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第8章〈ハーフノームの海賊〉-6-

 ルナ、ロッシュ、ネイの三人はひょんなことから、マーキッシュの村の村長の家で夕食によばれることになってしまっていた。

 泉から逃げ出した後、今度は反対側から現れた村人たちに出くわしてしまったのだ。

「ルー坊かい……?」

 顔を伏せたまま、村人たちとすれ違おうとしたルナの腕を、いきなりがっしりとした体格の中年女性がつかみ、おもむろにその顔をのぞき込んだ。

「え……?」

 ぎょっとする三人の様子とは対照的に、数人の村人たちはおお、と歓声を上げてルナを取り囲んだ。

「タカイ村のルー坊だろ? 昔はよく兄ちゃんと一緒に遊びに来てたじゃないか。クロノアは元気かい?」

 ふくよかなその中年女性はルナの頭を軽く押さえてなで回すと、ひざまづいてなつかしそうに抱きしめた。

「ごめんよ、久しぶりに来てくれたのにエルドはいなかっただろう。ラズもフイッグも、みんなアウシュダール様と一緒に行ってしまったから」

(アウシュダール……?)

 その言葉にルナの体がビクリと震える。

 だが、女はそれを別のことにとらえたのか、ルナの顔を見ると何度もうなずいた。

「あんたの村でも、アウシュダール様と同い年の男の子はみんな、リンセンテートスを救うために行ったんだろう。そりぁね、アウシュダール様がついていらっしゃるし、子供達が戦さ場に駆り出されるわけじゃないんだから、大丈夫だってみんな思ってる。けど、わが子を出した家じゃ、出立した日から毎日、身の刻まれる思いで過ごしてるよ。どんなにしっかりしていたって、この時期のエーツ山脈を八歳の子供の足で越えなきゃならないんだからねぇ」

 ルナはその言葉にただ女の顔を見つめ続けていた。そして……つぶやいていた。

「エルドのおかあ……」

 その自分の言葉とともに、村での記憶が少しずつよみがえって来るのを感じていた。

 クロトと二人でよく遊びに来ていたマーキッシュの村。

 身分を隠すために他の村から来た行商の家族の子供と名乗り、ルナは目立つ銀の髪の色をやはり木の葉の染料で染めては、城を抜け出して日が暮れるまで遊んだ。

 見知らぬ人々の顔は、徐々になつかしい顔へとかわっていく。

「ラズのおとう……それと……村長……」

 その出会いから数時間後、三人は村長の家に招かれて今日は泊まって行くようにすすめられたのだ。

 ルナが村に来たことを聞きつけた子供達や他の村人たちが村長の家に押しかけてきたおかげで、気がつくとすっかり日暮れ時になってしまっていたからだ。

 「おまえ……ノストールの出身だったんだ。じゃあ、タカイ村とか……に両親や兄弟もいるのか?」

 村人たちはそれぞれの家に帰ったが、ルナたちのテーブルの上には人々が持ち寄った手料理が並べられていた。

 ロッシュは、村長が席を立つのを見計らって、小声でルナに話しかける。

「わからない……」

「わからないってなぁ……そりぁ、うん……そうかもしれねえけどよ。兄貴が一人いることは間違いないんだろ? よかったじゃないか」

 ロッシュの言葉に、ルナはうつむいた。

 なつかしい村人たちと再会し、ルナはノストールで育った自分の記憶を少しずつ、とりもどしはじめていた。

 その一方で、いまの自分はラウ王家の両親や兄たちを家族だということができない存在なのだと思うと、悲しみもまたふくらんでいた。

 どうしてアルティナ城からハーフノーム島に自分がいたのかも、自分の代わりとしてアウシュダールが存在する城には、もう二度と帰ることは出来ないのかも、わからないことが多すぎて、ルナは小さなこぶしが白くなるほどきつく手を握りしめた。

「やめなよ、ロッシュ」

 ルナの様子に気づいて、ネイがロッシュをにらみつけた。

「あんただって人に言えない過去があるだろう? 家族がいたからって素直に喜べるとは限らないんだ。ジーンは忘れていたほうがよかったことを、ここに来たことで思い出したのかもしれないんだよ。自分の家族に二度と会いたくない人間だって、世の中にはごまんといるんだ」

