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第7章〈王女の行方〉-12-

 ミゼア砂漠へ向かう町外れの道。

 数台の馬車と、その周りを幾重にも囲みながら一歩一歩、這うように先へ急ぐ騎馬部隊の姿が、砂嵐の中に見ることができた。

 中でもひときわ大きく豪奢な馬車の中に、フェリエスとシーラ王女、そしてアインの姿があった。

 かよわい女二人を連れて砂嵐の砂漠を抜けるのは危険だと、強固に主張するオルローの言葉を退けてまで、フェリエスはシーラを本国に連れて帰ると断言した。

 フェリエスの馬車の後方で、砂漠の民が着るという砂漠越えの服とフード、そして目元だけをわずかにだし、覆った布で身を固め馬にまたがっているオルローは、複雑な思いで砂の壁に向かって進んでいた。

(あれほどにミュラ殿と生き写しでは……。あのアインという娘……) 

 そう戸惑い考えあぐねていたが、そうした時間もつかの間で、目さえも開けていられないほどの黄色い砂の闇が襲いかかり、気をゆるめてしまえば目の前の馬車さえ見失しないかねなかった。

 リンセンテートスからナイアデスへ向かうためには、隣国のセルグへ入国しなくてはいけなかった。

 その途は二つあり、一つはセルグとの国境にあるミゼア山側を越える方法だが、最近は山賊や盗賊がひんぱんに出没しているため、フェリエスたちはあえて来たときと同じくミゼア砂漠を越える途を選んだのだ。

 リンセンテートスの配慮もあり、砂漠の民〈リーラ〉の男が案内人としてついた。

 男が言うには、ミゼア砂漠にさえたどり着けば、砂嵐は止んでおり、おだやかな青空が広がっているとの話だった。

(だが……)

 オルローは一向に途切れることのない砂嵐に、危機感だけを高めていた。

 フェリエスが、最初の意志を曲げてまでシーラを、特にアインをつれて帰りたがるわけをオルローたちは、何も聞かずともわかっていた。

 だがこの悪天候の中、王女らを伴い強行突破しようとしているフェリエスの行動は危険極まりない。

(長い旅になるか……) 

 オルローがそう思ったとき、影のように自分の脇を擦り抜け、フェリエスらの乗る馬車の扉に手をかけようとする何者かの姿が突然現れた。

 自国の人間ではない。

「何者だ?」

 オルローは叫びながら剣を抜き、フェリエスの乗る馬車を守るために馬上の人物に切りかかった。

「馬車をとめろ!」

 全身黒い布に身を包んだ男の、くぐもった声が叫びながら手にしていた剣で、襲いかかるオルローの剣を迎え打った。

 一合、二合と、剣のぶつかり合う音が、砂塵の飛び交う中で響き渡る。

「……様…を……返せ……!」

 男が叫ぶが、その声は砂嵐の轟音でかき消される。

 男の顔も、オルロー同様布で巻きつけてあるため、何者なのかさえ判別がつかない。

「陛下を、お守りしろ!」

 男と激しく剣を交えながらもオルローは、口を覆っていた布を引き下げ、大声で叫んだ。

 だが、その声は剣の響きあう音や馬のいななきでかき消される。

 馬車の前ではすでに激しい攻防が続けられていた。

「陛下!」

 容赦なく顔をたたきつける砂塵が目にはいり、オルローは片目を閉じたまま剣をふるうが、戦おうにも状況がほとんどつかめず、切りかかってくる男の剣を受けるのだけが精一杯だった。

「フェリエス様……」

 馬車の中では、シーラとアインが突然の襲撃に身を震わせていた。

 剣の激しくぶつかりあう音が馬車の中にまで響きわたり、二人は数日前に暴徒に襲われた出来事を思い出し、言葉を失ったまま互いに身を寄せ震えていた。

 シーラの震える声に、フェリエスは静かにうなずくと、剣を抜き扉に向けて携えた。

 まさにその直後、扉が開かれ、吹き込む砂塵とともに黒装束の男が馬車の中に入り込んで来ようとした。

「何者だ?」

 フェリエスが剣を男に突きつけたとき、それを自らの剣で受け止めた男の碧い双眸が、アインのほうに向けられた。

「……ュリー」

 男のくぐもった声がかすかにそうつぶやくと、アインの瞳が大きく見開かれた。

 だが次の瞬間、フェリエスが剣を交差したまま、男を押し出すように馬車の外へ飛び出していった。

 だが、さらに予期せぬ事態が起こった。

 シーラとアインを乗せた馬車が突然走りだしたのだ。  

「?」

 さきほどまで走ることさえできなかった馬車の馬たちが砂嵐の中を猛然と走り出したのだ。

「止まれー!!」

 オルローは叫んだが、声は風にかき消された。

 馬車の御者台にすわった男は振り返ることさえせず、馬に鞭をふるい走り去った。

 後を追おうとするオルローらの馬は砂嵐にとおびえて馬車を追うことはできない。

「なにがおきたんだ……」

 黄色い砂壁は、瞬く間に馬車の姿を消し去っていた。

 黒装束の男たちもいろめきたち、口々叫びながら馬車を追いはじめていた。

(仲間じゃないのか?)

 オルローは心を落ち着かせて冷静に状況を把握しようと努めるが、この嵐の中ではそれさえも無駄な努力のように思えた。

「フェリエス様」

 オルローは砂の大地に倒れこみ、立ち上がったまま動かない主人のもとに駆けつけた。

 今までに見たことのない、凍りついた瞳で馬車の消えた方角をみつめている主君の無表情な横顔がそこにあった。

 オルローは、砂塵の中のフェリエスに何を言うべきか見つからない言葉を探したまま、肩を並べてただ立ち尽くしていた。


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