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第21章〈絆を結ぶ者〉-4-

「動くわけねーだろ。だいたいここには近づくなってさんざんルージンに言われてきたんだぜ。ちょっと見に行こうとしただけでも見つかって、すっげー怒られたんだぞ」

 指名されたカイトーゼはブツブツいいながら、面食らったように、自分より大きな岩を見上げ両手を広げてみせた。

 リゲルとカイトーゼは、この場所の秘密を知らなかった。

 今日、はじめて来たのだ。

「いいから、俺がいうとおりにやってみろ」

 セインが苦笑いを浮かべながら、カイトーゼとリゲルを連れてその大きな崖下に埋まった岩の前まで歩み寄り、小さな石をどかせながら、仕掛けを動かす指示を与えていく。

「あの仕掛けは、俺とセインで作ったんだ」

 ルージンが、セインとカイトーゼの作業を見守りながらルナに語しかける。

「今の《ルーフの砦》がある場所は、以前は別の山賊連中のアジトだった。俺たちは、ここをねぐらにして虎視眈々と襲撃計画を立てていたってわけだ。連中の中には俺たちのいた村を襲った奴もいた」

 ルージンの瞳の中に、一瞬激情の炎がよぎる。

「だから、ここに潜んで一人で山賊稼業をしつつ、いつか絶対にあの場所を俺たちの砦にしてやると狙っていたんだ」

 ルージンがやや得意気な表情と、複雑な眼ざしを浮かべる。

 ここに来ると、大好きだった姉や妹弟達、そして愛する人を奪い殺された過去と、復讐の鬼となった日の出来事が嫌でも蘇ってくる。

「まあ、そんな場所でもあるということだ」

 日に焼けた肌と独特の雰囲気は、『頭』といわれる人物がまとう力強さと人を引き付ける魅力を自然にもっている。

 ルージンを見ながら、ルナはハーフノームの海賊の頭であるジルを思い出す。

 今ここに立って思う。

 あの日、ジルがルナを島から追い出すようにノストールに帰してくれなければ、父カルザキア王とは一生生きて会えなかっただろうことを。

 そして、この場所にこうして立つことも、またなかったことを。

――ありがとうございます。

 ルナは、ルージンの後ろに、もう一人の父ともいえるジルの面影を重ねながらそう心の中でつぶやいていた。

 ふいに、重い岩の開く音が響き出した。

「本当に、開いた……」

 感嘆のため息とともにリゲルの驚く声が聞こえてくる。

 カイトーゼは、大きな巨人岩がすべるように動き出すのを唖然として見つめている。

「ここを扉にしていたのか。凄い仕掛けだな。面白い」

 リゲルが感心しきりにうなずいている

 やがて、人が一人通れる程の真っ暗な縦穴の入口がぽっかりと口を開けた。

「すっげえー」

 カイトーゼが目を丸くしたまま、仕掛けを動かした自分の両手をじっと見つめる。

「よし、行くか。灯りを」

 セインの声に、ルージンは用意していたランプを掲げうなずく。

 そして、「行こう」とルナとランレイに言うと、ラウセリアスの背に手を添えながら先頭に立って洞窟の中へと歩き始めた。

 真っ暗な洞窟の中は、迷路のように道が複雑に枝分かれしていた。

「もともと自然の洞窟だからな。それをおれ達が少しいじくってねぐらにした。岩を蓋にして扉がわりにし、あとは、盗んだお宝を奪われないようにする隠し場所にしたわけだ。敵のアジトの足元で、あの場所をいつか自分達のものにしてやると誓って、だ。あの時は、自分の庭と同じで火を灯さなくてもすべてを把握していたんだがな。ひさびさに来ると迷いそうだ」

 先頭をラウセリアスと共に歩くルージンが、暗闇の中頼りなげに揺れるランプの火を、壁に作られた蝋燭立てを見つけては、持参した蝋燭に火を点け、灯りを増やしながらながら進んで行く。