 それは、親の手で金と引き換えに奴隷商人に売られたネイの血を吐くような言葉だった。

「わるい……」

 気まずい空気が漂いはじめたとき、村長が戻って来て、麦酒と杯をロッシュの目の前に置いた。

「わしのとっておきの酒だ。今日はルー坊のおかげで、久々にみんなの嬉しそうな顔を見ることができたし、わしもうまい料理にありつけた。さあ、わかいの呑めるだろう。」

 ロッシュは差し出された木の杯を見て、顔をほころばせた。

「おっいいねぇ、御馳になるぜ」

 ロッシュが酒を口にふくんで、一気に流し込むと村長は「おお」と感嘆の声を上げてうれしそうに杯に二杯目を注ぎ込み、自分も手酌で呑みはじめる。

「ところでよ、俺は漁に出てしばらくぶりに帰って来たばかりよくわからないんだけどよ。なんでまたアウシュダール様と同じ年に生まれた男の子が、援軍に加わったんだい?」

 したたか酔ったころ、ロッシュが何気なく城の様子を探ろうと水をむけた。

 村長は、うんうんとうなずきながら木の器で出来た杯をかたむける。

「リンセンテートスの砂嵐のことは知っているじゃろうて」

 ルナとネイは、食事をしながらで二人の会話に耳をそばだてる。

「ああ、もう二年以上も城も町は砂塵に包まれてる上に、今はダーナンから狙われているらしいじゃないか」

 ロッシュは海賊仲間の話を思い出しながら、話をあわせる。

「おお、あれはビアン神の怒りをかったための災いだともっぱらの噂じゃ。詳しいことはわしらにはわからんのがな、リンセンテートスはビアン神とダーナンの両方から責め立てられて瀕死も寸前。ナイアデス王も援軍を出してはいるらしいものの、ますます状況は悪くなっているようじゃ。それで、アウシュダール様になんとナイアデスの王が援軍の要請をしたというわけじゃ」

「なんでまた、リンセンテートス王じゃなくナイアデス王なんだ?」

「さあなぁ……」

 村長は赤くなった顔をなでつけたあと、考えるように腕を組んだ。

「それだけアウシュダール様のお力がすばらしいということじゃろう」

「そりゃあ、そうだ。アウシュダール様は素晴らしいお方だぁ」

 酔っているふりなのか、本当に酔ってしまったものなのか、調子よく村長に同調するロッシュを見ながら、ネイはあきれた顔をする。

 ルナは食事をする手を止めて、うつむいていた。

「で、子供達は……」

 ロッシュが麦酒をグビグビと喉に流し込みながら、村長の顔をのぞき込む。

「それがなぁ……」

 村長は、ルナに対しても同情して見せるようにため息をついた。

「なんでもアウシュダール様と同じ、今年八つになる男子にもアル神のお力が注がれているらしいんじゃ。そこで、その子供達と一緒に行くことがアウシュダール様のお力をますます引き出し、ビアン神と言葉を交わすことが出来るようになるらしいと、言われたからじゃ」

 そう語る口調は誇らしげに聞こえたが、目は寂しげだった。

 村長の孫もまた、その部隊の一員としてリンセンテートスへ向かっていたのだ。

「ルー坊がせっかく来てくれたのに、わるかったなぁ。フィッグがいたらきっと喜んだじゃろうに。あの子は、女の子のおまえさんにいつか剣で勝てたら、嫁さんにしてやってもいいと言っとったからなぁ。勝てっこないのにのう」

 村長は手を伸ばすとルナの頭を包み込むようにそっとなでた。

「わしは女房を早くに亡くし、息子夫婦も病で失った。あの子だけが自慢でな……毎日の生きる張りあいだったんじゃが……」

 そう言ってルナをみつめる瞳は寂しげに揺れる。

「なにも国中の子を連れていかんでも……」

「?!」

 ロッシュ、ネイ、そしてルナの三人の顔がこわばった。

(アウシュダールと同じ年に生まれた国中の男子が、リンセンテートスへ赴く特別軍に加わっている)

 ルナの、全身の毛が逆立った。

 底知れない寒さと震えが一気におとずれ、心の中まで冷水が一気に染みこんでくるような感覚が襲う。

 それは、予感だったのかもしれない。

 だが、ルナにはその理由がわからなかった。

 ただ心の中に波紋を描くように広がっていく恐怖心が、自分を通り過ぎて行くのをじっと待つことしかできなかった。




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