそうになった。

 だが、ルナにそれを見せつけている力は、それを許す間もなく、闇の中からルナの体を雪荒れ狂う空中へと引き上げる。

 そして、崖下から地面、そして宙に舞い上がった瞬間、ルナはそれを見てしまった。

 切り立った崖に向かって真っすぐに突き進んで来る少年達の隊列。

 何も知らぬまま絶壁に足を踏み出し、滝のように次から次へと落ちて消えて行く大勢の少年たちの姿を。

 思わずそらしたルナの目が、吸い寄せられるようにある人物をとらえた。

 行進してくる少年達と反対側の崖にいる人物。

 落ちていく少年達を冷徹な瞳で見ているだけの、馬の背にまたがった少年の姿を。

(あいつ……!)

 その顔を見た瞬間、ルナの全身の血が逆流した。

 驚きと、怒り、恐怖と疑惑――あらゆる感情が次から次へと沸き起こり、戦慄が走る。

 ルナがアルティナ城から追われる数日前に、城で出会った少年。

 村人がすべて惨殺されたシャンバリア村で、ただ一人生き残ったというあの少年の姿があったのだ。

 城の園庭でのたった一度だけ出会い。

 だが、ルナの心に言い知れぬ恐怖を植え込んだ少年。

 その姿が、いま目の前にあった。

――アレガ、ノストール第四王子アウシュダール。

 突然、耳元でヴァルツの声がルナにささやきかけた。

 ルナは声に脅えながらも、必死に否定しようとした。

「違う……違う。だって、あれは……あいつは……」

 だが、喉になにかが詰まったように言葉にならない。

――ある神ノ息子……しるく・ととぅ神ノ転身人……破壊ノ神……スベテヲ己ガ望ムママ、争イヲ起シ闇ニ変エル神ノ化身……。

 声は、楽しげに告げる。

 どこかでやはりそうだったのかという思いと、絶対に認めたくないと拒絶する思いが交錯する。

 受け入れれば自分が誰なのかわからなくなってしまいそうだった。

 ルナに、ヴァルツの言葉は届いていなかった。

「違う……あいつだけは違う! あいつだけは、絶対に違う!!」

――僕のを……返せ……!

 ルナの耳の奥に、城で出会ったとき投げかけられた声が蘇る。

(あいつが……)

 ルナは、何度も何度も首を思いきり横に振った。

「……本当の王子なら、こんなことはしない。ノストールの民だ。こんなひどいことをどうしてするんだ?!」

 カルザキア王が予言にしたがって殺したという第四王子の影が、アウシュダールと重なっていく。

 馬上で、絶壁に踏み出し落ちて行く少年達の姿のを楽しんでいるように、口元に笑みを浮べるアウシュダールの姿に重なっていく。

「みんな……ノストールの民なのに……友達なのに……」

 ルナは、自分のつぶやきに、あの中にマーキッシュの村で遊んだ友達がいるかもしれないことに気がつく。

 父や兄たちと訪れた町や村で出会った子供たちがいるかもしれないことに。

 そう感じた瞬間、ルナは見ているだけの自分にハッとした。

「助けないと……みんなを助けないと……!!」

 今は自分にとってのアウシュダールの存在を気にしている場合ではないと、迷う心を断ち切るように、大声で叫んでいた。

「あいつが、みんなをあの崖に誘っているんだ。やめさせないと!」

 だが、ヴァルツは耳元で意外な言葉を口にした。

――クククク……無駄ダ……。コレハ過去ノ記憶……。吹雪ヲ起コシ、子供ダケヲ……コノ死ノ谷ヘト導キ殺シタ……アノ王子ハ、モウココニイナイ。オ前ガ見テイルノハ、闇ガ見テイタ、過去ノ記憶……。オ前ニハ……何モ出来ナイ……見テイルダケダ……。

「何言ってるんだ? だって今……!」   

 見下ろすルナの目にアウシュダールの笑みが妖しく映る。

「さぁ、もう少しだ。もう少しで全員が眠る場所にたどり着けるよ」

 アウシュダールは、透きとおった声で少年たちに呼びかける。

 その声はどれほど離れていても吹雪であっても、少年たちの耳に心地よく届くことをルナは知っている。

 声は導く。

 少年たちが雪の中へ、まっしぐらに断崖へ向かって歩み続けるように。

「やめろぉーー!」

 ルナは叫びながら、目の前で起き続ける惨劇をこれ以上直視することに耐えられずに、両目を閉じた。

 しかしヴァルツが見せる闇の記憶は、ルナがどれほど目を閉じようとも消えることなく、閉じたはずのまぶたの中にさえ映し出し続ける。

 少年たちが足を踏み出すたびに、その姿が崖の中に呑み込まれていくたびに、闇が少年たちの姿を隠してしまうたびに、ルナの心に激痛が走った。

 まるでいくつもの鋭い刃が、体を貫くような激しい痛みが走り抜ける。

 落ちていく少年たちの数だけ、ルナの上げる悲鳴の数だけ、繰り返し繰り返し深い傷その心に刻み込んで行く。

(どうして……)