 暗くひんやりとした空気に、七人の足音だけが洞窟内に響き渡る。

 ルージンが時折立ち止まり、振りかえらなければ、あっと言う間にはぐれてしまいそうだった。

 やがて、音の響き方が変わった空間に出るとルージンは皆にその場に待つように伝えて、数箇所に火を灯していく。

 四方の隅の燭台の蝋燭に火が灯されたとき、ルナたちは今いるこの場所が広間なのだと知った。

「懐かしいな」

 セインが伸びをするように大きく両手を挙げて室内を見渡す。

 目が慣れてくると、この部屋の中には燭台と蝋燭、ランプ、木のテーブルや椅子などしかないことがわかる。

 あったもののほとんどは、《ルーフの砦》に移してしまったからだと、セインが答える。

「ここで、毎晩宴会三昧だったな。盗んで、飲んで、騒いで、盗賊連中の砦攻略の作戦を立てた。嫌なことも、辛いことも、楽しいこともこの岩肌に染み込んでいる」

 ルージンがセインと顔を見合わせて、にやりと笑った。

「ああ、啓示もたくさんもらったしな」

「ここがなかったら、《ルーフの砦》もおれ達の場所にはならなかった」

 当時を懐かしむかのように、二人は笑い合った。そして、ほぼ同時にラウセリアスの杖を持つその手に、手を重ねた。

「おまえもちゃんと向き合って来い」

 ルージンが静かに語りかける。

「おまえは、失月夜を乗り越えられたんだ。ディアードとお前がどんな関係にあるのか聞かないできたが、こだわり続けている存在なんだろう。わざわざここに運び込み、そばに置きながら、封印してしまいたいほどの人物。場合によっちゃこれが最初で最後の機会かもしれん。しっかりと向き合って来い」

 囁くような、だが力強い言葉にラウセリアスは静かにうなずく。

「今この瞬間もまだ、本当は逃げ出したいくらいだ……」

 暗い室内の中で、ラウセリアスの端正な横顔を見上げながら、ルナは彼が本当に辛そうなのが感じられた。

 「魔眼」をもったラウセリアスを受け入れてくれた、ルージンやセインにさえ話せないできた秘密。

 きっと尋常ではない出来事がそこには隠されているような気がした。

「けれど逃げはしない。会って来る」

 絞り出すようにラウセリアスそう答えたとき、それは突然起こった。

 身も凍るような異様な男の悲鳴が洞窟中に響き出したのだ。

「や……やめてくれぇぇ……!」

 カイトーゼの声さえかき消されてしまう。

 地獄の底から大音響で放たれたような絶叫に全員が自分の両耳をふさぐ。

 五体を貫き震撼させ、恐怖を浴びせ続ける正体不明の悲鳴は、耳をふさいでいても彼等に襲いかかる。

 やがてルナの目の前で、絶えかねたように、カイトーゼやルージンたちが意識を失い床に次々と崩れ落ちた。

――この声の人、すごく怖がってる。でも、悲しそうだ……。

 ルナは止むことのない絶叫に戦慄が走る恐怖に見舞われながら、声の聞こえて来る方向を見つめた。

 そして、自分の横で耳を塞いで苦しそうにしているランレイの顔をのぞきこみ、大きく口を動かして叫ぶ。

「ラウセリアスと、みんなをお願い!」

 ランレイはルナの決意を知っているかのように、うなづいた。

「頼むね」

 ルナは両耳を手で覆ったまま、走りだした。

 明かりのまったくささない暗闇の中、ルナは走り続けた。

 神経が狂いそうになるような鳴り止まない落雷にもにた悲痛な声が、洞窟の通路中に反響してルナの歩みを妨げる。

 少しでも気を緩めれば、呑み込まれ、心が破られてしまうような叫びの中、ルナはいつしか耳を塞ぐことも忘れ、無心で歩いていた。

 この闇の中をどうして迷うことなく、走ることが出来るのか考える余裕もなかった。

 不思議と視界は徐々に鮮明になり、自分の進むべき方向に迷いはなくなる。

 一方で、男の絶叫はルナの前進を拒むように、圧迫感を強め、攻撃性をおびはじる。

――助けてあげなきゃ……

 長い距離ではないはずだったが、時間の感覚が失われていた。

『……ない……:』

 叫び声とは別の、だがこの声と同一人物の苦しげな声が、重なるようにルナの耳に届いた。

『わしは……死な……ない……』

 生にしがみつくような、だれかに呼びかけるような言葉。

――誰?

 その声に耳を傾けようとすると、襲いかかる巨大な悲鳴に呑み込まれそうになる。

 ふいにルナの足から力が抜けた。

 ガクリと膝から落ちるように、座り込んでしまう。

――だめだ……力がはいらない・・:・・。

 突然の体の異変にルナは意識が朦朧としてくるのを感じた。

――助けてあげたいのに……体が動かない。もうひとつの声は何? ディアード? それとも別の誰か?

 ルナは、浴びせつつげらる悲鳴の渦に呑み込まれながら、両手で這ようにして進み出す。

『……お前のために……死にはしない…:…』

 誓いに似たその言葉がより明瞭化しルナの耳に届く。

 だが、ルナの地を這う腕からも力は失われ、体は自分のいうことをきかなくなっていた。

 意識は途切れ途切れとなり、気力だけが前へと導く。

――どうしよう……父上:……。せっかくここまで、ディアードの近くまで来たかもしれないのに……。

 ルナの瞳から、悔し涙が流れる。

 突き動かしているのは父、カルザキア王への思慕。

 指先からも失われる力。

 重い鉛のような体。

 それでも、ルナは片手を伸ばして地をつかみ、爪を立て、前へと進もうとする。 

 這いつくばるようにしても動かない自分の体が情けなく、腹立たしく、そして悔しかった。




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