 ルナの綴じた瞳から、涙が流れていく。

 何もできずに見つめている自分の無力さが悔しかった。

(どうして、こんなこと。こんなひどいことをするんだ……)

 冷笑を浮かべながら見つめているアウシュダールに対して、ルナは憎悪を抱いた。

(あいつ……絶対に許さない……)

 やがて、長い隊列を組んでいた少年兵たちの姿はどこにも存在しなくなっていた。

 真っ白な雪のなかに踏み締めた多くの足跡だけが、そこに少年たちがいたことを示す唯一の証しだった。

 その足跡さえ、やがて降り積もる雪が覆い隠してしまう。

 子供たちはどうなったのだろうかと、思いを走らせた時、アウシュダールの左手がスッと上にあがった。

 ルナは、はっとして綴じていた翠色の大きな瞳を開いた。

(終わらない? まだ……なにかしようとしている……?)

 アウシュダールの声が、無人となった断崖で響き渡る。

「我、これよりいよいよ待ち望みし災いの種を断ぜん。大いなる力の源よ、闇の主よ、われに誓いの力を与えたまえ。今まさに、われが主となる光! いまわしき災いに楔を打ちつけん! 未来の祝福の光を、ここに下したまえ!」

 アウシュダールの言葉が告げられると同時に、突然真っ暗な天空が青白く光った。

 不気味な光は渦を描き出し、雷鳴がとどろく。

 次の瞬間、渦の中から光の柱が出現したかと思うと、吸い込まれるように少年たちが消えた死の谷めがけて堕ちていった。

「!!」

 一瞬の静寂――そして爆音と閃光が巻き起こった。

 すざましい光の渦が谷底からあふれ出していく。

 ルナはあまりのまぶしさに手で顔を覆い隠すが、光は目の奥にまで強烈な閃光でルナを貫いていった。

 膨れ上がった光は、膨張し炸裂すると、天空へ向かって光を放ちはじめた。

 熱風が爆風にのって、崖周辺一帯に襲いかかる。

 高熱が一面にあった雪を消し去り、草や木を焼き払い、なぎ倒す。

 その強烈な爆風と光の中で、アウシュダールは涼しげにほほ笑んでいた。

「これでいい。これで……終わりだ。すべては、おれのもの……」 

 ちいさな呟きが、はっきりとルナに届く。

――アノ王子ハ、皇太子軍カラ少年兵達ノ存在ソノモノソヲ記憶カラ失ワセテシマッタ。クククク……面白イ奴……。マサニ破壊ノ神……。

 ルナはアウシュダールに怒りや憎しみ以外のなにも感じなくなっていた。

――クククク……アノ王子ガ憎イダロウ……。

 ヴァルツは、ルナの感情を逆なでするように、惨劇を楽しんでいた。

 ルナは声に反応示さないまま口を固くむすんでいた。

――クククク……。カラチヲ貸シテヤロウトイウ我ガ手ヲ、マダ拒モウトイウノカ……。ナラバ、見セテヤロウ……。アノ王子ガ残シタモノヲ……。

 言葉が終ると同時に、巨大な力がルナの背中を押した。

 すると、今まで宙に浮かんでいたルナの体は、糸が切られたように真っ逆さまに落ちはじめた。

 少年たちが消えていった崖の奥底へ向かって。

――ソコデ……怒リヲ満タシ……己ノ心ヲ見ツケヨ。恨ミヲ募ラセヨ……。復讐ノ炎デ、ソノ身ヲ焦ガシ……己ノ無力ヲ知ルガイイ。我レニ呼ビカケヨ……力ヲ与エヨト……。のすとーるノあうしゅだーる王子ヲ殺スチカラヲソノ身ニ与エテヤロウ。

 闇の中でヴァルツの声だけがルナを包む。

――ククククククク……。

 闇の妖獣の笑い声は、闇に落ちて行くルナに向かい幾重にもこだましていった。




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